いい夫婦の日、まだその段階のふたり
ヒーロー名:レディ・アンバーは、本名を佐女上琥珀という。
かつて彼女は、ブラストエンレイジというヒーローのパートナーだった。
いわゆるセカンド・カラミティ婚である。セカンド・カラミティとは世界が破壊されそうになった事件のこと。あの事件の勢いで結婚してしまった二人は、まもなく――破局した。
あれから紆余曲折あって、二人は復縁のきざしを見せている。
――ピンポーン。
ある夜、レディ・アンバーの暮らす独身者用アパートメント。
部屋の呼び鈴を鳴らした者がいる。レディ・アンバーはインターホンで客を確認した。
「あ……零士さん?」
インターホンに映っているのは、ブラストエンレイジ――宗方零士だ。うつむきがちで、表情はインターホンの小さな液晶ではわからない。
レディ・アンバーは、すぐ部屋の扉を開けた。果たして、彼が立っている。
「零士さん、どうかしましたか?」
「…………」
ブラストエンレイジが、いきなりレディ・アンバーに体重を預けた。黙ったままだ。
「!?」
レディ・アンバーは目を見開きつつ、よろよろと後退した。ブラストエンレイジの体が部屋の中に入ると、扉がバタンと閉まる。
「れ、零士さん?」
「……琥珀」
ブラストエンレイジがレディ・アンバーの本名を呼んで、彼女を抱きしめた。いつもはしない、相手を求めるような動き。大きな手が、レディ・アンバーの腰に回っている。
レディ・アンバーはボッと顔を紅く染め――そして気づく。
「……あっ、の、飲んでますね!?」
ブラストエンレイジは酔っ払っている。わずかな酒精の香りが、彼からする。
レディ・アンバーは咎める言葉を出そうとして――引っ込めた。彼がこんなに酔っているのは、珍しい。何かあったのかもしれない。責める気がなくなる。
「零士さん、とりあえず……ベッドに……」
ベッドはひとつしかないが、仕方ない。
レディ・アンバーはブラストエンレイジを引っ張って、ベッドの前までやってくる。ゆっくり彼の体を、ベッドに寝かせる。意外と彼が素直に従ってくれたので、助かった。
「お水、飲みます? 零士さん」
レディ・アンバーは、小さな声でそう尋ねる。ブラストエンレイジの口元がもごもごと動き――レディ・アンバーは顔を近づける。
「え、あ……!?」
レディ・アンバーの体が、ベッドに引き寄せられる。ブラストエンレイジの腕の中だ。ぎゅう、と押さえられるように抱きしめられる。
「れ、零士……さん……」
「琥珀、そばに」
ブラストエンレイジが短くそう言って、黙ってしまう。
レディ・アンバーは、いまだ状況は飲み込めていない。どうして今日、彼はこんな風になっているのだろうか。ただ酔っ払っているわけではないのだろう。
でも――。
「……わかりました、零士さん」
レディ・アンバーはそう答えて、身を任せた。
彼は、レディ・アンバーを頼ってくれたのだろう。そう思うと、嬉しかった。
おたがいのぬくもりを交換するように、晩秋の夜は更けていく。
11月22日は、いい夫婦の日。
翌日。
「なんで琥珀が俺の家に!?」
「わたしの家ですよ!?」
という会話をすることになったのは、また別のお話。
――「いい夫婦の日、まだその段階のふたり」END
初出:2024年5月14日
ふせったーに投稿したショートストーリーを再録しました。