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プロローグ



       *


 終極終焉。

 おわりとはじまりの十二番目、気品に溢れた可愛らしいリボンの結われた槍はその責務を果たした。

 世界は終わり、また終わる。

 願われる世界は、再び始まる世界はどうか、幸せでありますように、と。


       *


 意識がはっきりすると明るくて真っ白な空が広がっていた。

 ――ここは?

 石でも背負っているのかというくらい重たく感じる身体を起こす。

 砕いたガラスを敷き詰めたような砂浜と生き物の気配がない静かな海があった。

その向こうには今にも崩れそうな建物が墓標のようにいくつも建っている。

 ――なんでだろう。なにも思い出せない。

思考が黒球に呑みこまれたかのように、或いは巨大なガスの塊に覆い隠されたみたいに何も、――本当になにも、自分の名前すらも思い出せない。

 少女は緩慢に立ち上がると、この砂浜に溶け込むような青くてと白いドレスについた砂を適当な調子で払い落とす。

 銀色の髪を耳にかけると戸惑いの表情で真っ白な虚空を見つめる。

 わたしの名前は? どうすればいいの? どこへ行けばいいの? 心の中で訴えかけても空は答えてくれない。

 立っているだけでは何も解決しない。だから少女は海を背にして歩く。振り返れば砂浜に小さな足跡が残り、大きなビー玉程の青い光が少女の側に浮かんでいた。

 ――なにかしら……?

 ゆったりと手を伸ばし指先でそっと光にふれる。すると、一瞬ほんの僅かだけ明るくなった。

 手のひらを見せるとそれはふわふわと動いて小動物のようにその中に納まる。到底生き物に見えないただの光の塊なのに、少女の目には妙に可愛らしく映った。

「あなたの名前は?」

 口元が緩んだまま光に問いかける。ただの光で言葉なんか通じそうにないのに。

 その青い光はただ二回明滅する。その現象に意味なんかないかもしれない。それでも少女はきっと答えてくれているはずだと都合のいい自己解釈をして苦笑する。

「わたしについてくるの?」

 それは一瞬だけ身体を大きくした。正確な意味なんか伝わらなくても少女はそれを肯定と捉えた。

 砂浜を抜け、海岸林を抜ける。いつの間にか青い光は二つに増えていた。それでも未だに人はおろか、犬も、鳥も、小さな虫さえも姿が見えない。ひたすらに静かで、草木を揺らすのは少女と風だけだった。

 かつては舗装されていたはずの道路も割れて植物が根を張っていた。

 人のいた痕跡だけが寂しくそこに残り、時の流れの中で捨てられたように取り残されていた。

 空はずっと白くて明るくて、太陽も月も星も何も見えない。いつまでたっても靄が覆い尽くしていてどれくらい時間が経ったのかも判断できない。

 木々に蹂躙され腐り落ちた木造の民家は、確かにそこに人が暮らし生きていたという証だった。

 寂しい。苦しい。生き物の存在しない道を進んできて見つけたものが人の存在を否定する民家だった。この世界に存在するのが自分一人なんだと見せつけられたようで。

 人間がいたという風化した痕跡がある。かつて、はるか昔には人を乗せて暮らしを支えていたであろう乗り物も、錆びつき、植物に絡まれ、役割は果たせなくなっていた。

 誰もいない、しんと静まり返った道の途中で気付くと青い光は三つに増えていた。

 いつの間にか増えているこの子たちは一体何なんだろう。指を出すと小鳥のように寄ってくる。つつくと明るくなる。少女の中ではその光はただの青い光ではなくなっていた。

 寂しさを紛らわせてくれるなら生き物でなくてもなんでもよかったのかもしれない。

 温かくもなく寒くもない世界で、使う者がいなくなった道を何も考えずに辿っていく。青い光は五つになった。どこからか寄ってきているみたいだ。

 興味と好奇心から少女はじっと光の向こうを、群青色を覗き込む。

 時を忘れるような、吸い込まれるようなそんな感覚。温かくて優しくて、心地よくて幸せなそんな感覚が身体の中に入り込んでくる。それはまるで、寒い冬の日に暖炉の前で柔らかな毛布に包まりながら温かいシチューを口にしているような。両親と共にソファに腰かけて、母親の優しい笑顔を向けられ、父親の力強い手で繊細に頭を撫でてもらって愛されている、そんな感覚。

 まさしくそれは平穏に似た幸福。

「あなたたちなの?」

 青い光は風の中に漂う綿毛のように周りを浮かぶだけだ。

 この幸福がこの子たちなら集めればもっと幸せになれる。愛される。きっと幸せになれる。寂しくなくなる。

 なすべきこともわからない世界で自分の名前も思い出せない少女が自分の意思で決めた目的だった。

 ただそれだけではなく、存在さえ不確実で可能性が低いとしても希望を失いたくないものがある。

 かなたのそらへ、希望を託すように願う。

 ――どうか人と、仲良くなれる人と出会えますように、と。

 その思いを胸に秘めて果てしなく廃れた道を歩き出した。

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