2.推しとオフィスで再会なんて!?(1)
『こんばんはー! マモルです! この動画は、先日ルイとやった配信のアフタートークでっす! 配信見てなかった人は、アーカイブあるから是非見てね~』
後日、真守のチャンネルにアップされた動画を、私は自宅マンションでぼんやり眺めていた。
生配信のあとに、録画用のアフタートークを収録していたらしい。こちらはちゃんと動画用に編集されている。
弟と並んでいるルイのビジュが良すぎて、思わず「ほう」と溜息が漏れる。
この超絶美形アイドルが、うちの弟なんかと一緒に画面に映っているなんて。何かの冗談みたいだ。
『いやほんと、あそこでルイがさー』
『いやいや、マモルだって』
ゲームのプレイ感想を言い合っているだけなのに、バラエティのトーク並に面白い。さすがルイ。
絶対ルイの力だからコレ。真守じゃないから。
内心で弟を貶していたら、ぎょっとする言葉が飛び込んできた。
『そうそう、配信中にトラブルで一時中断したの、ほんっとにごめんなさい! 心配する声がいっぱいあったので、改めて説明するとさ。姉ちゃんが乱入してきて』
(おいおいおいおいおい!)
家族構成をバラすな。しかも、男性配信者のファンなんて女ばっかりなのに、たとえきょうだいでも異性の存在を出すな。
ハラハラしながら見ていると、さらに爆弾が投下された。
『うちの姉ちゃんマジで横暴だからさー。ルイもごめんなー、迷惑かけて』
『いや、結構おもしろかったよ』
(ちょーい!!)
これだと、私がルイと会ったってことまでバレるじゃないか。何考えてんだ!
真っ青な顔で見ていたが、動画配信中に家族が乱入してくるというのは、割とあるあるなネタらしい。
だから真守も話題に出したようだが……ファン層を考えてほしい。母と姉では全然違う。
『お姉さん、すごくしっかりした人だったよね。なんかマモルがここまで無事に生きてこられた理由がわかったわ』
『なにそれどういう意味!?』
『だってマモルってポンコツじゃん。お姉さんに感謝しなよ』
『うーわ、裏切られた! ルイは俺の味方だと思ってたのに』
『味方だよー。だからちゃんと守ってあげてるでしょ』
よしよし、と真守の頭を撫でるルイに、きゅんとしてしまう。
お、お兄ちゃんだ〜っ!
ルイはグループのセンターだから、グループ内の立ち位置もしっかりキャラである。
わがまま末っ子キャラの真守と相性が良かったのだろう。
『ルイは姉ちゃんと気が合いそうだよなー』
だからその話題を引っ張るなって!!
思わず手に力が入って、スマホがみしりと鳴る。
問われたルイは、くすりと笑って。
『そうだね。機会があったら、話してみたいかも』
(ひえええええ!?)
推しが、推しが私と話してみたい、とか。
いや、わかってる。もちろん、こんなの社交辞令だ。リップサービスだ。
それにしたって、どきどきするよ〜っ!
はらはらしながら動画を見終えて、私はコメント欄をチェックした。
ほとんどはマモルとルイの仲の良さについてだけど、やはり私に言及したものもいくつかある。
【生のルイと会えたなんて、お姉さん羨ましいっ!】
【前世でどんな徳を積んだら、マモルの姉になれるの……。代わってほしい】
いつでも代わってやるが。
それは置いといて、このくらいならまだいい方だ。問題は。
【姉だからってルイに会えるのズルくない? 仲いいのはマモルで、姉はただの一般人じゃん】
【配信乱入とか、ルイがいるってわかってて、わざとじゃないの?】
(ほーら)
アイドルのファンにはガチ恋が多い。
アイドルは、存在そのものでお金を稼いでいる。
見るだけ、会うだけのことに、大金を飛ばす人がたくさんいる。
だから、ちょっとしたラッキーに「ズルい」という感情が起こりやすい。
しかも、こんなネット上じゃ、言いたい放題だ。
それを咎める気にはなれない。
私だって、知らない誰かがルイに偶然会ったと知ったら、嫉妬のひとつもするだろう。
目を閉じて、ルイを推し始めた頃を思い出す。
仕事に追われて、部屋なんかぐっちゃぐちゃで、毎日なんのために働いてるのかもわからなくて。
せめて世間についていくために、見るともなしに流していたテレビから聞こえた歌声。
