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片腕の俺は大剣とあっちむいてほいで異界を征す

作者: 木村アヤ


 

「この神殿でアビリティが手に入るのか……」

 この街にいれば十六歳の成人の儀と同時に手に入る、この街とこの街から繋がる異界〈アナザー〉のみで効果を持つ、魔法とはまた違った特殊能力、アビリティ。

 二十四歳でこの街に来て〈アナザー〉に潜ることを決めた俺はまずはアビリティを得るところからだなと、この街で一番大きな神殿に来ていた。

 

アビリティ:あっち向いてほい


通常効果:指先に相手の注意を得た状態で「あっち向いてほい」と発声しながら上下左右に振る。相手はそちらに注意を向ける。

開示効果:発声が必要なくなる。


……まあいい。神よふざけるなとは思わない。もっとふざけたアビリティ「酒は霊長の薬(酒をポーションとして使用可能)」とか「二階から目薬(物体を垂直に落下させる時、命中補正極大)」なんてのを得たやつもいたらしい。酒の方はともあれ、目薬よりはだいぶましだろう。


このアビリティは今後の俺の生命線となる。よほど信頼している人間にしか教えてはいけない。多くのアビリティは知られると途端に弱くなるものが多いが、俺のアビリティはその最たるものだろう。俺の指先に注意を向けないようにすればいいし、注意がそれることを事前に知っていれば指を動かした直後にまた正面に注意を戻すこと意識していればよい。

アビリティは効果を相手に説明すると通常効果から開示効果へと強化される。俺の場合は発声が必要なくなることで、コンマ数秒ほど発動が速くなる。


だが……このアビリティは現在の俺の戦闘スタイルに余り噛み合っていない。

以前……十年以上前になるが、十二歳で傭兵団の一員だった俺は短剣二刀流のスピードアタッカーとして戦場を駆け巡っていた。当時の俺だったら左手でアビリティを発動し、右手に持った短剣で喉を掻き切ることもできただろう。


しかし、俺は隻腕だ。

左腕が肩の先から存在しない。


しかも背丈ほどの炭色の大剣をメインウェポンとしている大剣使いだ。片腕になった翌日から身体と身体強化の補助魔法を鍛えに鍛えて、片腕で大人の背丈ほどもある両刃の大剣を振れるようになった。

アビリティを発動するとなると、一度大剣から手を離さなければいけない。地面に刺すか、背中の鞘に戻すかだが、いずれにしても戦闘中に大きな隙となる。手軽に空中に放り投げられる短剣とはわけが違う。


さて……どうしたものか。


……まあ、考え込んでも仕方ない。隻腕になってから色々な障害があったが、どれもうまい方法を考え出して何とかやってきた。今回もいい活用法が見つかるだろう。


気を取り直して神殿を出て冒険者ギルドへと向かう。ここでは〈アナザー〉を探索しようとする冒険者たちに向けて、依頼の仲介やパーティ結成の手伝いなどをしている。


「昨日この街に来た。目的はアナザー探索だ。パーティ結成をしたいんだが」

 

 受付嬢さんは俺の左腕の肩口を驚いたような目で見る。そして気まずそうな顔を俺に向ける。……やはり隻腕だと厳しいのだろうか。

 

「ええと……いくつかお伺いしたいことがあります。なにか魔法は使えますでしょうか」

「魔法か。傭兵団で教わった魔力自体を操作しての身体強化くらいだな。一応武器に魔力を通すこともできる」

 魔法は魔術師にそれなりの時間をかけて教えてもらうか、読むだけで決まった魔法を習得できる魔術書を読むかでしか会得できない。どちらも基本的に大金が必要だ。そして魔法を使えればそれだけで大金が稼げる。ただ魔力を操作しての身体強化は補助魔法で、戦闘に関わる人間なら全員が使えると言っても過言ではない。身体強化の延長で武器にも魔力を巡らせて威力や耐久力を強化するのは、単なる身体強化よりは使い手が少なくなるが、全く珍しくはない。

 

「そうですか……。正直残念です。それではアビリティがかなり強力なものだったとか……」

「いや、微妙だな。少なくともかなり状況は選びそうだ」

受付嬢さんの表情がどんどん暗くなっていく。予想はしていたが……。

 

「戦闘経験はあるのですよね?」

「まあ、そうだな。傭兵としてあちこちの戦争や魔物退治に参加していた」

「……馬鹿にするわけではないのですが、冒険者界隈ではそれほど珍しい話でもないんですよね……。武器はその背中の大剣ですね。片手で振れる……のでしょうね。前衛物理火力、という認識で間違いないですか?」

「ああ」

 受付嬢さんは俺の太い腕を見て言った。受付嬢さんが小顔だということもあって、彼女の顔くらいはある。

「それでは……何かアピールポイントはありますか? 傭兵時代に大将首を取ったとか、料理が得意、とか……」

「大将首はないな……。料理も肉なら焼いて塩振るくらいだ。強いて言うなら戦闘は得意なつもりだ」

 受付嬢さんは微妙な顔で戦闘が得意、と記入欄に書く。何度も書いてきた、というような風だ。

 

「募集対象に希望はありますか? 後衛魔術師がいい、とか」

「特にない」

 受付嬢さんはカウンターの後ろのファイルから十枚ほど紙を引き抜いてカウンターに並べた。

「えっと……こちらが前衛物理火力を募集しているブロンズ級のパーティになります。どれか応募されますか?」

「そうだな……」

 俺は出された募集を一通り読んだ。

「これと、これ以外で」

「わかりました。……質問は以上になります。一応パーティ募集と応募は出しておきますが、正直隻腕で使える魔法もないということであれば、かなり厳しいでしょうね……。すいません、こちらも仕事なので、嘘を書くわけにもいかず……」

「そうか……。まあその可能性も一応考えていたから大丈夫だ」 

 

 その他、この街に来た時に作った身分証の職業欄に冒険者と登録し直したり、応募があった時に宿屋まで連絡するサービスを使うか聞かれたりした。連絡サービスは有料だったので断った。別に毎日ギルドに足を運ぶくらいどうということもない。

「では手続きは以上なのですが、興味本位で聞きたいことがあるのですが構いませんか?」

「構わないが……」

「なぜ傭兵から冒険者になろうと思ったのですか? 死亡率が冒険者の方が高いことはご存じですよね?」

 

 傭兵が関わる戦争では、概ね一割から二割の兵の損耗で勝敗が決することが多い。それに対し冒険者の一度の探索での平均死亡率は三割を越える。

 

