ファースト・ジャスティカ・シュニム
白銀の射手、ターニャ・サジタリウス!
その勇名を、シュニム! ファースト・ジャスティカ、シュニム!
称えられた日々と苦難の日々は重なり、栄光の人生となる。
ターニャ・サジタリウスの人生とはそういうものであった。
思えば、一九四一年のレニングラード潜入作戦が転機だった。
そこでターニャは超人種を知り、超人種たちの独立を助けた。友人もできた。頼りになるドイツ人と、仏頂面のロシア人だった。どちらの男も、超人種だった。
ターニャは彼らと道をともにしなかった。英国コーンウォールの沖合で、別れた。英国軍人として当然の別れ道を踏んだだけだ。
そして一九四二年、ターニャは「ファースト・ジャスティカ」の称号を得た。
最初の、超人たる現人類。増えゆく超人種たちとの架け橋となるべき存在。ターニャはにわかに、歴史の表舞台へと躍り出た。
その一方で――。
いつかどこかの海で、古い友人たちと再会することもあるかもしれない。ターニャは無意識のうちに海を見ていた。
月日は過ぎ去っていく。
「僕と結婚してください!」
その男は、ターニャの人生にはいなかったタイプだった。同じ英国軍人だが、スパイだったターニャとは違う。愚直でまっとうな――普通の軍人だった。
「あなたがいつも海を見ているのは知っています。ですが……愛しています。愛しているんです。結婚してください」
男はそう言って、ターニャの前にひざまずいた。
折しも第二次世界大戦の真っ最中だ。彼は精一杯の花束とともに、ターニャにプロポーズした。
(ああ、そうか)
ターニャは思う。
(あの海からの迎えは、来ないのね――)
懐かしい顔ぶれを思い出したが、思い出だけだと悟る。いつか本当に別れなければならないのだと、理解する。
「……海を見るのはおしまい、ね」
ターニャは男に告げる。
「私を幸せにしてくれる?」
「は……はい!」
ターニャは男と結婚した。
男は、ターニャがファースト・ジャスティカの称号を得ていることに協力的だった。ターニャが超人種と現人類の架け橋になる人生を送るあいだ、男はターニャに寄り添った。
ターニャと男のあいだに生まれた子供は、四人。いずれも女の子で、うちひとりには超人種サイオンの兆候が出ていた。
ターニャは以前にも増して、架け橋として尽力した。超人種が差別されない世界、現人類と手を取り合う未来を望んだ。
一九九〇年ごろ、ターニャの夫が死んだ。ターニャは誰よりも嘆き悲しんだ。
しかし、ターニャは悲しみで目を濁らせる女ではなかった。悲しみを胸に、ファースト・ジャスティカとして最後の仕事に取り掛かった。
「あの人のために。子どもたちのために。孫たちのために。ひ孫たちのために」
折しも、ヴィランたちの動きが活発化していた。
いずれヴィランは世界の滅亡をも目論むだろう――ターニャはそう確信して、最後の仕事を済ませた。
亡くなる数年前、ターニャは形見分けと称して、世界中の友人たちに超装具を贈った。
その中に、エンハンスドの青年がいたという。彼との関係は、ターニャの家族も詳細を知らない。
二〇一一年、ターニャ・サジタリウス・オールストン永眠。九十六歳であった。
ファースト・ジャスティカと称えられた女の一生であった。
――「ファースト・ジャスティカ・シュニム」END
初出:2024年5月14日