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(そっか・・)
光の粒を受け入れたミシェルは、やっと理解した。
ヒュパティアの、愛の性質についてだ。なるほど滝なわけだ。
「ねえ、ヒュパティアさん。あなた、地雷女じゃなくて、滝女だったわ」
ミシェルは、難しかった鑑定に、少しため息をついて、そう思わず、ぽつりとつぶやいてしまった。しまった。
「え?地雷?滝?な、なんの事ですか??」
ヒュパティアは涙もひっこんで、訳がわからない、という顔をした。
ミシェルは、うっかり口が滑って失礼な事を言ってしまったが、しょうがないので順を追って説明する。
「えっとね、ごめんね、ヒュパティアさん。貴女は、ものすごく、愛の量が多いのよ。そもそも。その愛が行先を見つけたら、滝のように愛が瀑布になって、たたきつけられるものだから、貴女の愛を受け止める事は、とっても大変なのよ。貴女はそういう愛情の性質の持ち主なのよ」
「それが、滝、滝女、ですか・・」
地雷の事に触れられずによかった。失礼にも程がある。ちょっとミシェルはほっとする。
「確かに、心当たりがあります。愛を受けてくれる方を見つけたら、私嬉しくなって、愛を注ぐことが、止められないんです。私。それは・・どうしたら、いいんでしょうか・・」
またその美しい瞳から、ボタボタと涙を流す。
うーん。
ミシェルは考えた。そんなナイアガラの滝のような、瀑布を受け止められた後には、広大な湖がひろがっていた。おそらく最初の瀑布さえなんとかなれば、このヒュパティアは、大きな湖のごとく、穏やかで美しい湖のごとく、深く美しい愛の人となるのだろう。
そういえば、ダンテも言っていた。
このヒュパティアには100人以上も弟子がいて、大変面倒見がよいし、どの弟子にもとても慕われているらしい。100人以上もいたら名前もうろ覚えになるようなものだが、一人一人の事をしっかり把握して、細かく、辛抱強く指導をする、実に尊敬されるべき、賢者なのだとか。
そして、ミシェルは最初のサイコロででた歌詞を思い出す。
「あ!!!」
「な、なんですか?ミシェルさん?」
ミシェルは気が付いてしまった。
「一人だからダメなんですよ。100人いれば、いいんですよ!」
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「いえね、ミシェルさんは異国の方だというのしょうけれど、この国ではね、一人の方とお付き合いをしたら、一人の人とずっと一緒にいるのが、常なんですよ・・」
アワアワと、御年200歳超えの蛇女は、まるで10代の乙女のように、顔を赤くしてそうミシェルに説明してくれた。ありがとうな。そんなのミシェルの国でもそうなんだけどな。
ミシェルがヒュパティアにアドバイスしたのは、1人の男に、その瀑布みたいな愛をささげるから、だから重いときらわれる。だが100人とは言わないが、10の男に愛を分けたらどうだろうか、といったのだ。
「考えてもみて、ヒュパティアさん。毎日男性から、1日10回は連絡がないと、いやなんでしょう?でも、10人の男から、一人一日一回連絡があれば、どうですか?それぞれのお付き合いしている男性の負担は1日1回で、すみます。1日1回は、割と普通です」
ヒュパティアは、信じられないものを見る目でミシェルを見たが、嫌悪感はなさそうだった。
ミシェルは元営業だ。しめた。そう思ったらここぞとたたきつける。
「1日1回も連絡くれない男も大勢います。その場合は、数を増やしてみてください。20人の男、それぞれ2,3日に1回連絡をくれる男達です」
ヒュパティアは考えこむ。この方法なら、ヒュパティアの渇きは、潤されるのだ。
モラルの面では、大問題だが。
「それから、毎日お弁当を食べてほしいんですよね、お弁当に書いたお手紙の返事が欲しいんですよね」
ミシェルは、ここぞとばかりに、ずずっとせまる。
「でしたら、30人の男を用意して、毎日違う男に弁当を作ってください。ひと月に一度くらいなら、男は作ってもらった弁当に、返事をくれます。おいしかったよ、また食べたいって。そしてお弁当を楽しみに、まっててくれます」
「記念日も、つきあい始めた記念日くらいなら、覚えておいてもらえます。100人のお付き合いしている男がいれば、年のうちの100日は、つきあい始めた記念日です。初めてのデート記念日もいれたら、200日です。誕生日も入れたら、ちょっと毎日多すぎて、多分ヒュパティアさんでもおぼえていられません」
ヒュパティアは、すこしずつ、すこしずつ、理解しはじめた。
最初は何てモラルに反することをいいだすのかと、びっくりしていたが、要するに、川の流れが多い所に支流を作るように、沢山の男にその愛を分散して、瀑布にならないように、その愛を調節しろと、ミシェルは言っているのだ。
「なるほど・・」
ヒュパティアは、非常に清楚な、少女のような美しい見目をしている。
そして、頭脳も素晴らしい。この国の7賢者と呼ばれるほどの見識の深さだ。
正直男を魅惑するなど、簡単な事だ。
100人もの男と一気にお付き合いをはじめたら、この受け取り手に困っている、愛など一気に分割されて、受け取ってもらえるだろう。
どんなに旨いイクラを食っても、やはりどんぶり一杯が人間の限界だ。
適量の食事と同じ。
適量の愛というものが、やはり存在するのだ。
「・・・適量になるまで、増やしてみます。男の数」
ヒュパティアは長い、長い思考の後に、そう、ぽつりとつぶやいた。
ニーズが、モラルに勝った瞬間だ。