「……親友を斬ったんだ」

「……え?」

「別の傭兵団ながらも親友だと思っていたやつを……豪雨と夜の闇の中で分からなかったとはいえ、俺は斬り殺した。……胴で真っ二つになったあいつの死体を朝方に見つけた。それ以来、俺は人間を斬ることができなくなった。冒険者になることにしたのは、魔物だけ斬っていいからだ」

 受付嬢さんははっとした顔で俺の顔色をうかがう。特に変化はないはずだ。最初からそういう顔なのだから。

「それは……大変失礼しました。か、彼のご冥福をお祈りいたします……」

「気にするな。パーティ募集と応募、頼んだ」

 彼じゃない、彼女だ。そう思ったが、野暮なことはいうまい。俺はその親友からの贈り物である、炭色の大剣の重みを感じながら、冒険者ギルドを後にした。

 

 それから一週間が経った。俺はその間宿屋の裏庭で素振りをしたり、盗賊や山賊が出たら逃げるつもりでこの街の近郊の魔物退治の依頼を受けたり、アナザー第一界の情報を集めたり、必要そうなものを購入したりした。毎日夕方に応募があったかを確認しに行くも応募は一件もなかった。反対に俺からの応募は全て拒絶されていた。

 

 隻腕。非魔法使用者。厳しいことは覚悟していたがやはりか。これ以上待っても仕方がない。近郊の魔物退治もそうあるわけではないし、宿屋に払う金もそろそろ心もとない。

 

 ソロで潜る。

この街に来た時から可能性は考えていたが、やはりそれしかない。

 

 俺はアナザーへの入り口、黒い渦のある建物の前に来た。〈ゲートフォート〉と呼ばれるこの建物は、アナザー側からこちらに魔物が出てきたときに最後の砦となる。かなり堅牢で重々しい佇まいをしている。朝ということもあってか入っていく冒険者が多い。勿論皆パーティだ。ソロなどいない。

 俺は黙ったまま身分証を建物入り口の門番に見せる。門番は俺の顔より先に、存在しない左腕の方を見る。次に俺の顔と似顔絵を見比べる。ここまではどこの門番も一緒だ。

次にこの門番は表情を変えずに黙って親指で中に入れと示した。気の毒そうな顔をしない、淡々と職務をこなす。当たりの方だな。

 長い石の廊下をくぐり抜け、かなり広い中庭に出る。すぐに目に入ってくるのは中央に鎮座する黒い渦……通称〈ゲート〉だ。特に案内人はいないが皆概ね入ってきた順番通りにゲートへと足を踏み入れていく。面倒な揉め事を起こさないためだろう。

 大して待つこともなく俺の順番が来て、黒い渦に飲み込まれた。目の前に広がる暗闇へと歩いていく道中、その中に入って行く瞬間、少しも恐怖を感じなかったと言えば嘘になる。

 しかし潜ってしまえば俺はあっさりとアナザーに来ていた。後ろには全く何も見通せない闇が渦巻いている。少し眺めたい気もしたが、後ろからすぐに続いてくるやつがいるはずなので、歩いてゲートを離れる。

 ゲートの周囲は広々とした丘の草原になっている。ただし薄暗く、草は深い緑色、空に至っては赤紫色に灰色の雲がかかっている。

 始まりの丘、とやや安直ともとれる場所の周りには木々が茂り、遠くには山や岩山、抜きんでて高い木などが見えている。所々木々がないところも見えるが、第一界はほとんど全域が森に覆われた世界だと言っていいだろう。

「さて……最初は確か……」

 ほとんどのパーティが真っ直ぐに第二界へのゲートへと向かう中、俺はその列から外れ、腰の小鞄から地図を取り出した。〈アナザー〉は初めてだ。外でも色々な魔物を狩ったことがあるが、まずは弱い魔物から慣らしていきたい。向かうべき方向を確かめていると、俺の後から出てきたパーティの声が聞こえた。

「おい見ろよ、あいつ片腕だぜ?」

「こんなところで立ち止まって地図見てるぞ?」

「アナザー初めてなんじゃね?」

「ソロか? まあそりゃ片腕じゃ組むやついねーよな」

「どうせ傭兵とかでヘマして腕斬られたから続けられなくなったんだろ」

「すぐ死にそーだな」

「ガタイよけりゃぁいいってもんじゃねぇしな。アナザーじゃあ頭を使わねーとな」

「絶対あいつ聞こえてるぞ」

「どうせ何も言い返せないから大丈夫だろ」

「おーい、聞こえてますかー?」

 背中に石か何かが当たって地面に転がる。俺は地図を眺めている目を細めた。

「ハ、腰抜け野郎がよ」

「早く行こうぜーつまんね」

 話し声は五人分……。アナザー内での人への攻撃はご法度だ。罰として冒険者職剥奪、アナザー立ち入り禁止、ひどいときは街内での居住権剥奪などもある。勿論告げ口のようなことをするつもりはないが。

 話し声が離れていったので俺は振り向いた。隠密性や防御力などの実用性よりもファッション性を重視した派手な軽鎧を身にまとっていた。

 冒険者たちは皆地図上での北側へと歩いていく。〈第一界〉には魔物の生息域がいくつかあるが、生息域同士の境目は魔物の数が少ない。そこを通って第二界へのゲートに着く最短経路が北側にある。

 しかし俺は第一界に生息する魔物を粗方斬り伏せてから次に進みたいと思っているので、皆とは真逆の南方向へ向かう。

 始まりの丘を取り囲む試しの森には様々な魔物が棲んでいる。魔物にはそれぞれギルドが定めた適正ランクがある。弱い順に斬っていきたい。

 最初に向かったのはウーズスライムの生息域だ。スライムは話で聞く分には液体のような体の中心に核を持つアナザー最弱の魔物種らしい。ウーズスライムはそのスライム種の中でも最弱なのだとか。スライム……やはり元の世界では見たことも聞いたこともなかった魔物だ。

元の世界の魔物は兎や熊、猪など元々存在した動物が、自然界の魔力溜まりによって変質し、繁殖したものだ。アナザーにはこれらの動物は存在しない。似ているからという理由でその名前を付けられた魔物はいるらしいが。

 周囲を警戒しつつも始まりの丘を南進し、ウーズスライムの生息地へと向かう。

「……情報より多いな」

 丘からは分からなかったが、一歩森に足を踏み入れると濁った暗緑色のウーズスライムがそこかしこに見えた。情報では木の影や草藪の中に探し出して一匹いるくらいだったが、今は常に視界に二、三匹見えている。

「異常発生か、それとも初心者でも来なくなったからか?」

 元々、第二界へのゲートとは完全に反対方向にあるため、俺のような極々初心者しかウーズスライムの生息域を訪れない。しかも今ではその初心者ですら弱すぎて練習にもならないと、東方向のネイキッドゴブリンの生息域に向かうことが増えているそうだ。一カ月ほど前からそういう話が出始め、もう常識のように語られているとのこと。

