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今日は占いに使う物はなにも持ってきていない。
当然だ。冬の海に飛び込みにきたのだ。
ミシェルの占いで使っているいつも使っているサイコロも、カラオケ本もない。
だが神殿ウェイ系の子供達の浄化の力によって、周囲の空気が全く違う。
何も問題がなくオルフェウスの後ろの光の粒がさざめき、ゆらいで形どってゆく所がみえる。
光のさざめきはミシェルの意識に入り、ビジョンを見せた。
(扉がふたつ・・)
暗い空間に浮かんで見えたのは二つの扉。一つは大きく開いていて、もう一つはがっちり閉じている。
(ああ、これが小説の扉と、こっちが詩の扉か)
創作の扉である事はすぐに分かった。
同じ創作といっても、アクセスの仕方が違う扉がどうやらあるらしい。
詩の扉の同じアクセスには、前衛的な絵画や即興舞踊、写真そして歌が同じアクセスらしい。
小説の扉には、写実絵画や建築、他にも伝統芸能などもこちらの扉の様子だ。
瞬間をきりとる芸術と、時を積み重ね作品にする芸術なのだろう。
どちらも綺麗だ。
他にも奥の方に色々見える。同じ芸術といえど随分いろんな扉がある様子だ。
だが、面白いと思ったのはどの扉からアクセスしても、ゴールはどうやら同じ場所らしい。扉の向こうには白い坂道が延々と続いており、そしてその高みの先は光になっている。
あの光の高みを芸術家はみな、目指すのだろう。
「ミシェルさん?」
オルフェウスが、静かになったミシェルに声をかけてきた。
ミシェルはこの男をモノにしようと思っていたヨコシマな気持ちはとりあえず横に置いておいて、そして切り出した。
「創作の扉はいくつもあるけれど、あなたは詩の扉への鍵しかもっていないのですもの。小説を書きたいのであれば、別の鍵を用意しなくてはいけないわ」
オルフェウスはぎょっとして、目の前のミシェルを見た。ミシェルは涼しげに続ける。
「貴方は生まれつき詩の扉の鍵を与えられていたから、その鍵さえあれば全部の創作の扉の鍵があくと思っているのね。小説の扉は別の扉よ。今のあなたは小説の扉に、詩の鍵をがちゃがちゃやっている状態よ。鍵があってないわ」
オルフェウスはじっとその緑色の瞳でミシェルを見つめていたが、ミシェルが首に巻いていた、ダンテからもらった紫色の美しいショールに何か気が付いたらしい。
「なるほど、貴女はダンテ様のお身内の方ですね。ダンテ様が外国から占いを専門にする魔女を招聘していると、噂を聞いていました。貴女だったのですね。納得しました」
「え、何で分かるの??」
今度はミシェルがビックリしてギョッとする番だ。
「あれ、ミシェルさんはご存じありませんか?そのショールの色合いですよ。ミシェルさんは随分とダンテ様から厚遇されておられる方だと、その色の意味が分かる身分の連中でしたらすぐに気が付きます」
オルフェウスによるとダンテがミシェルに仕立てていてくれた美しい紫色のショールの色は、ダンテの身内しか纏う事を許されない色合いなのだそうだ。
つまりこの色のショールを纏うミシェルは、ダンテの家族同然。
どうやらダンテが師匠に仕立てていたあの綺麗な色のローブは、師匠の魔術師としての立場を世間に知らしめるためのとても大切なものだったらしい。
ローブの色によってどの家と強い関係にある魔術師なのかが示されるのだとかで、どんなに師匠の相手するのが面倒でもダンテが絶対にローブを届けにいかなくちゃいけなかった訳がいまようやく理解できた。
(何よ・・師匠にローブ仕立てるついでにお前のも仕立てたとか言ってたのに。そういう事はちゃんと教えて欲しいわ)
異世界人のミシェルでも理解できる。
このショールは、ある程度ミシェルの身分と安全を保障していたのだ。
いつも変な恰好で外を歩くなとヤイヤイ言っていたのにはちゃんとした理由があったらしい。
何もしらずに美しいショールを呑気に纏っていた事で、ミシェルは守られていたのだ。
ダンテの優しさは、時々こうやって心の準備のないミシェルの一番柔らかい所に突き刺さる。
「ミシェルさん。これは何かのおぼしめしだと信じています。どうか、貴女に分かる事があればなんでもいい。教えてはいただけませんか」
オルフェウスは縋るようにミシェルに言った。
ミシェルの無防備な心に刺さってしまったダンテのやさしさの棘に、不覚にも涙がでそうになってしまったがぐっとこらえてミシェルは光のさざめきの粒に心を傾けた。
仕事の時間だ。