ぐったりとソファに倒れ伏していた私の耳に、キラキラとした声が飛び込んだ。
音なのに、本当にキラキラしていたのだ。
私は勢いよく体を起こして、食い入るようにテレビを見た。
そこに映っていたのは、天使のような優しい顔をした男の子だった。
私はその瞬間、沼に落ちた。
翌日から、ルイの情報を漁りまくった。
あんなに億劫だった仕事もバリバリこなして、有給をもぎ取り、ライブにも行った。
広い会場では、人間ひとりなんか豆粒みたいで。スクリーンに映る姿がメインで。
ファンサなんて、滅多に貰えないことを知った。
それでも通路側の席が取れた時、通路を駆け抜けるルイと目が合った、と感じた瞬間があった。
ああ、あの目が、確かに私に向けられていた。
それだけのことを、何度も何度も繰り返し思い出しては、奇声を上げながら転げ回った。
それだけのものなのだ。アイドルというのは。
視線ひとつを、誰もが熱望している。
だから私は、私に嫉妬する彼女たちを、悪く言うことはできない。
その気持ちは、痛いほどにわかるから。
「ま、今後関わることもないでしょ」
こんなのは一過性で、すぐ収まる。
真守と同居しているならまだしも、お互いひとり暮らしなのだから、よほどのことがなければ鉢合わせることもあるまい。
私は、ただのファンなのだから。
☆★☆
「先輩先輩っ! 聞きましたあ!?」
都内のオフィスにて。
朝からうるさい職場の後輩に、私はげんなりした視線を向けた。
「朝から元気ね……美心ちゃん」
「先輩もこのニュース聞いたら元気出ますよお! 広報部の子に聞いたんですけど」
きょろきょろと周囲を見回してから、私の耳に顔を近づけて、美心ちゃんがこそっと告げた。
「今度のうちの広告塔、ルイくんがやるらしーんですよ!」
「えっ!?」
思わず大きな声を上げた私に、美心ちゃんが「しーっ」と口の前に指を立てる。
「ルイくん、ゲーム好きで有名じゃないですか。で、最近ゲーム配信者ともコラボしたりしてるでしょう? だから、あんま大手じゃないうちでも、引き受けてくれるんじゃないかって打診したら、なんとOK出たんですよう!」
そうなのだ。
何を隠そう、私の仕事はゲーム開発。
弟のゲーム好きは、姉の私の影響がないとは言えない。
だからゲーム実況を止めもしない。
でも、まさか、うちのゲームの広告を、ルイがやってくれるなんて。
だってうちが作ってるの、人気メーカーのコンシューマーとかと違って、スマホのソシャゲだし。
天下の大人気アイドル様がやってくれるような仕事じゃ。
「そ・れ・で! なんとなんと、今日、打ち合わせのために来社してるって話を掴みまして!」
「なん……だと……!?」
ルイくんが、今、このオフィスのどこかに……!?
わなわなと震える私に気づいた美心ちゃんが、悪魔の囁きをする。
「見たいですよね〜? 見たいでしょう? 見に行きましょうよ」
「だだだダメよ! 仕事中なんだし! そんなヤジ馬根性丸出しで覗きをするような社員がいるって、案件断られたらどうするの!」
「ええー、大丈夫ですよ、見るだけなら。偶然を装って」
「偶然……」
先日のことが脳裏を過ぎる。
あれは完全に偶然だった。でも、今回はわざわざ見に行くなら、故意だ。
「~~~やっぱりダメっ!」
「ええー」
「さー仕事よ、仕事!」
「せーんぱーい」
不満そうな声をあげる後輩を無視して、私は仕事に励んだ。
すると、通りかかった課長が、私に声をかけてきた。
「ああ、風間くん、すまない。今ちょっといいかな」
「はい」
「第三会議室に、この資料を持っていってくれないか? 開始までに印刷が間に合わなくて」
「わかりました」
課長から資料を受け取って、第三会議室へ向かう。
ドアをノックして、返事があったので入室する。
「失礼します。狩野課長から資料をお預かりして――」
「あれ? お姉さん?」
その声を聞いた瞬間、私の手から全ての資料がなだれ落ちた。
「ちょっと風間さん!」と焦った弊社社員の声が聞こえるが、耳に入らない。
「また会ったね」
にこりと微笑んだ天使は、もう会うこともないと思っていた、ルイだった。




