1.なんで推しがこんなところに!?
「ったく、なんで私がこんなこと……」
ぶつぶつ言いながら、マンションのエレベーターのボタンを押す。
私、風間みのりには、真守という大学生の弟がいる。
上京してきた弟は、都内のマンションにひとりで住んでいる。
心配性な母親は、同じく上京して都内で働く姉の私に、弟の様子を見てこいと言うのだ。
大学生とはいえ、真守ももう21歳。立派な成人だ。ほっといたって勝手にやるだろう。
どんな割のいいバイトをしているのか、ある時から仕送りを受け取らなくなり、小綺麗なマンションに引っ越した。
本人は闇バイトでもホストでもない、ちゃんとしたバイトだと言い張っているが、それが余計に母を心配させているのだろう。
私は形ばかりの用事である母からの荷物を持って、真守の部屋のインターホンを押した。
暫く待つが、応答がない。
いらっときてボタンを連打すると、バタバタと足音がして、やっと鍵が開いた。
「なんだよ、姉ちゃん!」
「やっぱり、いるんじゃない」
しれっと返す私に、真守は悔しそうに歯噛みした。
そういう表情をすると、生意気そうな猫目が余計際立つ。
少し癖のある黒髪は整えられており、服もきちんとしている。家でだらだらしていたものとばかり思っていたけれど、どこか出かけていたのだろうか。
「母さんから連絡あったでしょ、私が行くって」
「あった……けど」
「今日行くって連絡も入れておいたでしょ。見てないの?」
「急に別の予定入ったんだよ!」
「だったらその連絡を忘れたあんたが悪い。入るわよ」
中に入ろうとした私を、なぜか真守が必死になって止める。
「今日はダメだって!」
「何よ。彼女でも連れ込んでるの?」
ちらと玄関に目を落とすが、女物の靴はない。
さすがに最中だったら気まずいので帰るが、そういう空気もなさそうだ。
真守の防衛を潜り抜けて、ヒールを脱ぎ捨て、私はずかずかと部屋の中に入った。
「あっおい!」
「おじゃましまーす」
真守の部屋に来るのは初めてじゃない。
廊下を進んで、リビングに続くドアを開けると。
目の前に、推しがいた。
「あ、どうも。おじゃましてます」
にこっと笑った推しに、私はフリーズしていた。
後ろから追いついてきた真守が、あちゃーという顔で頭を抱えている。
どうして。なんで、彼が、ここに。
ルイ。
押しも押されもせぬ人気アイドルグループ、スターリー☆スターライト、通称スタスタのセンター。
甘いマスクに柔らかそうな明るい色の髪。優しげな瞳の24歳。
ビジュアルもさることながら、歌唱力が抜群で、不動のセンターなのも頷ける。
そんな彼は、私の生きがい。いわゆる、推しなのである。
でも私だって、もう27歳の社会人。
いくらアイドルが弟の部屋にいたからって、きゃーきゃー甲高い声で喚いたりはしない。
そう、例え頭の中では、ビッグバンが起こっていようとも!
「初めまして、私は風間みのり。真守の姉です。弟の友達ですか?」
にこりと対取引先用の笑顔を浮かべた私に、ルイはぱちぱちと瞬きすると、ふっと微笑んだ。
「初めまして。俺は南雲瑠為。真守の友達です」
(ああ〜、やっぱりルイなんだぁ〜!)
