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「あ、私の名前ですか?ニーケです」
見知らぬ他人のいる見知らぬ部屋でも、ニーケは臆することなく、淡々とひとことだけ、そう自己紹介だ。
現代っ子は感情が淡白だとは聞いていたが、本当だ。
同じような年代だろうカロンもニコニコと淡々と自己紹介をし、そしてすんなりとお茶なんか用意してくれている。
現代っ子の感覚ってそんなものらしい。
ちょっとこの温度感にマゴマゴしているダンテに親近感を感じてしまったあたり、世代が同じもの同士の悲哀なのだろう。ミシェルは自分がまだ若いと思っていたのて、ちょっと認めたくない。
そういえばミシェルはこのカロンの小間使いという名目でこの国に来たような気がするが、こんな使いっ走りみたいにミシェルのお客さんにお茶なんか入れてもらってもいいのだろうか。
ニーケはさも当然のようにカロンからお茶を受け取ると、早速前置きなしで、質問を投げてくれた。
「ディーテ王国のようなヒトばかりの国ですと私のような異形は目立ちますので、静かに暮らせる仕事を探すのが難しいし、だからと言って獣人の国に滞在していては、おそらく番いもいないでしょうし、一生恋人が見つかる事はないでしょう。とりあえず手に職をつけて、父の所から独立しないとと思っているのですけれど、鳥族用の学校に入るには、建物の入口まで飛んで入れるようにならないといけないのですが、そこから既に話にもならなくて。そうするとディーテに戻らないといけないのですが、どうしたものか」
そう、ニーケはため息をついた。
感情のタンパクな現代っ子らしく悲壮感はないが、これは切実な問題だ。
何せさっさと独り立ちしないと、居心地の悪い母親の元か父親の元で養われていなくちゃいけない。
田舎のおばさんの家にいるのが嫌すぎて、死ぬほど勉強して都会に出てきて一人暮らしを始めたミシェルには、身につまされるものがある。
ニーケはしょんぼりと、つぶやいた。
「こちらでもあちらでも居場所がないのはさすがに辛いですが、やっぱり目下の問題はどうやってこれから生きていけばいいのかなんです。鳥にもなれない人にもなれない中途半端な存在では、やはり就ける仕事は限られていて。ミシェルさん、どうやったら私は一人で静かに生きていける事ができるのか、良い方法を見てもらえませんか」
もうミシェルは大急ぎでディーテから持ってきた、いろんなおやつだのなんだのをテーブルに並べて、一生懸命おもてなしの準備だ。
「ちょっと、ミシェルさん、そんなに泣かないで・・」
当のニーケときたら淡々としているというのに、ミシェルはもう涙を止める事ができない。ミシェルは考える前に行動するほど、感情がやたらに多いのだ。
何一つ悪い事をしていない、こんなまだうら若い可愛い女の子が一人で苦しみ悩まなくてはいけない世界なんて、一体この子が何をしたのだと、エグエグとミシェルは涙が止まらない。
だというのに現代っ子のこのニーケ、恨みつらみや怒りで身を満たしているのではなく、ただ、淡々と悲しんで、淡々と一人で困っている。
この世界の誰もが、この子の親ですらこの子の苦しみに寄り添ってやらないのであれば、異世界人のミシェルが、世界の最後の一人になったって、必ず寄り添ってやろうじゃないか。
ミシェルは汚くくしゃみをすると、エグエグと泣きながらサイコロを手にした。
「ミシェル、お前は本当に品がない・・」
ダンテはいつも通りそうつぶやいていたが、そこには非難めいた響きはなかった。