 スライムの体液はポーションの原料となる……がウーズスライムの体液では質が低く、回復量も少ないものにしかならない。

 こいつらを倒して素材を集めたとしても全く稼げない。だが、俺は今後も完全なソロでやっていく可能性もあるし、できれば慣れや安全マージンを確保したい。なので、今日の儲けはあまり考えていない。

 とりあえず様子を見ながら、深入りはせずに草原付近のウーズスライムだけを倒すことにするか。

 俺は魔力で身体と大剣を強化する。

「割合は……とりあえずいつも通り大剣に多めにしておくか」

 俺は身体全体を薄く、親友から貰った炭色の大剣にはやや多めに、魔力を纏わせる。その状態で適当な一抱えほどある木に向かって振りかぶる。

 木はあっさりと斬れた。

「これなら邪魔にはならないか……?」

 森の中で大剣をふるうのは一般的に木が邪魔になる。が、今回魔力を纏わせた大剣では斬れたのでとりあえずそのまま大剣でいく。念のため買っていたショートソードが左腰に吊るしてあるが、戦闘慣れするのが目的だ。主武器の大剣で戦いたい。

「とはいえこれは……」

 俺は手ごろなウーズスライムに近づいていく。俺に気が付いたウーズスライムは顔をめがけて地面から跳ね上がってきた。

「フンっ」

上段に構えた大剣をウーズスライムの核めがけて振り下ろす。あっさりとウーズスライムは身体ごと核を真っ二つにされ、地に落ちてその体液を飛び散らせた。拍子抜けだ。

それから何匹か狩ってみるも弱すぎてお話にならない。これは初心者もネイキッドゴブリンの方へ行くわけだ。

ショートソードに持ち替えて核を突いたり斬ったりしてみるも特に問題はない。

アビリティ:あっち向いてほいの使用感も試してみる。俺が目の前にいようと、明らかに注意が逸れることがわかる。図鑑にもあったゴブリンやオークなどの顔がある種なら、顔ごとそちらを向くんだろう。

同じウーズスライムに何度か試し、効果が薄まっていることを確認していると……

「だ、誰かぁ~、いませんかぁ~!」

 女の声だ。森の奥から聞こえた。恐らくかなり若い。十六歳か十七歳あたりだろうか。成人していないやつは入れないはずだからな。

「誰かぁ~、ぐ、ゴホっ」

むせるような音。液体を飲み込んでいる……? ここなら考えられるのはウーズスライムの大群に襲われているとかか?

 助ける義務はない。冒険者というものはそういうものだ。自分の命は自分の責任で守る。お互いに害を及ぼしあわないことは冒険者法規で定められているが、積極的な助け合いは義務とはされていない。助けに行った結果、救助者側も巻き込まれて全滅、ということも十分ありうる。

 だが、俺は駆け出していた。助けを求める声が聞こえて、そのまま立ち去ることができるほど俺はひねくれた性格をしていない。冒険者の義務ではなくても人間の義務だ。

 邪魔なウーズスライムや樹木を大剣で斬り飛ばしながら進むと、足元でべちゃっという音がして、転びそうになった。

 足元を見るとねとねととした液体がくるぶしまでを浸していた。色はウーズスライムと同じような……しかしわずかに透き通って見える深緑色。粘性の液体は森の奥へと続いている。嫌な予感がした。

「だ、誰がっ、ごっ」

 声は近い。俺は足に魔力を集め、地面の上を走るのと変わらない速度で粘液がまとわりつく中を駆け抜けた。

 木々が開け、大きめの広場に出る。赤紫色の空を背景にそこに鎮座していたのは、通常のウーズスライムの何百倍もの体積を持つ、巨大なウーズスライムだった。見上げるほどの巨躯に、薄くどこまでも広がる山の裾野のような粘液。明らかな上位個体だ。

「あぐ、助けっ」

 そしてその裾野から二,三メテルほど登ったところに取り込まれそうになっている小柄な女の子がいた。

 白色の短髪。猫耳。尻尾の色やところどころ見えている体毛も白。猫の獣人だろう。ウーズスライムの体液に取り込まれてずいぶん経つのか、着ている服はかなりの割合が溶けてしまっている。顔もスタイルもいいな……、とか考えてる場合じゃないな。スライムに取り込まれている右手に溶けつつある短剣を握っているので、斥候や盗賊のようだが。

「あっ、お願い、助けっ」

 かろうじて顔の表面と左手の先のみが出ている状態で、猫獣人の女の子は俺を見つけたのか懇願するように叫ぶ。

 少なくとも俺が調べた情報の中にはこんな魔物は存在しなかった。今ここであの獣人の娘を助けるのは正しい行いかもしれないが、俺の命を相応のリスクにさらすことになる。

「が……見ちまったもんはしょうがない。目覚めが悪くなりそうだしな」

 俺はより多くの魔力を足に注ぎ込む。普段は魔力を循環させているため消費量と言っても微々たるものだが、ここまでくると魔力量は時間経過でどんどん減っていく。

「時間との勝負だな」

 俺は脚力と魔力を爆発させて一気に獣人娘との距離を詰める。しかしあと十メテルというところで巨大なウーズスライムに気が付かれたのか、目の前に俺を飲み込まんと巨大な粘液の壁が立ち上がった。

「フンっ」

 俺は大剣で粘液の壁の根元から斬り飛ばし、その隙間に体をねじ込む。粘液の一部が体に触れそうになるが、纏っている魔力で弾き飛ばす。

 しかし、目の前には二個三個と次々に壁が盛り上がってきている。最初の攻撃はうまく抜けられたが、体勢も崩れてしまっている。これらが俺を飲み込もうとするのを全て突破するのはなかなか厳しそうだ。

 なので俺は大剣を地面に突き刺し、右手を……俺が持つ唯一の手を空けた。

「《あっち向いて……》」

 俺は右手の人差し指をこの巨大なウーズスライムの頂上付近、微かにコアらしきものが透けて見えている部分に向ける。そして指先に魔力を集め……。

「《ほい》」

 上に向けた。

 俺の周りで空間が揺らいだ感じがした。アビリティを発動した者の周りで必ず起こる不可解な現象らしい。なぜこの現象が起こるのかはまだ解明されていない。

アビリティを発動したが、スライムの外見にほとんど変化はない。なんならコアが回転してぐりんと上を向いたかもしれないが、ここからでは遠すぎて見えない。

 しかし、俺が指を上に向けた途端、俺に集中していたスライムの注意が全く別の方向を向いたことを、俺は感覚で確信した。さらに、盛り上がってきていた壁のスピードが一様に鈍る。

