焚き火
これは小説習作です。とある本を開き、ランダムに3ワード指差して、三題噺してみました。
随時更新して行きます。
【お断り】「違い、火、材木」の三題噺です。
(以下、本文)
建設現場と言うのは意外と静かなものだ。
機械のエンジン音はある。
回転ノコギリで材木を切る音、カナヅチでパイプを叩く音、ダンプの荷台から土を落とす音等々、作業音は、もちろんある。
僕が言ってるのは人の声の事だ。これが、ほとんどない。
「目と目で通じあう」事すら、やってない。無言のチームワークなのだ。
あれこれ注意されて居るのは新人さん、または一日限りの助っ人さんだけ。どっちも現場の勝手が分からないからだ。
慣れた仕事とは、こう言うものか。一歩まちがえたらケガじゃすまないのに。
そして、時には大声あげるのが仕事なのは、僕たち交通誘導員だけ。
いや、大声、出すのは、よくよくの場合だ。
ふだんは、にこやかに「ご迷惑をおかけします」、「ありがとうございました」が仕事。安全確保の最大の武器は笑顔、あいさつ。そして奉仕の心だ。
すいません。つい語っちゃいました。
話をもどすと、僕たち交通誘導員は現場のサークルの外側にいる。
作業の進行には責任があるけど、作業そのものの出来不出来は関係ない。
それこそ、ほっとかれて当然の存在だ。コミュニケーションは無いに等しい。
それでもやっぱり、気持ち良く働ける現場と、そうじゃない現場はある。
無いものねだりする積もりは無いけど、一体どんな違いがあるんだろうか。
「お若いの。人の気持ちは自然と伝わるもんだよ。」
職場の大先輩、と言うか長老は言った。後期高齢者になってもキビキビ動ける交通誘導員のカガミだ。
山谷ブルースとか、ヨイトマケの唄とか、僕の知らない歌が好きな人だ。
僕は言った。
「言ってることは何となく分かるけど、やりやすい現場と、そうじゃないのと、どうやって見分ければいいんですかね? どっちにせよ、声かけてくれる訳でもなし。もちろん、ほっとかれる方が気は楽なんだけど。」
これでも僕は「長老さまのお気に入り」だったから、ここまで踏み込めたんだ。そうでなけりゃ、「この無礼者!」でバッサリさ。
長老は言った。
「今は禁じ手だけど、昔は焚き火のある無しで分かった。火を焚くと、人が寄ってくるんだ。」
長老は遠い目をした。オッ、また始まるな、長老の人生劇場が。
「昭和40年代の現場にはクレーンなんて気の利いたものは無かった。今よりは作業員の数が多かったよ。ビルでも建てるとなれば、まるで砂糖にたかるアリみたいな状態で働いたもんだったよ。」
うんうん、と大きくうなずく。
「焚き火を禁じる会社は昔からあった。現場では使えない木っ端(こっぱ。切り落としの端材のこと)も、使い道が無い訳じゃないから、放置して帰ると勝手に持って行く奴もいる。『現場に木っ端を残すな。一つ残らず持って帰れ』と厳命する会社もあった。焚き火には火災のリスクもあるしね。」
うんうんうん。
『まあ、そう言うな。総務の奴らが木っ端の数、いちいち数えるはずもなし。監督のオレが、いいって言ってんだから、いいんだよ。アンタ、休憩時間中なんだろ? こっち来て火に当たれよ。』
「そう言った監督さんの目が笑ってた。
交通誘導員に気をつかってくれる監督さんは、今でもいくらでもいるけど、焚き火のおすそ分けは、とにかく分かりやすいんだよな。『同じ釜のメシを食った仲』って言葉があるだろ。ちょっとアレに似てるかな。交通誘導員だろうが作業員だろうが監督さんはだろうが、寒いのは、みんないっしょなんだから。」
そして長老は歌った。
「垣根の垣根の曲がり角。
焚き火だ。焚き火だ。落ち葉焚き」
三番まで歌ってくれた。
なるほど心まで温まる歌だけど、垣根ってなんだ? フェンスの事かな。