名もなきスープ
デッドラインヒーローズシナリオ「死の道より告げる」後日談SS。
同卓した他のプレイヤーキャラクターさんも出ます。
潜水艦デュカリオンで落ち着いた頃のエピソード。
一九四一年も暮れつつある。
「ごはんできたわよ~」
原子力潜水艦「デュカリオン」。
その食堂で、シュニムは戦友たちを呼ぶ。
食堂内には、ふわりと空腹を刺激する香りが漂っている。
「いい匂い……」
ベクターが目を輝かせる。
配られた皿には、赤色の液体に根菜がたっぷり入ったスープがなみなみと注がれている。
ベクターとともに入ってきたザシャが、皿の中身を尋ねる。
「フロイライン、これはなんという料理だ?」
「名前なんかないわよ。その時ある物で作るスープよ」
シュニムがそう答えると、エドアルトの眉がわずかに寄る。
「……食えるのか、これは」
「めっちゃ失礼ねぇ! だいたいの野菜は、弱火で煮込めばおいしいのよ」
シュニムが唇を尖らせる。
エドアルトとシュニムのやりとりに、ザシャとベクターがクスリと笑う。
「トマトにニンニク入れれば、お肉がなくてもおいしくなるしね」
「なるほど、トマトのスープか」
「さ、いただきましょ!」
四人の戦友で囲む食卓。
いつまで続くかわからないが、それでもひとときの安らぎを得る。
「いただきます」
「召し上がれー」
スープを一口飲む。
ほどよい酸味がまず口を洗い、そして根菜の濃い甘みが舌に広がる。
「旨いな」
ザシャの言葉に、シュニムが嬉しそうに口角を上げる。
「でしょ! ベクターはどう?」
「おいしいです、とっても……!」
「そうでしょ~!」
喜ぶシュニム。
ザシャがふと、エドアルトの脇腹を肘でつついた。
無言で食べ進めていたエドアルトが、ザシャの意図に気づいて目元を歪める。
「……旨い」
ぽつりと言った言葉に、シュニムの表情がさらに明るくなる。
「へへ~~ん、でしょ~~!!」
「旅の踊り子は皆、こうなのか?」
エドアルトの言葉には、言外の問いがある。
「お前はいったい何者なのだ」という問いが。
「そうよ、自活できないとね! どんな国でも、どこへ行っても、そこで手に入る食料で生きなきゃいけないんだもの」
シュニムはわかっているのかいないのか。
彼女はニコニコ笑いながら、ウィンクしている。
「まだスープだけだけど、デュカリオンの環境が整えばパンだって焼けるかもね」
「パン……!」
「頑張らないとね、ベクター」
ベクターは幼くしてデュカリオンの心臓部となった。
シュニムの言葉は、彼に次の具体的な、そして小さな一歩を示すようだった。
「はい! シュニムさん、このスープおいしいです。あとで作り方を教えてください」
「お、いいわよ~! しっかり教えてあげる!」
明るく笑いながら食事をする。
ここ数年、この中の誰にも経験できなかったことだ。
シュニムの名もなきスープ――ある意味、無国籍のこの料理がデュカリオンの伝統料理になるのは、また別のお話。
――「名もなきスープ」END
初出:2024年5月14日