 俺は飛び上がり、地面に突き刺した大剣の柄頭を蹴ってそれらの壁を一息に飛び越えた。そして飲み込まれつつあった小柄な獣人娘に覆いかぶさるように、ヌボっと両脚を脛までスライムに埋め込ませて、スライムの側面に着地する。猫の獣人娘はもう顔まで取り込まれ、もがく左手も空を切るだけだ。

俺はその左手をがしっと掴むと全力で引き抜いた。

「ぐぇっ、がほっ、あ、あのありがとうございま……」

「話は後だ! 今は全力で逃げるぞ! 背中にしっかりと捕まっておけ!」

 俺は猫の獣人娘を背中に回し、首に腕がかかったのを確認すると今度はスライムの体の側面を蹴って、仰向けに飛翔した。

 そしてその時に上空に向いていた巨大ウーズスライムの注意が返ってくる。俺は空中で仰向けのまま右腕の人差し指を巨大ウーズスライムのコアに向け、魔力を集めた。

おそらく……このアビリティの効果をふせぐためには、学習して指先を見ないようにすればいい。

 だがら……学習が遅い、もしくは知能が低い魔物に対しては、特に効果が大きい。

「《——あっち向いてほい》」

 今度は俺から見て右を向かせる。一瞬だけ俺達から注意がそれたのがよくわかる。

 そしてその一瞬の間に俺は宙で身体を回転させ、大剣の柄に足を乗せた。

再び俺たちに注意が戻って来る。さっきよりも少し早い。やはりこのアビリティは使うごとに敵に対応され、効果が薄くなっていく。

俺は、心の中でわずかに躊躇いながらも、大剣の柄を蹴って更に跳躍した。

 大剣を取って、再び粘液の上を走るとなると、生き延びられない公算がかなり高い。ここ二、三年間使い続けていた相棒だったが仕方がない。

 それに跳躍で距離を稼ごうにもそれだけで粘液の範囲外に出ることはできない。注意を俺たちに戻した巨大ウーズスライムは、俺の予想着地点を包囲するように粘液を集めていた。

「くっ」

 俺は左腰のショートソードを抜く。

 スライムの体液は完全に本体から切り離さないと活動を停止しない。しかし、ショートソードの攻撃範囲では、分厚く盛り上がりつつある着地点周囲のスライム粘液を切り離すことはできない。

 俺は身体強化を維持できる魔力だけを残し、ショートソードにありったけの魔力を注ぎ込んだ。

 振りかぶり、着地寸前に前方へ魔力を放出しながら全力の縦斬りを放つ。

「《獅子吼刃》!」

 獅子の咆哮のような地鳴りが響き、魔力の奔流によって俺の前方十数メテルほどのスライム体液が消滅し、地面が露出する。俺達を取り込まんと周囲から迫るスライム体液をくぐり抜け、地面の上を十メテルほど走り抜ける。広場を抜け、森に入った。

 しかしその先で再びスライム体液が盛り上がり始める。俺はショートソードに魔力を籠めようとするが、残りの魔力を使ってしまうと身体強化が維持できない。身体強化なしの素の人間の力でスライム体液を突破することは、まず不可能だ。

 万事休すか——と俺が思ったとき、俺の耳元で微かに呟いたのが聞こえた。

「《与える右手——》」

 アビリティが発動したことを知らせる空間の揺らぎがあり、次の瞬間、俺の全身に魔力が戻った。全回復ではない。先ほどの《獅子吼刃》をもう一度放てるかどうか、と言った量だ。しかしそれはスライム体液の上の残り十数メテルを、魔力を消費しながら障害物を斬り飛ばし、駆け抜けるには十分だった。

 巨大ウーズスライムの体液の上からようやく脱出を果たした俺は、魔力が底をついたので身体強化を解き、そのまま始まりの丘まで走った。走りながら後ろを振り返ると、体液は追ってきてはいなかった。巨大ウーズスライムの頂上付近に認知機能があるのであれば、体液の上から出て木々にまぎれた俺達を見失ったのかもしれない。

 俺は森を抜けてから百メテルほど走り、ようやく立ち止まった。乱れた息を整えていると首に巻き付いていた腕がするりとほどけ、背中に張り付いていた獣人娘がするりと地面に降りた。

 そしてそのまま膝をつき、仰向けに倒れこむ。

「はっ、はぁーっ、はっ」

 背中にしがみついているだけでそんなに疲れるものか? と俺は顔を覗き込んだ。

 血の気が引いて青白くなった顔。汗は引いている。念のため僅かに残った魔力を目に集めると、通常時でも極めて薄く体表面を覆っているはずの魔力が、ほとんどなくなっているのが確認できた。

「魔力欠乏症か」

 恐らく彼女のアビリティは自分の魔力を他人に渡す、とかそういうものなのだろう。

 とりあえず俺は持っていた魔力ポーションを口に流し込もうとした。

「…………」

 意識がないときに何かを飲ませるなら頭を起こした方がいいな。ここは丘の裾付近で大した勾配もない。

 俺は胡坐をかき、太ももの上に彼女の頭を乗せる。右腕しかないからな。左腕もあれば右腕で起こしながら左で飲ませることもできたが。

 そして右手で口元にゆっくりと魔力ポーションを注ぎ込んでいく。途中むせたりしながらも全て飲み切らせた。

全てのポーションは、体力、魔力の両方とも時間の経過とともに回復するものだ。等級が高くなるにつれて時間当たりの回復量が大きくなっていく。元々の魔力量が少ないなら、高級ポーションを飲めばあっという間に全回復する。しかし魔力量が多ければ高級ポーションでもそれなりに時間がかかる。しかも回復中に魔力を使うとそこで回復が止まってしまう。体力ポーションも同じで回復中に力んだり激しく動いたりするとそこで回復が止まる。戦闘中に飲みたければ隠れるなりなんなりしてターゲットを外すしかない。

 さて……この獣人娘をおぶってゲートから帰るのは気が引けるし、魔力欠乏症ならじき目を覚ますだろう。それまで見張りをしながら待つとするか……。

そういやほぼ裸だなこいつ。俺のレザーメイルでも着せておくか。……いや下半身が丸見えだな。俺の下の方のレザーメイルを脱いだら俺がパンイチで帰ることになるからな……。俺のインナーなら裾があるし、背丈が俺の方がだいぶ高い分隠せる範囲も広いだろ。……よし、膝近くまで隠せてる。

しばらく魔物が寄ってこないか警戒していたがあまりにも気配がなく、視界にも一匹も入ってこないのでだんだん気持ちが緩んでくる。素肌にレザーメイルというのも落ち着かないので脱いで上裸になってしまった。

そのままぼーっと試しの森の方を眺めつつ今日の戦闘の振り返りをしていたら「うん……」と言って太ももの上で獣人娘が寝返りを打つ。

こいつ、寝てやがるな?

