9
「いい?あなたとご主人の持っている力は、こう。対等の数字だからいい家庭になると思うわ」
そういって、ミシェルはカロンに持ってきてもった赤い四角の積み木を10個、青い四角の積み木を10個ずつ、二つの塊の合計20個を、女史の前に置く。
積み木は、ダンテが子供の頃に使っていたというおもちゃらしい。ファブリジェ女史の子供に、何か遊べるものをと優しいカロンが引っ張り出してきた年代ものだ。ダンテの赤ちゃん時代だなんてちょっと考えるだけで和む。
「力が、対等でない場合もあるの?」
カロンがきょとん、とミシェルに聞いてきた。
ミシェルはしらっと、まだ少年の域を出ていないカロンに、男女の難しさを教えてやる。
「あるわよ。そういう場合は、支配的な奥さんだったり、偉そうなご主人だったりして、あんまり幸せな家庭とは言えない場合が多いけどね。ただ、対等でない関係が好きな人もいたりするから難しい所よね」
ダンテは、目配せで(おい、子供にいらん事を吹き込むな)と言いたげだが、ミシェルは気が付かない振り。このダンテはどうも、カロンにもミシェルにも、過保護になりすぎるきらいがある。
ミシェルの田舎では、まだ家長父制度が強く残っている。
その家の全権力を握っている様な親父と、全部父親や祖父に従う女子供という家庭がゴロゴロしているのだ。
ミシェルには信じられないと思っていたのだが、その家の家長の親父が、家の購入から子供の進学先から、なんならその日のオカズまで全て決定するのだそうだ。
ミシェルがそんな家にお嫁に入った日には、次の日には殺人事件が起こりかねないが、世の中は相性というものがあるものだ。そういう家の奥さんの中には、難しい事は考えず、ただ、家長に従っていればいいという身分が割と気に入っている女性も、少なかったが、いるにはいた。
ミシェルは続けた。
「あなたは自分が家の事をして、ご主人が外の事をして、それから家の事の余力で仕事をしようとしているでしょう?でも、あなたとご主人の役割をするっと、入れ替えても、同じ20の力なのよ」
「ほら、赤があなた。青がご主人よ」
赤を2個と青を8個の積み木の塊をつくる。
「外に8,家に2。これが今のご主人。でもご主人の力は、外向きじゃなくてどちらかというと内向きだから、外に出るのは本当に疲れるはずよ。もしご主人が家に8,外に2の力配分にしたら、随分楽になるはずよね」
次は赤が8、青が2個の塊をつくった。
「それからこっちがあなた。外に2,家に8が今のあなたの力配分。でも、あなたはもっと外に力を出したい、外向きの力をもっているのを抑え込んでいるから、息が詰まりそうよね」
「なるほど!ファブリジェ女史が、8割の仕事をして、ご主人が8割の家事育児をしたら、上手くいくんだ。役割を交換するだけで上手く行きそうだね」
珍しそうに赤と青の積み木をいじっていたカロンも、理解した様子だ。
どうやら魔術師は理系が多いらしい。算数でのアプローチは、よくわかる様子。
「それだけじゃないのよ」
ミシェルは、横から黄色い積み木の塊を、二つ持ってきた。
「ほら、あなたの分の家の仕事を外注したら、あなたは自分のもってる力の全ての、10の力で仕事ができるのよ。その分沢山外で働いて、お金を作らないといけないけれどね。でも貴女は仕事に10の力を注ぎたいのであれば、誰かの助けを借りる事も、恥ずかしい事ではないわ。子供達に、立派に仕事している貴女の背中を見せる事だって、立派な母親業だと思うわよ」
「そうでしょうか・・母の私が、家事をしないと、子育てしないと、子供はまともに育たないのでは・・」
(どこの世界でも、母の役割を女が、父の役割を男が、という考えがあるものね)
ミシェルは、誇り高き業界トップクラスの女性職人のパイオニアというキャリアウーマンでも、そんな前時代的な母親の仕事的な事を考えているのかと、少し女史の発言にビックリしてしまったのだが、そのタイミングで、暖炉の前で眠っていた女史の上の子供が起きてきた。
ファブリジェ女史が子供をあやそうと、立ち上がろうとしたのを笑顔でそっと制して、カロンが抱っこしに向かってくれている。天使。
カロンの腕に抱かれてそりゃ嬉しそうに腕なんかを甘噛みしてる赤ん坊を撫でてやりながら、カロンは言った。
「可愛いですね。私は神殿育ちですので、産みの母も育ての母もいます。家事は実家の方でも母ではなくて、メイドが担当していましたし、神殿では巫女が担当していました。母は二人もいましたが、私を育ててくれたのは、実際には神殿の神官達です。自分ではよくわからないですが、私は多分、まともに育っている、と思っていますが、どうでしょう」
まともに育っているどころか、カロンの仕上がりはマジ天使、なのだが、ここでちょっと顔を赤くして、ミシェルの方をチラ見するカロンの可愛い事可愛い事。
そこはファブリジェ女史もきゅんと来たらしい。
「なるほど、別に自分が全部育てなくても、信頼できる人にお任せしたら、ぼっちゃんの様な方に育つのですね」
おもわず微笑んで、ファブリジェ女史もそう答えた。
目の前のマジ天使がいい証拠だ。
そして、いつのまにか子供用の食事を用意しに行ったのだろう。ダンテが台所に立ち去っていった。
「そうよ。人には向き不向きがあるんだから、ファブリジェ女史は向いている仕事に全振りして、ご主人に背中を預けたらいいのよ。それで足らない部分は、外注すればいいのよ!考えてもみて、もしこの天使のカロンが週に2回もあなたの代わりに子供の面倒見に来てくれるとしたら」
ファブリジェ女史は、クスクスと笑って、言った。
「そうですね、私が子育てするよりも、よほど立派な子供に育ちそうですね。ではこのぼっちゃんのような立派な方に来ていただく為に、私はしっかり仕事して沢山お金をかせがないといけませんね!」
「そうよ!人には向き不向きがあるのよ。家族が仲良く幸せに生きていけるのだったら、誰が何の役割をしても、いいじゃない」
ようやく笑顔になったファブリジェ女史。そんな時だ。




