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獣人と一口に言っても、美麗で有名な狼の獣人だの、力が強い熊の獣人だの、それから可愛らしい所では優しく繊細な気立がよく知られているウサギの獣人だの、色々と種類がある様子だ。
特に獣人差別的なものはディーテ王国にはないのだが、やはり一般的な人間とは色々とニーズが違う生活体系があるらしく、ディーテ王国に在住者は少ない。
彼らの多くはこうして獣人の国で独自のコミュニティを形成して、独自の文化を花開かせているんだとか。
ニーズの具体的な所だと、熊の獣人は冬眠するので、寝室とは別に冬眠用の巣篭もり部屋が必要だったり、鳥の獣人の場合はそのまま飛んで外出するので、天井に出入りする扉が必要だったり、トカゲの獣人は家の温度が一定の温度に保たれているタイプの仕組みがないと、動けなくなるので特別の施設がある物件でないと都合が悪いらしい。
何はともあれ、ダンテとカロンと、そしてミシェルは絶賛お買い物の最中。
獣人の国でで売っているものは、ディーテ王国で売ってるものとはちょっと違ってとても楽しいのだ。外国旅行の醍醐味はやはりショッピング。
「ダンテ!あれ欲しい!猫耳だ猫耳!あれ買って!」
ミシェルは道道に並ぶ小間物屋に興味が尽きない。もう両手一杯にいろんなガラクタを買ってもらってほくほくだ。
そんなミシェルにダンテは呆れ顔だ。
「おい、さっきウサギ族のつけ尻尾を買ってやっただろう、そもそも猫耳なんかどこにつけていくんだ」
「いやあね、かわいいから欲しいだけじゃない、部屋でつけるのよ!買って!」
「部屋で一人で猫耳つけて何が楽しいんだ。お前は大体片付けが下手くそだから、そんなにたくさん物を買ってやってもうまく整理ができないだろう。程々にしておけ」
「ちょっと!失礼よ!ちゃんと片付けしてるわよ。それに部屋が汚くたって別にダンテに関係ないじゃない、そんな事言ったらダンテの部屋だってガラクタだらけで、人のこと言えないじゃない!」
「お前・・・この私になんという口の利き方を・・そもそも私の部屋にガラクタなどひとつもない!私の部屋にあるものは全て骨董的に価値のあるものや魔術的に貴重なものばかりだ!お前の部屋に転がっている本物のガラクタとは全く趣が異なる!」
「あー、もう二人とも、折角の旅行なんだから仲良くしましょう。ね? ミシェル、ウサギのつけ尻尾には確かつけ耳の飾りも一緒についていたからさ、きっとミシェルにはよく似合うよ」
やいのやいのと3人はいつもの調子だ。
獣人の国は、アケロン川の対岸にある。船でほんの数時間の距離なのだが、このアケロン川には非常にやっかいな魔獣が住んでいて、船で川を安全に渡るには力のある魔術師か神官の同乗が必須になる。
そういう訳であまり両国の行き来は頻繁ではないが、一応友好国の扱いであるらしい。
「ちょっと退いてろ」
ディーテ王国の力のある魔術師の筆頭であるダンテはアケロン川を渡る船に乗るや否や、その美しい指を川にむけて、何やら紫色の光で川全体を包み込んでしまった。
その膨大な魔力と洗練された魔術で、この広大な川のどこに生息しているかわからない魔獣の動きを麻痺させたのだ。
「さあ、出発だ」
さすがダンテ様だ、とガヤガヤと賞賛の声を上げる神殿関係者。
こういう機会でもないと隣国に渡る機会は少ないので、他にも同じ船には商人や学者が乗っかっている。
ダンテの船の行き来の日程に合わせてそれぞれ用事を済ませるらしい。
(本当に、ダンテは美しいわ・・これで中身がダンテじゃなけりゃね)
中身はともあれ、ダンテは美しい。
魔術を放つ時のダンテは、息を呑むほどに美しい。目に焼き付けておいたダンテの姿を、彫刻にして日がな眺めて暮らしていたいと思うほどだ。
カロンと一行のために獣人の国が用意した部屋は、巡礼者が滞在する為に用意された神殿の聖殿の奥にある、別棟の貴賓室だ。
ミシェルは女性なので、きっと別の建物を案内されるかと思ったのだが、驚いた事に、この国では男も女も宿泊の際に建物を分けたりはせず、みな同じ建物で滞在するらしい。
馬車ですら未婚の男女は二人で同乗してはいけないディーテ王国とは随分と習慣が違う。
お買い物を楽しんだ後3人と一行は、犬の獣人の神官に案内されて、一行に用意された天井の高い美しい滞在部屋に通された。中央の貴賓室を挟んで、放射状に各自の部屋が配されている。少し異国情緒のある作りになっていてミシェルのテンションが上がる。
ここが獣人の国での一行の家となる。
「ミシェルの部屋は私の部屋の隣だから、遊びにきてね!」
ニコニコと純粋にミシェルが同じフロアなのが嬉しそうなカロンだ。
だがこの部屋の配置がずっとお気に召していなかったダンテが隣で渋い顔をして、
「おい、カロン。相手はいくらミシェルだからと言っても、お前はもう成人している身だ。もう振る舞いを改めた方がいい。女性を成人したお前の部屋に呼ぶ事には一定の意味が発生するのは知っているだろう。いらぬ誤解を招く」
とぶつぶつと、やはり別棟を手配して頂かなくては、と一人イライラを隠していないダンテだが、
「ですがミシェルはこの国での私の世話役のはずです。成人しているとはいえ、私の部屋にミシェルが滞在しても問題はないはずです」
「カロン。だが・・」
ミシェルの後ろで、カロンとダンテが珍しく何か言い合っているのを耳に聞こえていたが、ミシェルは窓の外に見えた光景に心を奪われて、それどころではない。
(ここでは飛べるのね!人も!)
窓の外には、綺麗な羽を持つ美しい鳥の獣人の女の子が飛行訓練をしていたのだ。