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推しが弟の友達でした!?  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞
第一章

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1/5

1.なんで推しがこんなところに!?

「ったく、なんで私がこんなこと……」


 ぶつぶつ言いながら、マンションのエレベーターのボタンを押す。

 私、風間(かざま)みのりには、真守(まもる)という大学生の弟がいる。

 上京してきた弟は、都内のマンションにひとりで住んでいる。

 心配性な母親は、同じく上京して都内で働く姉の私に、弟の様子を見てこいと言うのだ。

 大学生とはいえ、真守ももう21歳。立派な成人だ。ほっといたって勝手にやるだろう。

 どんな割のいいバイトをしているのか、ある時から仕送りを受け取らなくなり、小綺麗なマンションに引っ越した。

 本人は闇バイトでもホストでもない、ちゃんとしたバイトだと言い張っているが、それが余計に母を心配させているのだろう。

 私は形ばかりの()()である母からの荷物を持って、真守の部屋のインターホンを押した。

 暫く待つが、応答がない。

 いらっときてボタンを連打すると、バタバタと足音がして、やっと鍵が開いた。


「なんだよ、姉ちゃん!」

「やっぱり、いるんじゃない」


 しれっと返す私に、真守は悔しそうに歯噛みした。

 そういう表情をすると、生意気そうな猫目が余計際立つ。

 少し癖のある黒髪は整えられており、服もきちんとしている。家でだらだらしていたものとばかり思っていたけれど、どこか出かけていたのだろうか。


「母さんから連絡あったでしょ、私が行くって」

「あった……けど」

「今日行くって連絡も入れておいたでしょ。見てないの?」

「急に別の予定入ったんだよ!」

「だったらその連絡を忘れたあんたが悪い。入るわよ」


 中に入ろうとした私を、なぜか真守が必死になって止める。


「今日はダメだって!」

「何よ。彼女でも連れ込んでるの?」


 ちらと玄関に目を落とすが、女物の靴はない。

 さすがに最中だったら気まずいので帰るが、そういう空気もなさそうだ。

 真守の防衛を潜り抜けて、ヒールを脱ぎ捨て、私はずかずかと部屋の中に入った。


「あっおい!」

「おじゃましまーす」


 真守の部屋に来るのは初めてじゃない。

 廊下を進んで、リビングに続くドアを開けると。

 

 目の前に、推しがいた。


「あ、どうも。おじゃましてます」


 にこっと笑った推しに、私はフリーズしていた。

 後ろから追いついてきた真守が、あちゃーという顔で頭を抱えている。

 どうして。なんで、彼が、ここに。


 ルイ。

 押しも押されもせぬ人気アイドルグループ、スターリー☆スターライト、通称スタスタのセンター。

 甘いマスクに柔らかそうな明るい色の髪。優しげな瞳の24歳。

 ビジュアルもさることながら、歌唱力が抜群で、不動のセンターなのも頷ける。

 そんな彼は、私の生きがい。いわゆる、推しなのである。

 でも私だって、もう27歳の社会人。

 いくらアイドルが弟の部屋にいたからって、きゃーきゃー甲高い声で喚いたりはしない。

 そう、例え頭の中では、ビッグバンが起こっていようとも!


「初めまして、私は風間みのり。真守の姉です。弟の友達ですか?」


 にこりと対取引先用の笑顔を浮かべた私に、ルイはぱちぱちと瞬きすると、ふっと微笑んだ。


「初めまして。俺は南雲(なぐも)瑠為(るい)。真守の友達です」

(ああ〜、やっぱりルイなんだぁ〜!)


