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イカロスの後ろにさざめく光の粒に、ミシェルは心を向ける。
イカロスが連れてきていた若いメイドの女の子が、ものすごく興味深そうに首を伸ばしてミシェルの鑑定を見つめているのがとても可愛い。
(この子もなんか悩みがあるんだろうな)
後でこの子の悩みも聞いてあげようとミシェルは心に決めて、それからもう一度じっくりと光のさざめきに心を傾けた。さざめきは、動き出した。
(あっれ?軍隊の人だったのかしらねこの人)
さざめきが見せた映像は、若いイカロスの姿だった。
今は頭ははげあがってるし、顔にはしみだのシワだので、見る影もないが、若い頃は結構なイケメンだ。
爺さんに50年前に出会っていたら、きっとミシェルはハントを開始していたくらいには美しい。
目の前の爺さんは、もう神様のお迎えも近い様な足元もおぼつかない爺さんだが、50年くらい前はどうしてどうして。
(年月とは非情なものね)
ちょっと皺が出始めた自分のほうれい線をミシェルは思わず触ってしまう。
映像が見せたイカロスは大軍隊を率いて、どうやらどこかの国に攻撃を仕掛けているらしい。
大きな光がイカロスを包み込んでいる。
後ろの光は戦闘の祝福だ。この男、この国の戦闘の神の祝福を受けて戦っている。
イカロスを先頭に、大きな軍隊が突撃を開始する。
(かっけええ・・)
戦闘の神の祝福をを受けた、若く美しい、アドレナリン全開状態の男の戦闘姿は実に、神々しく、実に魅力的だった。
若き獅子のごとくイカロスは、血しぶきをあびて戦闘を切って敵陣を切り崩してゆく。
負けるわけがない。
次の場面は、割れんがばかりの全ディーテ王国軍からの咆哮。
「イカロス様万歳!」「軍神イカロス!」「イカロス!イカロス!」
戦勝の喜びに酔いしれる美しく若い男。
神の祝福、民衆の喜び。勝利の大歓声の中、王から褒賞を受けている様子もミシェルにはよく見えた。
褒賞は、男の恋焦がれていた王の即妃。
男は戦勝の成果によって、恋した女を下賜していただき、それからの長い人生を穏やかに過ごしていた。
(めちゃくちゃいい話じゃね?)
恋愛脳のミシェルは感動してしまった。どっかの映画みたいだ。
失礼ながら、ミシェルはこのイカロスの事を、派出所の巡査くらいのお方が引退相談にきたのだと思っていたのだが、なんだか王国の英雄じゃないか。
そんな王国の英雄だっただというのに、50年後の現在の爺さんは、実に覇気がないし、なんだかしょぼくれている。ミシェルがイカロスの事を、一介の引退の近いお巡りさんだと勘違いしたのも頷けるほどには、現在は普通のお爺さんなのだ。
せっかくの戦闘の神の祝福はまだ有効らしい。だが、随分と色褪せている。
一体全体この輝かしい英雄に何があったのだろう。
光のさざめきから意識を離すと、やはり目の前にいるのはただの足腰の痛い、柔和な爺さんだ。
この爺さんが戦いの神から祝福受けて、大勝負で無双してた戦鬼だったなど想像もできない。
「イカロスさん、あなたは軍隊を率いていらっしゃったのですね。知りませんでした」
ミシェルの言葉にイカロスは、ぱっと顔を輝かせた。
「ああ、さすがですね、ミシェルさん。見えましたか? ええ、この国は私が若い頃は戦争が多かったんですよ。今はこんなに平和ですがね。戦後、私のような戦争功労者は、みな神殿の警護という名誉職を拝命しまして、今に至っています。もう何十年になりますかね」
ええ、ええ、私は戦争の英雄とか、軍神イカロスとか呼ばれていた事もあったんですよ、別の侵略軍を同じ日に二回も蹴散らした事があって、ええもう遠い昔の話ですがね、と愉快そうに大きな体を揺らして爺さんは笑った。
年寄りの昔話はうざいものが多いが、さっきのアドレナリン全開で戦闘の神の祝福を受けて戦う若い頃の爺さんの麗しい姿をみちゃったミシェルは、結構楽しく目の前の爺さんの昔話を聞いていた。
ミシェルの田舎にも、昔自慢の爺さんはたくさんいたが、今みたいに映像付きだったら、結構楽しく年寄りの話を楽しめただろう。
そういや元の世界の隣の家の婆さんなんかは駆け落ちしてきた元新橋の芸者だと聞いていた。
大人になってから、婆さんの昔話を映像付きでちゃんと聞いたら、ひょっとしたらめちゃくちゃ面白かったのかもしれない。ばあさんは意外なほど三味線が上手かった事を思い出した。
「そうなんですね、神殿の警護はそのような方々の名誉ある職だったのですね、いや、若い頃のイカロスさんの雄姿を実際に拝見できたら、どれだけ素敵だったでしょうね!奥様がうらやましいです」