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しょうびいろの魔法屋さん  作者: 五条葵
はとばいろの謀り事
20/46

紳士の企み

「アル! ちょうど良いところに来てくれたわ。ありがとう」

「どういたしまして、お役に立てて光栄」


 アルフォンスにお礼を言うリリアンナにアルフォンスは少し

 芝居が語った仕草でそう言った。


「それにしても、なんだったんだあいつは? この辺では見ない顔だけど」

「さあ? リーゼル王国からの旅行者らしいけど」

「リーゼル王国? それはまた随分遠いな。……にしては随分流暢なブリーズベル語だったが」

「やっぱりアルもそう思う?」


 リリアンナの問いかけにアルフォンスは「ああ」と大きく頷く。


 アルフォンスは叔父が経営する貿易会社で働いている。幼い頃から語学が得意だったらしく、5ヶ国語を操る彼はなかなかに重宝されているらしい。


 そんな彼が言うのだから、やはりあの男のブリーズベル語は妙に上手いのだろう。


 とは言え、いつまでも出ていった客のことを考えていても仕方がない。もし本当に旅行者だと言うなら、近いうちに街から出るはずだ。


 一旦考えを脇に置いたリリアンナはアルフォンスにお茶でも振る舞おう、と店の奥へと引っ込んだのだった。






 ところが、もう二度と来ないだろう、というリリアンナの予想は見事に外されることになる。


 ちょっとした騒ぎがあった翌日。眠気を催しそうな陽気の中でリリアンナが刺繍針を動かしていると、リーンと来客を告げる鈴がなった。


「はい、いらっしゃい……またいらしたの? 残念だけど何度お願いされてもあの魔法はかけられないわよ」


 鈴の音と共に店に入ってきたのは昨日の紳士。またアルフォンスがいるのじゃないか? と少しおっかなびっくりした様子だ。


「い、いやぁ、そういう訳じゃないんだ。魔法屋さん。街を出る前にあなたに謝りたいと思ってね」

「謝りたい……ですか。別にそこまでしていただくても良かったのですが……」


 紳士の予想外の言葉にリリアンナは驚きつつ答える。


「だけど昨日宿にもどってから考えてね。私の態度はあまりにも酷かった。それにそもそも人の恋心を魔法でどうにかしようっていうのもどうかしていた。遅ればせながら謝罪する。本当に申し訳なかった」


