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まだ若い女の子は、七色の小さな羽を一生懸命に羽ばたかせて、しばらく滑空して、そしてすぐに地面に帰る。
そしてあまり上手くはいっていないらしい。
何度も何度も練習しているみたいだが、どうにも羽のサイズ感が体に合っていない気がする。
あんな小さい羽ではおそらく体重が上手く支えられないのだろう。
まああまり実用的ではないにしよ、あの子の羽はとても綺麗だし、飛んでる姿はとても綺麗だ。
ミシェルは綺麗なものが大好きだ。
ミシェルはまだ何か言い争っている二人を尻目にさっさと誘われるように中庭に出て、噴水のそばで一休みしている女の子に声をかけた。
「あの!とっても綺麗ですね!」
「えっと・・私の事?」
女の子は急に話しかけられてびっくりしたらしく、おどおどと周りを見渡して、どうやら自分の事を言われたと、またびっくりしている様子。
(いけない。またやっちゃった)
ミシェルの悪い癖は、考えないで行動する所だ。今回も綺麗な女の子が目に入って、思わず声をかけてしまった。びくりしただろう、見知らぬ人からいきなり声をかけられて。
「あ、ごめんなさい。そこの2階の窓からあなたが飛んでる所が見えてたんです。あんまりあなたが綺麗だったから、思わず声をかけてしまったわ。私、ミシェルと申します。今日からここに滞在している、ディーテ王国の人間です」
「ああ、ヒトのお客さまが大神官様にいらっしゃっていると司祭様がおっしゃっておられました。貴方たちだったのですね。失礼しました、お見苦しい所をお目にかけてしまい」
「お見苦しい?あなたの飛ぶ姿があまりに綺麗だから思わず降りてきてしまったくらいよ」
ミシェルは本当に、妖精でも見たのかと思ったくらい美しいと思ったのだが、女の子は、
「いえ、私は半端者で、醜いのです。綺麗なんておっしゃって下さるのは、ほかの鳥族を見たことがないヒトのお方だからですよ。私の一族は皆本当に美しいのに、私はこんなに醜いので、できるだけ人前に出ないようにして飛行の練習を行なっているのです。でも私の飛行を綺麗だとおっしゃってくださって嬉しいです」
と、乾いた笑いを見せた。
「え? 醜いってあなたが?」
「ええ。ほかの鳥族をご覧になればすぐそう思われます。私の父は一応鳥族なのですが、母はヒトです」
「え?そうなんですか?獣人とヒトの間でも、つがいとして結ばれる事があるのね」
って事は、ミシェルにもいい感じの獣人と出会いがあるチャンスもあるってなもんだ。
ここは細かく話を聞きたい。と、ミシェルは身をのりだして女の子の話を聞く体勢に入ったのだが、女の子は辛そうに顔を歪めて、言った。
「いえ、母の一目ぼれだったそうです。私の母が随分と頑張って、番いが見つかるまでという事で結婚まで漕ぎ着けて、私が生まれました。その後しばらくして、父に番いが見つかって離縁になったそうです」
「まあ・・それはお母様は随分お辛かったでしょう」
ミシェルは心から同情したのだが、女の子はくすり、と苦笑いした。
「そうだと思いますでしょう、普通。所が母はとても惚れっぽくて、飽きややすくて。悪い人ではないのですが、今はヒトの新しい人と結婚して、子供もいます」
女の子の母親は、この国では珍しいヒトだ。
元はディーテ王国の王宮メイドだったらしいが、政治の外交でディーテ王国にやってきていた、この女の子の父親に一目ぼれしてしまったとか。当時まだ番いが見つかっていなかったその鳥族の一介の若者だった男に、有力貴族を父に持つこの女の子の母は、政治的な圧力をかけて結婚までもっていったらしい。
「母も納得しての事だったですし、父も離婚後も、機会があれば母に引き取られていった私の顔を見にきてくれていたので、関係は悪くなかったと思います」
男と女の事なら、お互い納得しているのならどういう契約になっていようが、別に問題はない。
だが、その二人の行いの果実である目の前の女の子はこんなにも辛そうだ。
「私は半分ヒトですし、小さい時から飛行訓練を行なってこなかったので、鳥族として大事な飛行がとても苦手なんです。このままでは一人前の鳥族になれないと心配した父の所に今は引き取られて訓練をしているのですが、なかなか難しくて。ミシェルさんに綺麗って言っていただいて、嬉しかったです」
そうやって何かを諦めた顔をして、空を見上げた。
(私、この子のさざめきに呼ばれたのね)
ミシェルは女の子の後ろのさざめく光の粒が、大きくなる。
光の粒はうねり、高くなり、そして何かを乞うように、何かを知らせるようにミシェルに迫ってくるのを感じた。