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「そうだったのか。ミシェルが見える世界は、実に興味深いな。この世とあの世の間の存在と、時空を超えて、過去と未来、そして現在が見える、という事だな」
ダンテは、エンとの占いの後、ミシェルを仕事部屋に招いて、その重厚な皮のノートに色々とミシェルに、どうやって、何が見えたのかを熱心に書き付けた。研究者として、実に興味深い内容らしい。
「でもね、一生懸命に集中して、その後ろにある光みたいなのにお願いしないと見えないの。だからこうやって、普通にあんたと話してても、基本なんにも見えないよ」
ミシェルはあまり興味なさそうに、伸びてしまった爪をやすりで整えながら、気のなさそうに返事をした。
「なるほど、ミシェルに見えてもいい、見せたいと思う存在があってこその映像というわけか。尚興味深いな・・」
「その方が助かるわ。ふつうにしてて、ガンガンあんな映像みえたら、普通の生活が送れなくなっちゃうもの」
「それで、占いに使ったこの本は?」
ダンテは、指先で、ミシェルの文庫本の背を撫でた。
その何気ないしぐさ、長くしなやかな指先は、最高に、クル。
イケメンは指先まで完璧に美しいなど、ずるい。くそう。イケメンめ。
(ふう、あやうく持っていかれる所だったわ)
持ってかれる所だったのは、ミシェルの正気が、である。ミシェルはイケメン好きの中でも、指フェチだ。
この男、ミシェルの好みの指先をしているのだ。少し先端が細い、第一関節から先が、反っている、整った
女性的な爪。くそう。完璧だ。
ミシェルは、軽く咳払いをすると、正気をとりもどし、会話を続ける
「あっちの世界の歌の歌詞を集めた本なんだけど、どうも後ろに見える映像の人たちはさ、音がでないんだよね。この本を使って、いいたい事をなんとか伝えようとしてくれるんだけど、結構不便ね」
「なるほど・・こちらの呪術師たちも、文字をコインでなぞらえて、短いメッセージを受け取るという方法をとっているものの聞くというが、おそらくミシェルの行っている方法に近いものなのだろう」
ふう、危ない所だったとミシェルはため息をついた。
真剣な顔をして、ダンテは何かを手元に書き込んでいる。
後ろでは、興味深いのだろう、カロンがミシェルの本をしげしげと眺めていた。
「ミシェル、ここは何って書いているの?」
「ああ、これはね、学校の卒業の時に、桜という花が散って、きれいだけど涙みたいで、うれしいけれど寂しいっていう気持ちを歌っている歌よ」
「ミシェルの元の世界はきれいな場所だったんだろうね、私も見てみたいな」
「私もぜひ、満開の桜をカロンにみせてあげたかったな!きっと気に入るわ」
ミシェルの言葉ににっこりとあどけなく笑うこのカロンの可愛い事!
カロンみたいな可愛い子を、日本の繁華街に連れて行ったら、芸能人のスカウトでもみくちゃにされてしまうだろう。無事にこんなかわいい子が、一人で誘拐もされずに道を歩けるのだ。
カロンといい、顔面国宝級のダンテといい、おそるべし異世界だ。
カロンは、ふ、とミシェルの顔を見上げた。
「ねえ、どうしたのミシェル?浮かない顔して。エンから2枚も金貨もらったし、たくさんオイ・チャももらったのに、どうしたの?」
そう、さきほどのエンは、ミシェルに事業の成功を予言されて、上機嫌で二倍の金額を支払って帰っていった。
エンはとても喜んでくれたし、こうやってなんとなくダンテの研究にも役に立っているし、それに今日はダンテがオイチャを使って、晩御飯を作ってくれる、そういっているのに、心が浮かない。
ダンテもミシェルの顔を覗き込んできた。
「どうした?さすがに疲れたか?」
ミシェルは、なんとなく、だが、手放しで喜べないのだ。
「・・ねえ、ダンテ、エンと奥さんは、どこで間違えたんだと思う?」
なるほどね、とダンテもため息をついた。
「さあな。エンは夢に向かって一生懸命戦ってきたし、奥方にも誠実で、よい父だったよ。奥方も、慣れない外国までエンを支えて子供を産み育てて、よく頑張っていたと、思う」
「なんであの二人、こんな結末になったんだろう・・」
ミシェルは、この二人の出会った頃の、純朴に愛し合う二人の姿を、見たのだ。
二人は両方善人だし、よき夫、よき妻、よき親であった。
なぜだろう。なぜこんな、結末になったのだろう。
「同じ旅をしていたのに」
ミシェルは、不覚にも、泣きそうになってしまった。
ダンテはしばらく考えて、口を開いた。
「エンが頑張って目指していた未来には、奥方の望んでいた幸せがなかった、という事だよ。エンが頑張れば頑張るほど、奥方の望んでいた幸せは、遠くなっていった」
「エンが頑張れば頑張るほど、愛する奥方との距離が遠くなっていった、なんて本当に皮肉だな」
そして、エンは愛を失った。
ダンテは、大きくため息をついた。
「何のために頑張っているのか、その頑張りの先になにを求めるのか。きちんと考えずに、闇雲に動くとケガをする」
そう呟いて、ダンテの机の上に置かれていた、馬車の模型を、魔法で走らせた。
馬車は、机の端まで迷いなく、早い速度で走っていって・・そして、机から、迷いなく、あっさりと落ちた。
「そうだろ、カロン」
落ちた馬車の模型をひろってダンテに手渡すカロンに、ダンテはポンポン、と頭をなでた。
「何の為に働くのか、働いた先に何が待っているのか、よく考えるように」
普段らしからぬダンテの声は、ダンテとカロンの関係性が師弟であるものを思わせるものだった。
それだけダンテはカロンに告げると、今度はミシェルに大きな笑顔をみせて、こう言ってくれた。
「元気だせ、ミシェル!今日の晩飯は、旨いものをつくってやる。オイ・チャのタキコミゴハンとやらを、つくってやるから、まってろ!」