気絶から起きるまで待つつもりだったが流石に寝られるのは困る。寝るのは悪いが宿屋にしてくれ。俺は軽く頬を叩く。

「ほら、起きろ」

 猫の女の子はゆっくりと目を開けた。

「はっ、えっ」

俺の裸の上半身と顔で忙しく視線を往復させてから、顔を赤くして慌てて起き上がる。

「う、うわぁぁぁぁあああああ」

絶叫しながら。

「落ち着け。巨大スライムからは逃げ切れたぞ」

「あっ、そうだ、私スライムに取り込まれてそれで……」

ボロボロになったはずの装備を思い出したのか自分の身体に目をやる。そして自分の身にまとっていた男物の汗臭くてデカいインナーシャツに再び顔を赤くした。

「悪いな。不快かもしれないが、それしかなかったんだ」

「い、いえ、上を貸していただいただけで全然、それに不快だなんてむしろその逆で……」

「ん、すまんが最後の方よく聞こえなかった」

「全然! 不快とかではないです!」

「おう……声デカいな」

 俺もゆっくりと立ち上がる。

「さて、それだけ元気ならもう歩けるだろ。街に帰るぞ」

「あ……」

 そう言って促すと、猫の女の子も目覚めたら上裸の男に膝枕されていたショックから戻ってきたのか、さっきからブンブン振り回されていた尻尾の動きが止まった。

「あ、あの、助けてくれて本当にありがとうございました」

「運がよかったな」

「本当に……私が死んだらお母さんもあのまま……」

 そう言って涙ぐむ、猫の女の子。何か事情があるのだろう。死ねない……そしてリスクを冒して異変の中に飛び込み、あの巨大なスライムに取り込まれるくらい近づかなければいけなかった事情が。

「それにあの大剣……あの場にそのまま……」

「気にするな」

 あの体液の中に刺さっているんだ。明日、魔力が戻ってから取りに来ても既に腐食しているだろう。数分から数十分ほど体液に浸っただけの猫獣人の短剣もボロボロになっていたのだ。

 あの大剣は親友からもらったものでここ三年はずっと使っていたが……、他人を助けるためだ。あいつも納得してくれるだろう。

 しかし傭兵時代は一度も刃こぼれしなかった名剣なのだ。アナザーとはいえもしかしたら残っているか? ……いや、さすがにそれは都合のいい考えだろう。

 しばらく項垂れていた猫獣人だが何かを決意したように顔を上げた。

「わかりました……。ですがせめてその大剣くらいは弁償させてください」

 実はその、と言いながら猫獣人は腰につけている小さなポーチから、到底その中に入りきらなそうな大きな瓶を取り出した。マジックポーチだ。中には澄んだ深緑色の粘性液体が入っている。

「便利なものを持っているな」

「これは、あのフォレストスライムから切り出した体液です。フォレストスライムの体液からは高品質な低級ポーションが作れるはずです。そのお金で……いや、これだけじゃあ足りないかもしれませんが、また取りに行けば足りると思います」

 あの巨大な深緑色のスライムはフォレストスライムというらしい。本来なら第三界に出現する魔物だが、ウーズスライムの異常繁殖のせいでそれらが合体して上位のフォレストスライムになったのではないか、ということだった。

「元々、ウーズスライムの体液を収集するつもりでスライムの生息域に来たんですが……、フォレストスライムを見つけて、夢中になって収集している間に背中からウーズスライムの体当たりを受けちゃいました。べちゃっとフォレストスライムの体液の中に落ちたら、体当たりしてきた個体とか、その周りにいたウーズスライムが次々に乗っかってきて……。そのまま抜け出せず中央まで運ばれてしまいました」

「なんでウーズスライムを狩るつもりだったんだ? 初心者でも割に合わないって言われてる魔物だけど」

「あはは……私、戦闘は苦手なのでソロで倒せるのがウーズスライムくらいしかいないんですよね……」

「ギルドでパーティを組めないのか?」

「まあ……そう……ですね。本当はそうしたいんですが、少し事情があって」

 あまり言いたくなさそうに目を伏せる猫獣人の女の子。

「まあ、言いにくいのなら無理には聞かない。だが、次からは気を付けろよな」

「はい、ありがとうございます。……ところで、大剣の方はそれでどうでしょう?」

 俺は少し顎に手を当てて考えた。そうだな……。聞いた話と先ほど得た経験を合わせて考えると、フォレストスライムは体液の上で戦闘しなければかなり鈍く、動きも遅い魔物らしいな。

「もっといい考えがある。俺とお前。二人で背中を見張りながらフォレストスライムの体液を収集するのはどうだ? 大剣分は情報量ってことでいい。そっちの方が俺の取り分が多いしな」

 猫獣人の女の子は目を丸くする。

「いいんですか? ……いえ、手伝っていただけるのは本当に有難いです。母親の薬代がどうしても必要で……。ですが、大剣代くらいは出させてください。情報代なんてものではなく」

 見た目と話し方の割には結構強情な女の子だった。あまり女の子にお金を払わせたくはないんだが……。

「まあそこまで言うなら」

「決まりですね。では、私の名前はラウラ。ラウラ・ラタ・ラタリコフといいます。年は十八です」

「アーク。ただのアークだ。俺は二十四だ」

 

「そうなんですか? てっきり三十代とばかり……」

「まあそう言われがちではあるな。まあ、とにかく街に戻ろう」

 俺達は疲労に足を引きずりながらゲートをくぐる。ゲートフォートの門を出るときに門番から怪訝な顔をされた。まだ午前中だし、俺は上裸、ラウラは男物のアンダーシャツだ。街道に出たところで尋ねる。

「宿屋なのか?」

「いえ、母親と一緒に貸し部屋に住んでます」

 貸し部屋か。俺も金に余裕が出てきたら借りたいものだ。長く腰を落ち着けるつもりだから、ずっと宿屋というのもな。

 それにしても背中が落ち着かない。大剣がないからだ。明日からまたアナザーに行くなら大剣は欲しいし、戦力が半減している状態を続けるのは、いつ夜襲があるかわからない生活をしていた人間からすると、かなりの違和感と心労がある。