 フルネームで名乗ってくれたけれど、ルイは以前本名だとラジオで言っていたから、間違いない。

 他人の空似という線は消えた。ひくひくと引きつりそうな口の端を、全表情筋で抑え込む。


「遊びに来てるとこ邪魔してごめんなさいね。用事を済ませたらすぐに帰るから」


 言いながら部屋の様子を観察すると、ふたりはどうもゲームをしていたようだった。

 けれど、それだけじゃない。他にも様々な機材が設置されていた。

 今の時代、それが何を意味するか、わからない私じゃない。

 どういうことかと真守に目で問うと、ばつが悪そうに視線を逸らした。


「今度ちゃんと説明するから、とりあえず今日は帰れよ」

「帰れ、だあ?」

「帰ってください、お願いします!」


 弟の必死な様子に、私は溜息を吐いた。


「わかった。今日のところは帰るけど……今言ったこと、忘れないでよ」


 必ず説明はしてもらうからな、と睨みつけると、真守が一歩引いた。


「……わかったよ」


 了承を得られたので、私は母に頼まれた荷物だけ置いて、ドアに手をかけた。


「それじゃ南雲くん、ごゆっくり。弟のことよろしくね」

「はい」


 その微笑みに心臓をやられそうになりながらも、私はリビングから廊下に出た。

 玄関を出る前に、「配信大丈夫そ?」「トラブルで一時停止しておいた」というようなやりとりがうっすらと聞こえた。

 やっぱり、と思いながら、私は玄関から外に出た。


 5月。新緑の季節。

 推しは、この緑よりも、眩しかった。



 ☆★☆



「配信者、ねえ」

「…………」


 後日、改めて真守のマンションに訪れた私は、目の前に正座する真守をじっと見下ろした。

 真守は居心地悪そうに、黙ったまま身じろぎする。


「いったい何で稼いでるのかと思えば」

「な、なんだよ。違法なことしてるわけじゃないんだし、いいだろ別に」

「配信そのものが悪いとは言わないけど。あんたバカのくせに、リテラシーとか大丈夫なの?」


 呆れたように言えば、真守がぐっと押し黙る。

 おいまさか。


「既になんかあったあとなのか」

「いやっ! 別に大ごとには、なんなかったし……」


 この期に及んでゴニョゴニョと言い訳する真守を、にっこりと笑顔で威圧する。

 びくりと肩を跳ね上げて、観念したように真守は白状した。


「俺、結構急に引っ越しただろ。あれ、前住んでたとこ、ファンに家バレしたからで……」

「はあ!?」

「い、今はもう大丈夫だって! 瑠為に色々教えてもらったし!」


 ルイ。その名前が出たことで、私ははっとして真守に詰め寄った。


「そうだ! ルイ! あんたなんでアイドルなんかと知り合いなの!?」

「瑠為もゲーム好きだから、イベント呼ばれた時に仲良くなったんだよ。そんで色々教えてもらって……。この前は配信にゲスト参加してもらう回だったんだ。瑠為忙しいから、決まったのが急だったんだよ」

「アイドルがゲストに出てくれるほど人気なわけ?」

「バカにすんなよ!」


 真守が見せたスマホ画面には、【マモル】という名前のチャンネルが映っていて。


「登録者数12万!?」


 ぎょっとして叫ぶと、真守はドヤ顔で胸を張っていた。

 バカな。こんなただの一般人にしか見えない弟に、12万人のファンが?


「世の中って不条理だ……」

「俺だって頑張ったんだよ!」

「頑張ってるのはいいけど、あんたちゃんと大学卒業できるんでしょうね。学費は親に払ってもらってるんだから、留年とかは許されないからね」

「学費くらい、もう自分で払えるし」

「そういうこと言ってんじゃないの!」


 頭をはたくと、真守が不満そうに口を尖らせた。


「あんたが大学入るまで、どんだけサポートしてもらったと思ってんの。配信だって、ルイにサポートしてもらったんでしょ。一時的に大金手にしたからって天狗になって周囲を蔑ろにしたら、痛い目見るからね。あんたが人気なくなって無一文になっても、誰も助けてくれないよ」

「……わかってるよ」


 ふてくされたような真守に、本当にわかっているのだろうか、と私は溜息を吐いた。

 この能天気で単純バカな弟は、あまりネットに向いているようには思えないのだけど。

 陰謀論とかにすぐハマりそう。

 けれど、今は何を言ってもムダだろう。私ひとりの言うことより、12万人の登録者を味方だと思っているはずだ。

 家族と赤の他人なんて、相手に対する責任が全然違うのに。

 

 とりあえず、今後は私も真守の配信を見ることにした。炎上しそうな動画を上げたら、すぐに連絡できるし。

 きちんと大学に行くという約束だけ交わして、この件はひとまず決着した。

 

 ルイのことも。

 私はわきまえたオタクなので、いくら推しが弟の友達だったからと言って、「会わせろ」などという無茶は言わない。

 これからもそっと、見守るだけ。

 

 それだけの、はずだった。

今まであまり書かなかったジャンルなので、実験的な部分が多いです。

是非ご感想や評価などで反応いただけると嬉しいです。

付かず離れずじれじれな部分までを連続更新し、その後は様子を見て進退決めるつもりです。

よろしくお願いします。

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