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しょうびいろの魔法屋さん  作者: 五条葵
れんがいろの届けもの
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こんなことなら出来ます

「まあ、フロランタンは無事完成したのね!」


 アルフォンスとソフィアと共にロイドの菓子店を訪ねてから1週間ほど。またしてもリリアンナがここを尋ねると、カウンターの上にあるかごには、つややかに輝くフロランタンが山と積まれていた。


「そうなんだよ。なかなかうまくいかなかったんだけど、師匠とも手紙でやり取りしたりしてどうにか完成したんだ。さぁ、まずは一口どうぞ」


 そう言ってロイドは、試食用に準備したらしいフロランタンの欠片をリリアンナに差し出す。


「ありがとう。ロイドさん」


 とそれを受け取ったリリアンナは、その欠片を口にいれ、思わず破顔した。


「まあ! とっても美味しいわ。甘くて香ばしくって、少しほろ苦くて……紅茶にとっても合いそうね」

「そうだろう?  僕も初めて食べた時は感動したものさ。それでリリアンナさん。少し聞きたいんだけど……」

「あら、どうしたのですか?」


 少し聞きづらそうにするロイドに何だろう? とリリアンナは少し居住まいを正した。


「その……リリアンナさんは瞬間移動の魔法って使えたりするかい?  いや、移動させるのは人じゃなくて、このお菓子なんだけど……」


 そう言ってロイドはフロランタンの欠片をつまむ。その言葉にリリアンナは「うーん」と悩ましげな顔をした。


「ここから……そうね、裏通りくらいなら出来るけど……だったら歩くわよね。もしかして送り先ってカーセル王国とか?」

「あぁ、そうなんだ。師匠に味を確かめて欲しくてね。僕の記憶では師匠のものと遜色ないはずなんだけど……」

「それはさすがに遠すぎるわ……ごめんなさい」

「いや、良いんだ、良いんだ。だいたい予想はしていたし……やっぱりそうだよね」


 理解はしつつも、一縷の望みが絶たれた、という風に気落ちするロイドにリリアンナも少し顔を歪めつつ、ふと気になったことを口にした。


「ところでロイドさん? カーセル王国なら郵便を使えば良いんじゃないかしら? 魔法よりは値段も安いでしょう?」


 海を渡る、と言えば帆船しかなかった時代と違い、今はブリーズベルとカーセルを隔てる海峡にはひっきりなしに蒸気船が行き来している。鉄道と船の発達でこの辺りの郵便は飛躍的に早く、安くなり、一般市民でも使いやすいものになっていた。


「そうなんだけどね、実はフロランタンって湿気に弱いんだ。ほら、このパリッとした食感にアーモンドとキャラメルの風味こそが命だろう? 普通の送り方じゃカーセルの、それも師匠が住んでいる場所に着くまでに全部それが消えてしまうんだ」

「ロイドさんの師匠は不便なところにお住まいなの?」

「もともと故郷は王都から馬車で1日ぐらいかかる場所だったらしいんだ。で、王都に出て修行して、そのあとこっちに来たんだって。僕がアッシェルトンに戻ってからもしばらくはこっちにいたんだけど、一度病気をしてしまって……それからは故郷に戻っているんだ」

「そうだったのね……。つまり遠くまでこのままの状態のフロランタンを届けることができれば解決?」

「そりゃあそうだけど、そんなこと出来るのかい?」


 リリアンナの言葉にロイドは訝しげな表情をした。


「えぇ! 出来るわ。れんがいろの魔法って聞いたことはないですか?」

「れんがいろかい? どこかで聞いたことがあるね。えーと……多分絵本だな、子供の頃読んだ。なんだっけ、すごく強い騎士がでてきて……」

「ふふふ、『騎士グラシアル』よ』

「そうだ! 『騎士グラシアル』。仲間の魔法使いがまた格好いいんだ。炎を吐いたり、雷を落としたり……すっごい派手な魔法を使うよね」

「ええ、本当にあったかはさておき……『3つの約束』がされるずっと前の話だから、今よりも強大な魔法を次々と使う魔法使いもいたそうよ。それで、れんがいろの魔法は盾になるの」


 その言葉にロイドは「思い出した!」言わんばかりにポン、と手を叩いた。


「そうだそうだ。大勢の敵が放つ矢を一瞬にしてすべて受け止めてしまうんだよね。透明ですごく大きい壁のようなものを作って……」

「そうよ! 私もワクワクした覚えがあるわ。それでですね、あんな大きい盾は作れないんですけど、あの魔法を応用すれば、小さいお菓子を守れるくらいの箱を作ることは出来るんです」

「つまりそれは……遠くまで運んでもお菓子が傷まないってことかい」

「ええ、さすがに焼きたてあつあつのままには行かないけど、空気には触れないように出来るから、湿気たり壊れたりすることはないし、香りも飛ばないと思うの」

「凄いじゃないか! まさかそんな便利な魔法があるとは。是非お願いしても良いかい! えーと……お代は金貨1枚だったね。あっ、でもその前にせっかくなら作りたてが良いよね」