「できれば、今日中に代わりの大剣を買いたいんだが」

「あ、そ、そうですか? えっと……言いにくいんですが、今、その、十分なお金がなくって……」

「ああ、いいよ。自分で払うから。そのうち返したくなったら返してくれればいい」

「うーん……、あ、そうだ! そうしたらその前にフォレストスライムの体液を素材屋に売ってきてもいいですか? 合わせればより良いものが買えると思います!」

 ふむ、まあそれは実際助かるな。

 それで俺達はいったん別れて服装を整えてから、再びゲートフォート前に集合して、ラウラの案内で〈エマの素材屋〉まで歩いていった。そのまんまの名前だが、なんでもラウラの友達がやっている素材屋らしく、フォレストスライムの素材を秘密裏に売るにはちょうどいいとのことだ。

道すがら腕のことを聞かれる。まあ、当たり前だ。これまでにも百万回くらい聞かれた。十歳の時に戦争でな、とこれもまた百万回はしている説明を返す。

「大変……だよね、やっぱり」

「それはそうだが、仕方ない。ある中でやっていくしかない。逆に言えば左腕以外は無事だったんだ。生まれつき下半身がなくて、それでもちゃんと生きているような奴もいるしな」

 そいつは今、別の街の統領館で事務官をやっている。

「すごい人だね」

「まああいつを知っていたから、俺も腕を失ったのを前向きに捉えられたのかもしれないな」

 話しているうちに素材屋〈アラベスク〉に着く。様々な魔物素材を扱っている商店らしい。店番をしていたのは

「わぁー、ラウラ! 久しぶり!」

「久しぶり~! 元気だった~?」

「元気よ~、もうしばらく姿見せなかったからどうしたのかと……」

「まあ色々と……仕事、が忙しくてさ~」

「……大丈夫? 本当にきつかったら助けるよ?」

「エマにそんな迷惑はかけられないよ~。こっちは大丈夫だから心配しないで?」

「だといいけどさ……」

「……そっちこそあのドブカスヒモ男はまだいるの?」

「え、……うん。あはは」

「はぁ~……男の趣味、ほんとにどうかと思うよ?」

「まあ、その、色々あるんだよ! 彼にも!」

「あいつの話になるとほんとに目が曇るよね……。まあいいや、それよりこのデカい奴はアーク! 第一界でフォレストスライムに危うく溶かされそうだったのを、助けてもらったの!」

「そ、そんなことがあったの? それにフォレストスライムって第三界の魔物じゃなかったっけ? あ、どうもこんにちは、アークさん。エマ・クリーチャーズです。エマでお願いします」

「ただのアークだ。アークでいいぞ」

 ラウラがフォレストスライム溶液を売った後、また採取に行くという話になった。

「でも、素材の権利を全部得たいなら倒しちゃうのが一番いいんじゃないの?」

「そんなことができたら苦労しないって」

 体を駆け上り全力の《獅子吼刃》を核に当てられれば可能かもしれないが……。リスキーだな。予想外のことが何か一つでも起これば俺たちの命は刈り取られる。他に仲間がいればカバーしてもらえるかもしれないが……。

「いいかもな。だが、少なくともあと一人は仲間が必要だ」

「私は一緒アナザー行ってくれそうな友達はいないかなあ」

「実は私、一人心当たりあるんだけど……」

 エマは少し悩んだ後、俺に訊いてきた。

「アーク君って、秘密守れるほう?」

 俺は今までの人生をざっと振り返った。

「漏らしたことがないな」

「いいね」

 エマはさらさらとカウンター内にあったメモ用紙に何かを書き始めた。 

「〈眠れる小鹿亭〉っていう宿があるの。そこの四〇七号室にいるイクシアっていう女の子がパーティメンバー探しているから、話してみて。住所も書いておくから」

「助かる。だが、住所は必要ない」

 エマは顔を上げた。ラウラも不思議そうに俺の顔を見る。

「俺が泊っているのも〈眠れる小鹿亭〉だからな」

 そういうわけで俺達は人と会うなら早い方がよかろうということで先に〈眠れる小鹿亭〉を訪れていた。俺が泊っているのは、〈眠れる小鹿亭〉の三〇一号室だ。立地が悪いせいか、清潔感やサービスの割に安かった。女主人もいい人だし、飯もうまい。二階がパーティ向け、三階が男性向け、四階が女性向けになっているらしい。

 一階はバーにもなっている。流石に飲んでいる客はいなかったが、昼食を食べている客はちらほらいた。ラウラがややちぐはぐの軽装備でやってきた。スカウトっぽいけど、専用装備をそろえ切れていないのだろうか。あるいは今日の午前中に失ったから、家にあったお古を着てきたとか……。恐らくそうだろう。

二人で〈眠れる小鹿亭〉の中に入りカウンターの中で料理中の十五歳くらいの女の子に声をかける。女主人の娘だそうだ。

「四〇七号室の客に用がある」

「確かいたと思うよ」

 それから女の子はラウラに目を向ける。

「その子は?」

「俺のパーティメンバーだが?」

 女の子は不思議そうな顔をしてラウラを見ている。

「あれ? アナザーって十六歳からじゃないと入れないんだよね?」

「そうだが、それがどうかしたか?」

「ふーん。……まあいいや」

 女の子は再び包丁を動かし始めた。ふと見るとラウラはだらだらと冷や汗をかいていた。

「おい、どうした?」

「な! なんでもないよ! ほらさっさと行こう! 四〇七号室!」

 背中を押されながら、階段を上っていって、四〇七号室の扉をノックする。少しすると扉の反対側に人の気配を感じた。覗き穴でこちらの顔を見ているのだろうか? あちらからしたらいきなり知らない人が来たわけだ。不審に思っても仕方がない。エマの名前を使わせてもらうか。

「エマの紹介で来た」

 そう言うとガチャリと錠が上がる音がして、ゆっくりと扉が開いた。

 眠そうな顔で廊下に出てきたのは、その辺に売っていそうな灰色のスウェットに身を包んだ金髪金眼の女の子だった。

「あなた達、誰?」

「俺はアーク。パーティを作るための仲間を探している」

「私はラウラ・ラタ・ラタリコフ。アークの臨時パーティメンバーです」

「パーティ……ああ、エマが仲介してくれたのですか。わかりました、下で話しましょう。支度をするので先に行ってくださる?」

 俺達二人は隅の席に座り、ミルクを注文した。少しして軽鎧を着たイクシアが降りてくる。「店員さん、私も同じもので」

席に着くと、注文を聞きに来た二十歳くらいの店員にまずは注文をした。

「さて、エマの紹介で来たって言ったわね。私の方の事情は聞いているのかしら?」

「パーティを探してるということしか知らないな」

「そう。私の名前はイクシア・フォン・エーデルガルド。イクシアでいいわ。名前のフォンが示す通り、私の親は貴族、エーデルガルド辺境伯よ。黙って出てきたから連れ戻される可能性があるの。それでギルドを通せないし、その辺で得体のしれない人達とパーティになるのも嫌だったから、どうしようかと思ってたの。……エマの紹介なら信用したいけど、他には漏らさないでよね?」

