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流れ流されここは……異世界⁉︎

 一裏イチウラショウは通販会社シャバネット・ダカダの社員である。

 彼が配属されているのは『ネット事業部実働課』——会長の思いつきとチャレンジ精神から生まれたネット事業部内でもちょっと特殊な部署である。

 その実態は、若者のテレビ離れに対抗するべくネット上での通信販売網を確立しつつかつてのテレビショッピングでのライブ感を余すところなくネット上に再現しようという会長の思いつきに追従する役員たちが、失敗すること前提のチャレンジ精神で社内の『お荷物社員』を集めて設立した、いつでも取り潰すことの出来る島流し課なのである。

 つまりそんな島流し課に配属された一裏も元はお荷物社員だったわけで。

 彼は今現在、ネット事業部実働課の海外派遣員として、とある常夏の島に滞在している。

 ネット事業部実働課の業務内容はというと、バイヤーとして現地での仕入れ、買付け交渉に始まり、ネットに上げるための商品紹介動画を自分で制作もちろん出演、それをネットに実際にあげるところまで。つまりはテレビ通販の「お電話はこちら!」の手前までをたった一人でやりくりするという、意外にハードなお仕事である。

 本日のお仕事は、ネットに上げるための商品紹介の動画を撮影すること、もちろん主演は一裏自身。

 撮影場所はいかにも常夏を思わせるたっぷりと陽光の降り注ぐ海岸である。白い砂浜、青い海、そしてくっきりと白い雲のコントラストが最高に楽園っぽい美しい光景を背に。

「はい、じゃあ撮るよ〜」

 カメラを構えてゆるっとキュー出しをするのは一裏が現地採用した相棒のビッシュ。この男、常夏の島の住人らしくこんがりと美味しそうに日に焼けた肌と筋肉で引き締まった美ボディがとてつもなく美味しそうな美男子である。肉体の美に華をそえる屈託ない笑顔が可愛らしいタイプの、まずそのビジュアルだけで間違いなく女子のハートをズッキュンと打ち抜きそうな美男子である。

 ともかくどう見ても美男子であるのに、彼の方がカメラマンなのである。

 というのも、六つに割れた腹筋を惜しげもなくさらした水着姿のビッシュの体には右半身をびっしりと覆うほどの大きな刺青が入っているからである。もちろんやんちゃの証みたいなおしゃれ刺青ではなく、右肩を起点に細い線や太い線を組み合わせて幾何学模様を作り出す呪術的な紋様なのだが、企業コンプラ的に刺青がどーんと映っちゃうのはどうなんだろうかということでカメラマン。

 さらにはこのビッシュという男、イケメンだが頭に猫科の獣を思わせる尖ったケモ耳が生えている。水着の尻には穴が空いていて、そこからふさふさして毛のはえた長い尻尾も垂れている。ケモ耳ケモ尻尾は一部の女性には刺激が強すぎる、ゆえに彼が動画に映ることは決してない。

 対する一裏は少しおどおどした平均的な日本人顔の地味メンである——いや、平均よりもほんの少し身長が低くって、本人はそのことをちょっとだけ気にしているのだが。

 一裏は常夏の楽園に似合わない地味なスーツを着ているのだが、これがクタクタにくたびれて一裏のダメ社員感をさらに色濃く見せている。

 ビッシュがカメラをちょっと顔の横に避けて、一裏のスーツを指差した。

「それ、またそれ着るの?」

「だって、スーツはこれしか持ってこなかったし」

「こないだ、俺のお下がりやったでしょ、あーゆーの着ちゃダメなわけ?」

「あれは……派手だし、ブカブカだし……それに、日本ではスーツっていうのは公式の場で着ても恥ずかしくない正装であって、動画という形で全国の皆様にお目見えするにはあんまりだらしない格好では失礼だし……」

「わかった、わかった、いいよ、それで、じゃあ、はい、撮るよー、キュー!」

 その声を合図に、一裏はスマホを取り出した。逆の手には何やら透き通ったデロデロのジェルを持って裏返った声をあげる。

「夏、楽しい海水浴! でも、スマホって邪魔じゃないですか、砂浜に置いておくと汚れるし、防犯上も不安〜! そんな時にこれ、防水スライムホルダー!」

 どろりとしたジェルを一裏は躊躇いもなくスマホに押し付けた。それはぶるぶると震えてからスマホをグプンと飲み込む。

「これで完全防水! ね〜、海水とかもへいっちゃらなわけですよ、これで! でね、これをこうして腕に巻き付けるわけです。そうするとね、泳いでもスマホをなくすことがない、これで安心!」

 どうやら一裏、調子が出てきたようで、声も少し大きくなる。

「どのぐらい安心か、お見せしますね、とくとご覧じろっ!」

 その声を合図に、海の中から大きなドラゴンが顔を出した。そう、ファンタジー事典や幻獣事典なんかで目にする、あのドラゴンだ。ただしカメラはまっすぐ一裏に向けられており、ドラゴンの姿は映っていないはず。

 ドラゴンは大きく口を開き、一裏に向けて水を吹き付ける。もちろん彼はずぶ濡れ、ヨレヨレのスーツはさらにヨレて、前髪もベッタリと顔に張り付く。

「ご覧ください、これだけの水でもスマホは全く濡れないし、外れない……いや、ちょ、ちょっと待って、勢い強すぎない?」

 一裏は水の勢いに逆らおうと強く足を踏ん張ったが、それは全くの無駄だった。

「ちょ、つ、強いって、やめて、やめて、やめて……あ〜!」

 スマホはジェル状のホルダーに守られて一裏の腕に巻きついたままだった。しかし、その代わりに一裏が飛んだ。

「あああああ〜」

 水の勢いに押されて空高く噴き上がる一裏を見てビッシュがゲラゲラと笑う。カメラなんて投げ出す勢いで、ゲラゲラ、ゲラゲラと。

「やめて〜! 死んじゃうから〜!」

 青い空、青い海をバックに、笑い転げる獣人カメラマンと、未だ噴き上がる水柱の先で一裏を弄ぶ伝説の生き物であるドラゴンと——そう、ここは異世界の楽園。

 なぜ生粋の日本人でありシャバネット・ダカダのお荷物社員であった一裏がこの異世界にいるのか、話は半年前に遡る——。


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