 喜びの声を上げるロイドにリリアンナも思わず顔を誇ろばせる。


「そうですね。せっかくなら。でも冷ましてからにしてくださいね。夕方くらいにまた伺えば良いかしら?」

「そうだね。これから早速作り始めるよ。出来上がったら呼びにいくし」

「ありがとうございます。じゃあ、とびきりのフロランタンが出来ることを祈ってるわ」

「あぁ、任せてくれ!」


 自信たっぷりに答えるロイドと笑いあい、リリアンナは一旦店を後にした。






「やっぱり何度見ても美味しそうな香りね」

「そうだろう。なんて言ったって師匠直伝だ。じゃあーーお願い出来るかい?」


 リリアンナの前には小さな紙袋に包まれたフロランタンがある。その甘い香りに笑顔をこぼしつつ、リリアンナは持ってきた本を広げた。


「れんがいろの魔法を」


 彼女の言葉に応じて、菓子店の店内が赤茶色の光に包まれ、そしてその光が消える。その後で残されたのは、透明な壁で守られるように包まれた紙袋だった。


「パット見は何もないように見えるんだけどねぇ……確かに壁がある」

「火にも水にも耐えるし、多少の高さなら落としても壊れないわ。開ける時はナイフかなにかを使って頂戴」


 コンコンと興味深げに透明な壁を叩いてみるロイドにリリアンナはニッコリとそう告げた。


「相変わらずリリアンナさんは凄いね。ーーと待てよ、忘れてた、郵便の受付は日暮れまでじゃないか! ええと……急いで行ってくる! ごめん、リリアンナさん、ちょっとだけ店番してて! お客さん来たら僕が戻るまで待っててもらったら良いから」

「え! いや、待ってロイドさん。そんな事言われてもーーって行っちゃった……」


 ちょうど奥さんと娘さんはお出かけ中だったらしい。一刻も早く師匠に届けないと、ときれいな色の箱で手早くお菓子を包み、リボンをかけると、もう陽の落ち始めた通りへ駆け出していく。


 1人店に残されたリリアンナは「どうしよう……」と一瞬困惑した顔をしたが、まあもうこんな時間にくるのは通りの住民ばかりだし、ロイドの言う通り世間話でもして、少し待ってもらえばよいだろう。


 そんな風に思い直し、リリアンナは店の大きなガラス窓から差し込む真っ赤な夕陽に目を細めたのだった。






「うん。これは美味しいね! パリッとしてて、香ばしくて……カーセル王国とはよく取引してるけどこれは知らなかったな」

「でしょ? 師匠からも『美味しかった』って手紙が届いたって。本当に良かったわ」

「ああ、良かった。それにリリも少しは自信が取り戻せただろう?」


 ここ最近落ち込んでいたリリアンナの姿をアルフォンスは相当心配してくれていたらしい。慈しむような微笑みにリリアンナはくすぐったげに笑う。しかし少し視線を落としたあと、アルフォンスに目を向けると、彼の表情は真剣なものに変わっていた。


「ど、どうしたの? 急に。なにかあった?」

「いや、カーセル王国の話をしてたら、リリに言わないといけないことを思い出してな」

「私に?」

「ああ……商会長、つまり叔父に大陸行きを薦められているんだ」


 不思議そうに首をかしげるリリアンナにアルフォンスが低い声で告げたのは、彼女が思ってもなかった言葉だった。


「大陸? それって1週間とかじゃないわよね」


 叔父が起こした貿易商社で働くアルフォンスはこれまでも何度か出張で大陸へいくことがあった。海を渡るとはいえ、汽車と船を使えば、大陸の中で一番ブリーズベルに近いカーセル王国の王都までは2日程。なのでアルフォンスが長期間アッシェルトンを留守にしたことはなかった。


「あぁ……取引のある商社を訪ねて回って、あと大陸の各国を見て見聞を広げると良い、って言われてる。叔父が後を譲りたがっているのは話しただろう?」


 アルフォンスが働く商社は大陸中から、雑貨や工芸品を輸入している。しかしアルフォンスの叔父が最も好きなのは大陸の画家たちの描く絵画だそうで、以前からアルフォンスに会社を譲り、大陸とブリーズベルを往復しながら、絵を集めるような生活をしたい、と漏らしていた。


「叔父には恩があるし……能力を買ってもらえるのも素直に嬉しい。それに大陸の文物にも興味はある。ただ、そうなると最低でも1年は国を離れることになると思う」

「1年! 長いわね……」


 想像もしていなかった長い期間にリリアンナは思わず驚きを漏らす。だが幼馴染のリリアンナは、アルフォンスが外国の文化に興味を持っていたことも、それに触れるためにいくつもの言語を習得したことも知っている。なによりこれまで自分の傍で支えてくれた彼を応援したかった。


「でも! とっても良いことだと思うわ。叔父様がそう言ってくれるなら、是非行ってくると良いと思うの」

「そうか……。ありがとうリリ。まあ、まだすぐと決まった訳じゃないんだけど、また叔父と話して詳しいことが決まったら伝えるよ」


 アルフォンスはそう言うと、チラリと窓の外を伺う。すでに陽は落ちていて、ランプの黄色い明かりが包む店内を穏やかで、それでいて少しの居心地の悪さも感じさせる沈黙が支配した。

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