「カール・ギブソンがシュートを止めると、日本は国際社会から一歩遠のく。」16
庄司と小峰が、府中市分倍河原に着いた頃には9時50分を回っていた。
すでに準備は整い、政府が用いた両極端な飴と鞭によって状況を無理やり飲み込んだ選手たちも大雨の中ストレッチを始めていた。
現場に到着していた元院が、二人を出迎えた。
「必ずきてくれると思っていたよ」
「はい。……こんなツラですいません」
庄司と小峰は顔面を真っ赤に腫らし、瞼や鼻など至る所に絆創膏を貼っていた。
「何があったかは聞かん。しかし、君の気持ちを動かす何かが、この1時間のうちにあったんだな」
「正直まだ俺は疑ってますよ? でも他に案がないのと……このバカがどうしてもサッカー観たいと言うので」
「うっす!! 球技大好きっす!!」
現場には、葛原とアレックスも到着していた。アレックスはCIAからの現場監視員としてこの実地試験を見届ける形となった。
「なんじゃそのザマは」
「よお……あっちゃん。無事で何よりだよ。」
「礼は言わんど。余計なことしくさりおって。酔狂がすぎるんじゃ。おまんは」
「アイアム ノット ノーマル デカ」
「……阿呆」
庄司は、コート脇にガラス製の箱に目をやった。中には里崎少年がマイクに囲まれ、椅子に座っている。
表情からは混乱と不安と強いストレスが感じられた。
「始めまして。里崎君。警視庁の庄司です。こんなツラでごめんね」
中里は立ち上がり、何か一言喋って会釈したが防音が効いていて聞き取れなかった。
庄司は、里崎を囲うガラスを軽くノックした。
「色々とごめんね。ご迷惑おかけします。……楽しんで」
22時30分。
「じゃあ実地試験を開始します! スタッフの皆様! 選手の皆様! ご協力ありがとうございます! 怪我のないようお願いいたします!!」
元院の掛け声で、特事法に基づいた政府の膨大な権力と資金力をフル活用した実地試験が行われた。
試験の方法は至ってシンプルだ。
カール・ギブソンをゴールの前に立たせる。
誰かがシュートするのを、カールギブソンがキャッチする。
その瞬間に、里崎少年を囲っているマイクでPA席から音声信号を識別。モスキートーンが発生すれば成功である。
しかし、当然前例のない試験なので進行は手探り状態だった。
まず、時間短縮でカールギブソンがシュートをキャッチしやすいように、あらかじめ蹴る方向を選手に指定した。
庄司は、これではまず反応はないだろうと思っていた。
根拠は、カールギブソンの練習時間である。ただ単にシュートを止めるだけでいいなら、彼の練習時間内に大量の事案が発生していたはずである。
庄司の予想どうり、カールギブソンがシュートをキャッチしても、里崎からはモスキートーンは検出されなかった。
続いて、今度は蹴る方向を決めずに選手にシュートをうたせた。要はフリーキックだ。5分の時間を費やし、カール・ギブソンはシュートをキャッチした。
……里崎からモスキートーンは検出されなかった。
考えてみればそれもそうだ。練習試合だってあるだろうから。
ピィ事案対策課の刑事達は緊急会議を開いた。
「やはり……試合を再現させる必要があるのではないでしょうか……?」
榊が顎を触りながらつぶやいた。
「無理だな。今23時。それをやるには手遅れだ」
元院は静かに答えた。額には汗を浮かべている。
「では、試合時間短縮で前半だけ試合してもらうとか……?」
葛原が提案すると、庄司が痛む頬の傷をさすりながら答えた。
「45分か。ギリギリだな。それと、カールギブソンがシュートをキャッチするシチュエーションがあるかも賭けだぞ。
彼ももう、今日2試合こなしてこんな実験に付き合わされてる。体力も限界のはずだ」
「どうします? 課長」
一同の視線が、元院に向けられた。
「…… ……やるしかあるまいよ。これでダメなら潔く敗北を認めよう。所詮、人類にどうこうできる事案ではなかったのだ。あとは野と成れ山と成れだ」




