20.推しには全然慣れません!?
「まったく、真守は! ごめんね、瑠為くん。洗い物なんかさせて」
「いえいえ。片付けまでが料理なんで」
「くう……っ! 真守にも聞かせてやりたい……!」
食事が終わって。
ショートとユウマは、そのまま帰って行った。
真守はふたりを送ると言って、一緒に出て行った。ついでにコンビニで買い物をしたいらしい。
残った私と瑠為くんで、食器などの後片付けをしている。
客人を残して家主が出ていくってどういうことだ、と思ったけど、多分あいつなりに気をきかせたつもりなんだろう。
だからって、部屋に私と瑠為くんふたりきりで残すって、どういう神経してるんだか。
私が過激派だったら、瑠為くん襲ってるかもしれないんだぞ。危機感が足りない。
「今日は大変だったね。瑠為くんの負担がすごいことはよくわかった」
「うん……本当に……」
スポンジを持ったまま、瑠為くんが遠い目をした。わかる。
「今後番組大丈夫そう?」
「うーん……。多分なんだけど、この動画見たら、プロデューサー方向性考え直すんじゃないかな。さすがに無理だって、素人ふたり抱えて、レシピなしは」
「だよねえ。レシピあっても、今日の騒動だもんねえ」
くすくすと笑いが零れる。
はたから見てたらドタバタで楽しいだろうけど、あれ渦中にいたらそれどころではない。
「みのりさんにも、ご迷惑おかけしました」
「いやいや、全然。瑠為くんの負担に比べたら」
軽く言ったけど、瑠為くんは浮かない顔をしていた。
「……あの時、みのりさんが鍋を押さえた時は、正直肝が冷えた」
「ああ、あれ? いやー、ショートが火傷しなくて良かったよ。アイドルが火傷なんて、シャレにならないもんね」
「みのりさんだって、そうだよ」
「いや、私は別に火傷したところで、最悪指先さえ動けば仕事できるし」
「そういうことじゃなくて」
思ったより真剣な声色に、どきりとして手を止めた。
瑠為くんも手を止めて、私のことをまっすぐに見ていた。
「みのりさんだって、怪我なんかしたら、大ごとでしょ。今回は無事だったし、助かったけど。今後、あんまり無茶しないで」
そんな大げさな、って笑いとばしたかったけど。
ちゃかせる雰囲気じゃなかった。
「……うん、わかった。気をつける」
「そうして」
ふと思いついたように、瑠為くんが言った。
「もしスタスタのせいでみのりさんが怪我するようなことがあったら、俺が責任取るからね」
「……はい?」
いたずらっぽく笑う瑠為くんに、冗談だとわかっていながら、私はうまく返せなかった。
それって、つまり、結婚してくれるってことですか。
オタクの誰もが夢見るシチュだ。なんだどうした、私明日死ぬのか。
ばくばくいう心臓を鎮めるべく、私は一心不乱に洗い物を続けた。
全ての食器が片付いても、真守は帰ってこなかった。
「瑠為くん、帰っちゃっていいよ。明日もあるでしょ」
もう夜も遅い。瑠為くんをいつまでも引き留めておくわけにはいかない。
「みのりさんこそ、明日仕事でしょ。帰らなくて大丈夫?」
「私合鍵持ってるから、戸締りしたら帰るよ」
「なら駅まで送ってくよ。もう暗いし」
「大丈夫だよ。このへん歩くの慣れてるから」
「いいから。送らせて?」
「……ひゃい」
このアイドルスマイルの頼みを断れる人間はいるのだろうか。
戸締りを済ませ、電気を消し、私は瑠為くんと真守の部屋を出た。
「春とはいえ、まだまだ夜は寒いねー」
「そうだね。上着使う?」
「いやいや、そういうつもりじゃないから。ていうか、瑠為くんの方が風邪ひいたら一大事だから!」
「体調管理はしっかりしてるから、大丈夫だよ」
本当に。激務の毎日を送っているはずなのに、けろっとしている瑠為くんはすごいと思う。
私だったら絶対倒れている。
ファンに心配させない、仕事に穴を空けないという、瑠為くんの覚悟なんだろう。
そういうところ、本当に尊敬する。