フルネームで名乗ってくれたけれど、ルイは以前本名だとラジオで言っていたから、間違いない。
他人の空似という線は消えた。ひくひくと引きつりそうな口の端を、全表情筋で抑え込む。
「遊びに来てるとこ邪魔してごめんなさいね。用事を済ませたらすぐに帰るから」
言いながら部屋の様子を観察すると、ふたりはどうもゲームをしていたようだった。
けれど、それだけじゃない。他にも様々な機材が設置されていた。
今の時代、それが何を意味するか、わからない私じゃない。
どういうことかと真守に目で問うと、ばつが悪そうに視線を逸らした。
「今度ちゃんと説明するから、とりあえず今日は帰れよ」
「帰れ、だあ?」
「帰ってください、お願いします!」
弟の必死な様子に、私は溜息を吐いた。
「わかった。今日のところは帰るけど……今言ったこと、忘れないでよ」
必ず説明はしてもらうからな、と睨みつけると、真守が一歩引いた。
「……わかったよ」
了承を得られたので、私は母に頼まれた荷物だけ置いて、ドアに手をかけた。
「それじゃ南雲くん、ごゆっくり。弟のことよろしくね」
「はい」
その微笑みに心臓をやられそうになりながらも、私はリビングから廊下に出た。
玄関を出る前に、「配信大丈夫そ?」「トラブルで一時停止しておいた」というようなやりとりがうっすらと聞こえた。
やっぱり、と思いながら、私は玄関から外に出た。
5月。新緑の季節。
推しは、この緑よりも、眩しかった。
☆★☆
「配信者、ねえ」
「…………」
後日、改めて真守のマンションに訪れた私は、目の前に正座する真守をじっと見下ろした。
真守は居心地悪そうに、黙ったまま身じろぎする。
「いったい何で稼いでるのかと思えば」
「な、なんだよ。違法なことしてるわけじゃないんだし、いいだろ別に」
「配信そのものが悪いとは言わないけど。あんたバカのくせに、リテラシーとか大丈夫なの?」
呆れたように言えば、真守がぐっと押し黙る。
おいまさか。
「既になんかあったあとなのか」
「いやっ! 別に大ごとには、なんなかったし……」
この期に及んでゴニョゴニョと言い訳する真守を、にっこりと笑顔で威圧する。
びくりと肩を跳ね上げて、観念したように真守は白状した。
「俺、結構急に引っ越しただろ。あれ、前住んでたとこ、ファンに家バレしたからで……」
「はあ!?」
「い、今はもう大丈夫だって! 瑠為に色々教えてもらったし!」
ルイ。その名前が出たことで、私ははっとして真守に詰め寄った。
「そうだ! ルイ! あんたなんでアイドルなんかと知り合いなの!?」
「瑠為もゲーム好きだから、イベント呼ばれた時に仲良くなったんだよ。そんで色々教えてもらって……。この前は配信にゲスト参加してもらう回だったんだ。瑠為忙しいから、決まったのが急だったんだよ」
「アイドルがゲストに出てくれるほど人気なわけ?」
「バカにすんなよ!」
真守が見せたスマホ画面には、【マモル】という名前のチャンネルが映っていて。
「登録者数12万!?」
ぎょっとして叫ぶと、真守はドヤ顔で胸を張っていた。
バカな。こんなただの一般人にしか見えない弟に、12万人のファンが?
「世の中って不条理だ……」
「俺だって頑張ったんだよ!」
「頑張ってるのはいいけど、あんたちゃんと大学卒業できるんでしょうね。学費は親に払ってもらってるんだから、留年とかは許されないからね」
「学費くらい、もう自分で払えるし」
「そういうこと言ってんじゃないの!」
頭をはたくと、真守が不満そうに口を尖らせた。
「あんたが大学入るまで、どんだけサポートしてもらったと思ってんの。配信だって、ルイにサポートしてもらったんでしょ。一時的に大金手にしたからって天狗になって周囲を蔑ろにしたら、痛い目見るからね。あんたが人気なくなって無一文になっても、誰も助けてくれないよ」
「……わかってるよ」
ふてくされたような真守に、本当にわかっているのだろうか、と私は溜息を吐いた。
この能天気で単純バカな弟は、あまりネットに向いているようには思えないのだけど。
陰謀論とかにすぐハマりそう。
けれど、今は何を言ってもムダだろう。私ひとりの言うことより、12万人の登録者を味方だと思っているはずだ。
家族と赤の他人なんて、相手に対する責任が全然違うのに。
とりあえず、今後は私も真守の配信を見ることにした。炎上しそうな動画を上げたら、すぐに連絡できるし。
きちんと大学に行くという約束だけ交わして、この件はひとまず決着した。
ルイのことも。
私はわきまえたオタクなので、いくら推しが弟の友達だったからと言って、「会わせろ」などという無茶は言わない。
これからもそっと、見守るだけ。
それだけの、はずだった。
今まであまり書かなかったジャンルなので、実験的な部分が多いです。
是非ご感想や評価などで反応いただけると嬉しいです。
付かず離れずじれじれな部分までを連続更新し、その後は様子を見て進退決めるつもりです。
よろしくお願いします。