 そう言いつつ、紳士はきれいに腰を折る。


「そ、それはどうも……。分かっていただけたなら結構ですわ」

「ありがとう、魔法屋さん。これで私は心残りなく国に帰れます」

「そ、そうですか」


 昨日との変わりようにリリアンナは顔を引き攣らせるが、紳士は彼女の混乱には気付いてないらしく、晴れやかな顔を見せ、そして店内を見渡した。


「それにしても……今日はお嬢さんお一人ですか? 昨日いらした彼はどこへ?」

「アルフォンスのことですか? 彼は店の者ではないわ。ただの幼馴染。時折心配して様子を見に来てくれるんです」


 その言葉に紳士は大げさな程驚いて見せた。


「なんと! ではこの魔法屋はあなた一人で?」

「正確には師匠ーー先代の店主もおりますが、留守がちなので大抵一人ですね」

「ですが、それでは危ないこともあるのでは? 自分で言うのなんですが私みたいな客もいるでしょう?」


 本当に自分のことを棚に上げた発言に、リリアンナ苦笑しつつ答える。


「まあ、たまには。でもこの街は横の繋がりが強いですし、それにこの国の人は大抵、どんな魔法が使っては行けないものなのか、ある程度知っているものなのです」


 やや棘のあるリリアンナの言葉に今度は紳士が苦笑する番だ。


「いや、それはなんとも……。しかしこの国には本当に魔法が根付いているのですな」

「ええ、昔からですから」

「いや、面白い体験をさせてもらいましたよ。さて、では汽車の時間もありますので、そろそろ私お暇させていただきます」

「あら、もう街を発たれるのですね。この時間ですとお昼の汽車かしら?」

「ええ、そのつもりです」


 そんな会話をしつつ、次の汽車はいつだったかしら? と時計に目をやったリリアンナは「あっ!」と声を上げた。


「どうかされましたか?」

「いえ、失礼しました。今日は友人と約束をしていて……もうこんな時間なんだと」

「それはそれはこちらこそ邪魔をしてしまったようだ。では今度こそ失礼させていただきますよ。またどこかで」


 そう言うと紳士はもう一度深々と腰を折る。そんな彼を


「いえいえ、こちらこそわざわざいらしてくださってありがとうございます。道中お気をつけて。良い旅を」


 と言って見送った。






 リリアンナに見送られて店を出た紳士。大通りへ歩き出した彼はしかし、途中で良さげな物陰を見つけると、慣れた様子でそこはパッと身を隠した。


 ほんの少しすると、すぐにパタパタと先ほどの魔法屋の店主だという少女が慌てた様子で店から出てくる。


 よほど急いでいるのだろう。不用心なことに鍵も掛けず、ドアにかけられた看板だけをひっくり返し、向こうへと走り去っていった。


「ははは、こんなに簡単だとわな。所詮は良いとこのお嬢さんのおままごとって訳か」


 そんなことを呟きつつ、もうしばらく店の様子を覗いた紳士は何事もなかったかのように通りに戻り、そして店のドアを開けた。


 と、店に入るや否やドアの鍵を内側から閉める。そして急いで店の奥の方へ向かった。


「さて……と、金はどこにしまってあるかなぁっと」


 そう呟きつつ、紳士は店内を物色していった。


 金貨1枚といえばなかなかの価値だ。どのくらい繁盛しているかはわからないが、例え数枚でも盗めれば彼に取っては大収穫である。


 外の気配に気を配りつつも、慣れた手つきで店の角に置かれた年代物のたんすの引き出しに手をかけた彼は、その中にあるものを見て、ニヤリと笑った。


 そこにあったのはこれまた随分と古めかしい持ち運び型の金庫だ。軽く降ってみるとジャラン、と確かに硬貨の音がする。


「ハハハ、この音は間違いない! 金貨も入っているぞ」


 満面の笑みを浮かべた泥棒は持っていた旅行カバンにさっと金庫を入れる。鍵はかかっているが、鍵開けは得意だし、この程度の金庫なら叩き割っても良い。


 仕事を終え、見つからないうちにさっさと店を出ようとする紳士。しかしその時、


「はとばいろの魔法を!」


 という声と共に灰色がかった鈍い紫色の光が、通りに面した窓から店中に広がる。その眩しさに思わず目を閉じた彼は、次の瞬間冷や汗を流した。体が動かないのだ。


「おい! なんだこれ! どういうことだよ」

「魔法よ、国を出る前に見れてよかったじゃない。まあ当分この国からは出れないでしょうけどね」


 そんなことを言いつつ、ドアを開けるのはさっき店を出ていったはずの少女。そしてその後ろからは制服姿の警官が2人程入ってきて、あっという間に紳士、いや泥棒を抑え込んだ。


「は? 魔法だと?」

「えぇ、はとばいろの魔法は時間を止めることができるのよ」

「おいおい! 常識を超えた魔法は使えないんじゃないのかよ」

「ちょっとなら大丈夫なのよ、ちょっとなら」


 腰に手を当てて得意げに言うリリアンナ。彼女がちょっとなら、といった通り、泥棒にかかった魔法はすでに解けかけ、彼の手足は自由に動かせるようになってきていた。


 時間にすれば数分だろうか。とは言え、その間に警官たちに彼はがっちりと拘束されてしまっていた。


「いやぁ、リリアンナさん、またしても借りを作ってしまいましたよ。あなたの予想通り、かれはここ最近この辺を荒らしていた旅行者を装った空き巣です。署長も喜びますよ!」

「いつも皆さんには助けて頂いてますもの。お互い様ですわ。あらやっぱりその金庫を盗ろうとしたのね」


 リリアンナは警官達の言葉に笑顔で返しつつ、彼らが検めていた旅行鞄から出てきた金庫に笑みを深めた。


「えぇ、そのようです。こちらは証拠品ですからお預かりしますね」

「勿論よ。お返しはいつでも構わないわ。どうせダミーだし」

「ハハハ、さすがリリアンナさんですね」


 そう、いくら世間知らずのリリアンナとて、あんなわかりやすい場所に金貨を置いておく訳もない。その金庫は泥棒を引っ掛けるために置いた罠だった。


「さて、では我々はこの辺で。引き続き戸締まりには気を付けてくださいね」

「えぇ、そうするわ。ありがとう」


 そう言って警官は敬礼をリリアンナにしてから泥棒を引っ立てていく。そんな彼らを見送って彼女もまた店に戻ろうとするが、そんな彼女の方をポンと叩く者がいた。


「あら、アル。あなたもありがとう。私が走ったんじゃ間に合わなかったかもしれなかったわ。そうだ! せっかくだしお茶でも飲んでいく?」


 先程、泥棒を引っ掛けるためわざと店を留守にしたリリアンナ。はす向かいの土産物屋の店主に協力してもらい、こっそりと店の様子を覗いているところに、ちょうどよく現れたアルフォンスは、リリアンナの指示の元、警察署への伝令役を担ったのだった。


「またしてもお役に立てて光栄。……ところでリリ?」


 なにか含みを持ったような言い方でリリアンナを呼ぶアルフォンス。そのなにか言いたげな声と視線にリリアンナは冷や汗をかき始めた。


「ど、どうしたの? アル? そうだロビンさんのところでケーキを買ったの! 良かったらそれもどう?」

「ああ、いただこう。けどその前に言うことは?」

「あ、あぁ……その、危ないことしてごめんなさい」

「全く! どこの世界に相手が泥棒かもしれないって気付いてて囮になる貴族令嬢がいるんだ」

「貴族令嬢だけど、今は魔法屋よ! ほらちゃんと泥棒も捕まったでしょ?」


 そう言ってリリは先程の魔法に使った手帳を掲げて見せた。


「そういう問題じゃない! 大体昨日リリを脅そうとした相手をやすやすと店に入れるんじゃない」

「だって……気になることもあったし……」

「あぁ、もうこの好奇心の固まりは……」


 二人の言い合いはもう少し続く。これもまたラベンダー通りの日常なのだった。




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