歩きながら、瑠為くんがついと街路樹に目をやった。
「桜はすっかり散っちゃったね」
「早いねー。あっと言う間に新緑の季節だよ」
「ということは、もう少しでみのりさんと会ってから1年くらいか」
「えっ? うそ、もうそんなに経つ?」
「うん。真守の部屋で配信してたのが5月でしょ?」
「うわー……。歳取ると1年があっと言う間ってほんとだな……。やだなー、30代になったらきっと一瞬なんだろうなー!」
「みのりさんまだそんな歳じゃないでしょ」
「いやいや、私だってアラサーだからね。ピチピチの瑠為くんにはわからないよ」
「ピチピチって。死語じゃん」
「なんかね、アラサーになると、一周回って死語とか使いたくなるの。なんだろうね。若者言葉に対する抵抗なのかな」
「若者に嫌われちゃうよ」
「うっ!」
いつの間にか老害ムーヴをしていたというのか。気をつけよう。
「でもそっかー、1年か。色々あったね。配信やったり、イベント出て貰ったり、遊園地行ったり、カレー作ったり」
「……そうだね」
「まさか瑠為くんと友達になれるなんて、最初の頃は思ってもみなかった」
「俺も。みのりさんとこんなに仲良くなれるなんて、思ってなかった」
「ほんと? それは嬉しいな」
お世辞かもしれないけど、瑠為くんの中で私が「仲がいい」ポジションに置かれていることは、純粋に嬉しかった。
「きっと瑠為くんは、これからもっと忙しくなって、なかなか会えなくなっちゃうかもしれないけど。いやまあ、今でも十分忙しそうだけど……。それでも、これからも友達でいてくれたら嬉しいな」
「……うん、そうだね」
「私の方は、瑠為くんに比べたら全然暇だからさ。もし、ちょっと誰かに愚痴りたくなったりとか、弱音吐きたくなったら、いつでも連絡して。通話でもメッセージでも。口が堅いことには自信があるし! ゲーム会社なんて守秘義務だらけだからね!」
ガッツポーズを作った私に、瑠為くんは声を出して笑った。
「ありがとう。こういう、俺が【南雲瑠為】でいられる場所があるって、やっぱり安心するよ。アイドルの【ルイ】は、いつでも完璧な、女の子の理想でないといけないから」
「そう? 完璧じゃないところも、アイドルの魅力じゃない?」
「そういう、【愛されるべき欠点】みたいなのもね、だいたい計算なんだよ。人は欠けているものが好きだから」
「なんと。それは結構な裏事情」
アイドルってとにかく全力ってイメージだったけど、結構計算とかしてるのか。
「だから、多分みのりさんが思っている以上に、俺にとってみのりさんは必要な存在だよ」
「……そ、そうだったら、いいな」
私ばっかり、一方的に得してる気がして、そこはちょっと気がひけてたから。
瑠為くんにとっても、私の存在が何かしらのプラスになっているなら、嬉しい。
「そろそろ駅つくね」
「そうだね。送ってくれてありがとう。ここでいいよ」
あんまり駅に近づきすぎると、人目も増えるし。ちょっと離れた場所で解散することにした。
「それじゃ、気をつけて」
「うん、瑠為くんも」
別れ際の空気って、なんかちょっと寂しい。
と思っていたら、瑠為くんがふわっと笑って。
「おやすみ、みのりさん」
「……お、おやすみ、瑠為くん」
推しの「おやすみ」、いただきました……!
シチュエーションボイスみたいだな、なんて、失礼なことを考えながら、私は早足で駅に向かった。
あ~、やっぱり、1年経っても全然推しの笑顔には慣れない! どきどきする!
余談だけど、後日スタスタのクッキング系バラエティを見たら、プロの料理人に3人が基礎をいちから教わる番組内容に変更されていた。
そりゃそうだ。
一章、最後まで読んでいただきありがとうございます。
これにていったん完結となります。
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