「さっき同じことをエマに訊かれたときに人生を振り返ってみた。自分でも驚いたが、俺は一度も他人の秘密を漏らしたことがないらしい」

「ふ、それはいいわね。今後も続けて。それで私も生計を立てなきゃいけないからパーティ結成は大歓迎よ。エマに建て替えてもらっている宿代も早く返したいし……」

「そういうことなら都合がよさそうだな。第一界の試しの森のスライム生息域にフォレストスライムが出た。他の冒険者はまだ気が付いていない。俺達で討伐して素材のスライム溶液を独占したいが、二人だと心もとない」

「そういうことね……その、スライム討伐のためだけパーティなの?」

「いや、違う。イクシアさえよければ継続してパーティを組みたい。腕がこんななもんだからどこのパーティに応募しても書類で弾かれるんだ」

 イクシアは意外そうに眼を大きくした。

「あら、直接会えば、かなり強いことがわかりそうなものなのに。こちらからもお願いしたいわ」

 上品に笑う様は流石の貴族という感じだった。

「不躾かもしれないが、なぜ黙って出てきたんだ?」

 イクシアは困ったように眉を下げ、肩をすくめた。

「よくある話よ。お父さんに勝手に婚約させられそうになったの。相手は小さいころから知っている人で悪い人ではないんだけど、そういうことが決まる前にもっと広い世界を見ておきたかったの。自分の可能性を確かめてみたかった。そう思ったら自分の気持ちを抑えきれなかった。お父さんに相談したら必要ないって言われたわ。私の可能性なんて自分と領民全員が知っているって。でも、なんで知っているって言えるのよ。それは無意識に私の可能性はこれくらいだって決めつけているわけじゃない。私の可能性も、誰の可能性も、他人の考えが及ぶ範囲内で測られるべきじゃないのよ。わかるかしら?」

「なんとなくわかる」

 イクシアはふふ、と微笑んだ。俺が同意したことに感謝を示しているようだった。まあ俺も実際感覚でしか理解していない。説明し直せと言われたら難しい。それほど頭はよくないからな。でも感覚では確かにわかる。

「まあ、そうして家出娘のイクシアは誕生したのよ。貴族の義務でよく行く王都以外だったらこのルミエールの街が一番大きかったし、アナザーもあるしでこの街に来て、お金が無くなって行き倒れていたところをエマに助けてもらったの。感謝してもしきれないわね」

「エマは本当にすごいんです。お祖母さんが半分引退して、事実上あの素材屋を仕切っているのはもうエマだし、意味わからない人脈も沢山持ってるんですよ」

「私も人脈作りのために社交界には出ていたけど、なんというか、実務で使える人脈が沢山ありそうね。お飾りのものではなく」

 話が一段落したところで俺は立ち上がった。

「俺は今からさっきのフォレストスライムとの戦いで失った大剣を買いに行くつもりだ。着替えてきてもらって悪いが、討伐は明日以降だな。今日はもう魔力も尽きている」

「……あら、そうみたいね。じゃあそのつもりで準備をしておくわ。どこで待ち合わせるかしら?」

「実は俺もここに泊まっている。朝出るときに呼びに来る、でいいか?」

「そうなの? 偶然ってあるものね。私はそれで構わないわ」

「まあもしかしたら扉をノックして呼ぶ必要は、明日の朝には無くなっているかもしれないけどな」

「あら? どういう意味かしら? ふふふ」

 俺とラウラは二人で〈眠れる小鹿亭〉を出た。ラウラがお勧めの武器屋があるというのでそちらへ向かう。大通りの店より多少品質のいいものが売られているのだとか。

「それにしても最後の会話はなんかえっちだったにゃ」

「お、意味わかったのか?」

「にゃっ? わかんないにゃ! ちんぷんにゃんぷんにゃ!」

 からかうと途端に狼狽え出すラウラに対しては、可愛いなーとは思うがどうも欲は湧いてこない。

「この調子だったらあのカウンターにいた宿屋の娘ちゃんも危なそうにゃ」

「女主人の娘さんか? 俺、未成年は対象外だからなぁ……」

「ふ、ふーん、そうにゃ?」

 話しているうちに武器屋〈洛星工房〉に着いた。大通りから離れてかなり奥まった場所にある、厳つい岩造りの三階建ての一軒家、その一階と二階部分らしい。ガンガンと金属を打つような音が響いている。

「工房か。出来合い品も売ってるんだよな?」

「そう。一階が工房で、二階に出来合い品が置いてある。工房主のガンゾウさんは気難しくてなかなかオーダーメイドを受けてくれないけど、アークならもしかするとかも。ガンゾウさんのアビリティの乗ったオーダーメイド品はとっても強力な武器だよ」

「そいつは楽しみだが、明日には間に合わないだろ。そのうちだな」

 ラウラが先に立って押戸を開ける。「ごめんくださ~い」しかしその声は扉を開けたことでより大きく聞こえるようになった打撃音でかき消された。

 一階はカウンターがあり、その奥が壁に仕切られて扉が付いており、複数の金属の打撃音が重なり合いつつ奥から聞こえてくる。ガンゾウさん以外にも金床を叩いている者がいるようだ。

 ラウラはカウンターの上に置いてあったバチを持った。

「なんだそれ」

「ん」

 顎で示された方を見れば大きな銅鑼がカウンターのそばの壁に張り付いている。そしてその銅鑼にラウラが思い切りバチを振るった。

 ドグワァァァァァァンと脳を揺らすような音が響き渡る。その音の残響がまだ残るうちに、奥から響いてくる金属の打撃音が一つ止み、扉が開いてカウンターに青年が姿を現した。

「ああ、ラウラさんか、久しぶり」

「エルクさん久しぶり~。二階を見てもいい?」

「いいよ。そちらの方はパーティメンバー? すごい筋肉だなぁ。おいくつなんですか?」

「二十四だ」

「えっ、年下? 三十代かと……」

「そう見えるよね」

「見えても黙っておけ」

 俺達はエルク青年の先導に従って階段を上がった。鍵のかかった頑丈そうな鉄扉を開けると、それほど広くはないが、所狭しと様々な武器が並ぶ部屋が現れた。

 大剣が欲しいという旨と予算を伝えると、「その金額ならエンチャント武器もいけますね」と奥に引っ込んでいった。

「結構大金だね……。さっきスライム溶液を売った分だと三分の一くらいにしかならない……」

「俺の手持ちから払うから心配するな。討伐できれば大金が入ってくるだろうし」

 エルクを待っている間に、売られている大剣を目に魔力を集めて見る。一番含有魔力が少ないのは真っ黒い金属を使ったもので、俺が買える範囲にある。恐らく青年はこれにエンチャントを施したものを持ってくるつもりだろう。その次に少ないものはもう俺の予算を大きく超えている。素材が灰色がかった銀になり、含有魔力もかなり豊富だ。

