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桶屋の罪状  作者: SBT-moya
18/25

「カール・ギブソンがシュートを止めると、日本は国際社会から一歩遠のく。」12

19:15

ピィ事案対策本部。里崎大樹は、広すぎる会議室で、時間も空間も持て余していた。

大樹には疑問があった。

なぜ、自分だけなんだろう?他の部員も似たような症状のはずである。なぜ自分だけ、こんな待遇を受けるのだろう?


3食食事付き。風呂とサウナも使いたい放題。ジムの設備も話を聞く限りでは充実していて、それでいて宿泊費は警察が面倒を見てくれる。

そんな美味しい話があるかと、高校生でも疑ってかかってしまう。

大樹は急に心細くなった。仲間たちが突然脳梗塞になったのはやはり自分のせいなのだろうか?

広い空間に一人、大樹は落ち着かなかった。


2020のコロナの時は、日本がロックダウンを開始して、有名な芸能人が亡くなり、オリンピックが延期になって深刻な事態に陥ってもどこか対岸の火事のような感覚があった。

しかし今回は自分が渦中の人物なのではないかと思うと心臓が痛くなった。

あたりには改装工事の音と、親方らしき人の怒鳴り声が響いている。「今日中にどうたら」とか聞こえてくるので、それも自分が迷惑をかけてるのではないかという気持ちになった。

全てに、謝りたい気持ちになった。

いっそこんな広い空間じゃなくて、狭くて汚い独房に入れてくれた方が幾分か救われる気持ちになるのではないか。


「ああ!!」


大樹は大声を出した。声が、空間に広がり、反響するのが聴こえる。

そして発した「ああ」が虚しく返ってくる。


ややあって、会議室をノックする音が響いた。

会議室の扉が開くと、

出迎えてくれた榊さんという方と、もう一人婦警さんが入ってきた。

二人とも両手に大量の食料を持っている。


「あ、大樹さん。お腹空いてますよね。ごめんなさいねー今日はこんなのしかなくて、

 でも、高校生だからね。たくさん食べるかなあと思って。とりあえずたくさん出前とってみましたー。

 ……お腹、空いてない?」


「あ……はい。……あまり……」


「あ、そうか! ごめんねー入り口で聞けばよかったよね!! あの、残してもらっても全然構わないから。あ、これね。この焼肉弁当おすすめですよ。樹々苑っていうの。知ってます!?

 高校生だからお肉が好きかなーと思って! あ、飲み物もね! 高校生だからお酒はダメだけど、高校生が好きそうなエナジードリンクとかもあるから。

 若い子ってみんなエナジードリンク好きだよねー糖尿病になっちゃうよ? 飲みすぎると。」


「あ……あ……ありがとうございます」


「いいえいいえ。あのー困った事なんでも言ってね!もう少ししたら下の階使えますんで。お風呂とサウナは……少し待ってね」


優しくされればされるほど、大樹の心に負荷がかかっていくのを感じた。


「あ、あの!! ……聞いてもいいですか?」


「何?! あ、体力テストの事!? 心配しなくていいですよー滞りなくやっときますからー」


「違います!! ……僕……何かしたんでしょうか……?」


「何か……?」


「どうして……僕だけ……ここにいるんだろうって……。」


榊が言葉に詰まっていると、隣から湊が割って入ってきた。


「里崎さんごめんなさい。今は詳しく言えません。そして私はお願いがあってきました。

 ……電話。しばらくの間預かっていいですか?」


「でんわ?……これ……ですか? え、なんでですか? 僕が何か?」


「詳しく言えません。でも信じて。私たちは味方ですから。必ず、里崎さんをここから出しますから。」


「……やっぱり、僕が……」


「あ、あのー大したね、あれではないから!! 思い詰めないで!! 少なくとも里崎さんがここにいる間、苦労はかけさせませんから。

 そのー安心してね、ここにいてくれれば」


「…… ……どうぞ」


里崎はスマートフォンを取り出し、机においた。


「ご協力感謝します」


「里崎……くん? 君は悪くないんだよ。僕は悪い人を山ほど見てきたけど、君は違う。だから胸を張って。ね」


「先輩、行きますよ」


「あ、はいはいはい……。ね! 里崎くん! 自分を責めちゃダメだからね!」


そうして二人は出て行った。


大樹は、数分間食べ物に手をつけなかったが、結局食欲に負けて焼肉弁当に手を伸ばした。


「先輩は子供に優しすぎます。あの場所に長く留まるのがいかに危険かわかってますか?」


「ごめんね……同じくらいの娘がいるからどうしても……」


榊と湊はomnisルームに入り、手動で里崎のスマートフォンと、omnisのメインPCとを物理的に繋いだ。

もちろん、そんな都合のいいケーブルなど存在しない。

作業は改装工事会社から銅線ケーブルを拝借して、ハンダゴテを使い、非常にアナログな方法で無理くりくっつけた形だ。

二人はひたすら無言で手を動かした。

こんなことをしても、omnisの再起動にどのくらい時間がかかるのか、里崎のスマートフォンからデータを読み込めるかわからなかった。

しかし、榊と湊からすれば、もはや手を動かすことしかこの事案と向き合えなくなっていたのだ。


「……じゃあ、立ち上げますね」


重たい沈黙を破って、湊がきりだした。


「うん……あ、ちょっと待って……」


「え?」


「……湊くん、本当にごめん」


「なんですか……?」


「…… ……」


なんのことかわからず、湊はomnisを起動させようとした。


Omnisを起動させるには、湊の音声でキーワードを言う必要がある。つまり、Hello omnis

しかし……湊は最初のhelloが出せなくなっていた。


一瞬、何が起こったかわからなかった。

音声キーなんて数百回使用してきた。健忘症になったってomnisは起動させられる自信がある。


頭の中には、確かに、「H、E、L、L、O」の五文字が浮かんでいる。

その発音の仕方も、イントネーションも、全てわかってる。


なのに、言葉は脳から喉の先に出てこなかった。


湊は榊を見た。


「湊くん……ごめん」


榊は、頭を下げた。


英語が喋れなくなる。それはすなわち、omnisを立ち上げられなくなる。

Omnisを立ち上げられなくなる。それはすなわち……自分の存在意義がなくなる。

自分の存在意義がなくなる。それはすなわち、事件解決の可能性が大幅に低くなる。


湊は、膝から崩れ落ちた。



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