 いくつか手に取ってみる。確かに良い大剣達だ。俺が元々使っていた、親友から貰った炭色の大剣にはどことなく及ばない感じがするものの、相当なものだということがうかがえる。

 エルク青年は何度か往復して二階の広めのカウンターに三本の大剣を置いた。

「さて、こんなところですかね」

 並べられた三本の大剣は黒鋼色の金属でできたもので、どれも見事なものだった。

「どれも第二界で採れる黒鉛鋼を加工したものです。黒鉛鋼は身体強化をしたら気にならないと思いますが、普通の鉄より重くて硬いです。ですがアナザー由来なのでルミエールから離れると、鉄の剣よりも脆くなります。問題ありませんか?」

 アナザーから採れる素材で作った武器や防具は、ゲートがあるルミエールから離れると途端に脆くなり、特殊効果も失う。アビリティと同じようにアナザーから漏れ出ている何かが影響しているんだろうと言われている。アナザーへのゲートが開いたのはもう十五年も前なのに、いまだに戦地でアナザー由来武器が使われていない理由である。

 俺はうなづく。しばらくこの街から出るつもりはない。

「大丈夫だ」

「では、細かい部分は実際に見てもらうとして、とりあえずかかっているエンチャントだけ説明しますね。そちらから一番手前が《赤熱》。魔力を通すと刀身が高温になり、多くの物を焼き切ります。真ん中が雷魔法エクレールの習得。刀身方向へ雷の基本魔法エクレールを放つことができます。三つめは耐久性にわずかな補正が入っています」

「……試させてくれ」

「ぜひ! ただ振ったり斬ったりしたい場合は中庭でお願いしますね」

 一人一本ずつ持って中庭に移動する。ラウラは身体強化を使って運んでいた。中庭には剣を触れるスペースの他に試し切り用の藁束や木人も置いてあった。

 まずは三本目の耐久力がわずかに上がっている大剣を振り、剣の腹をコンコンと叩いてみる。他の二つも叩いてみて比べると確かに魔力によってより堅くなっている感じがする。わずかな差だが、一割ほど頑丈になっている感じだ。

 雷魔法エクレールを放つことができる大剣。これは一発で俺の総魔力量の二割を持って行った。《獅子吼刃》は一発で三割ほど魔力が減るが、威力は《エクレール》の三倍以上だ。魔力効率が悪い。《エクレール》の方が射程は長そうだが、基本的に近距離で戦う俺には必要ない。

 最後に《赤熱》の大剣。これは魔力を消費しなければいけないのかと思っていたところ、循環でも十分高温にできた。試しに藁束を斬ってみると断面が炭化していた。木人も同じように炭化した。

次に普通の鉄塊を頼んで持ってきてもらった。赤熱していない状態で鉄塊を斬ってみると、半分ほど刃がめり込んだところで止まった。刃にだけ魔力を循環させ、《赤熱》を発動させる。身体強化はせずに軽く刃を振り下ろすと、まるでバターに熱いナイフを入れるように、するっと溶断した。エルク青年は目を丸くして、

「すごいですね。循環型の身体強化の出力が高いです。普通、黒鉛鋼の武器を使う低ランクの冒険者はそんなに多くの魔力を循環させられませんよ。他の方だと少し熱くなる程度ですね」

「魔力の総量が少ないからな。循環型を鍛えないと戦場で生き残れなかった」

「いや、これはすごい。剣闘祭で見たプラチナ冒険者とそう変わらないですね」

 プラチナ冒険者か。どれくらい強いのだろうか? 俺も一応は傭兵時代から鍛錬を毎日欠かさず、積み重ねてきてはいるのだ。

実際、傭兵時代は大将首こそ挙げたことはないが、攻めてくる将軍程度は何度も破ってきた。流石に大将が前線を切って俺がいるところに来ることはなかったが。

 戦争をする時は俺は守備兵に配されることが多かった。敵の進行を完全に塞ごうとすると、相手の力を百パーセント受け止めなければいけない。なので、わざと穴をあけてその先に狩場を用意する。そこで敵を継続的に狩り続けるのが俺だ。とはいえ敵の本当に強い将軍なんかは一人で狩るのは難しいので、守備隊長が抑えている間に俺が周りを狩って、それから二人で討つ作戦をとった。遊撃隊やら見栄えのいい攻撃部隊は団長や副団長辺りが担っていた。片腕がないことで偏見を持ってかなり軽く見られていたかもしれない。盾を持てないのに守備隊に飛ばされたのもおそらくそのせいだ。守備隊と守備隊長の皆は俺を認めてくれていたが。

「ジリ貧になりがちな守備隊の中で君の攻撃能力はかなり頼もしいんだ。君がいるおかげで守るだけではなく、向かってきた敵を積極的に減らすことができる。敵が最後までやるようなら、うまくいけば殲滅できる」と守備隊長はよく言ってくれた。

 昔のことがフラッシュバックしたが、頭を振って過去のイメージを追い出し、俺は目の前のエルク青年に今の実力について尋ねてみた。

「ルミエールでの俺の能力的な立ち位置がよくわからないんだ。そのプラチナ冒険者には勝てそうなのか?」

「あー、いえ、正直現時点では無理でしょう。見たところアナザー由来の装備がほとんどなく、装備の質という点でかなり劣りますので。でも、身体強化だけで言えば彼らに迫ると思いますし、これから装備を揃えていけば着実に強くなっていくと思いますよ」

 冒険者の等級は下からブロンズ・シルバー・ゴールド・プラチナ・ミスリル・アダマン・オリハルの七段階に分かれている。その中ではシルバーとゴールドが冒険者全体で一番多く、プラチナ冒険者でかなりの上位層、ミスリル冒険者になると百人もいない。多くのクランのリーダーはプラチナかミスリル冒険者だ。そしてどんなに優秀であってもほとんどがミスリルで頭打ちとなる。それ以上になるためには全ての冒険者の中で頭一つ飛び抜けていなければいけない。現在はアダマン冒険者はたったの十二人。ほとんどが数個のトップクランに集中して在籍している。そして伝説級であるオリハル冒険者はなんと一人だそうだ。アダマン冒険者は数年前まではもう一人いて、史上二人目のオリハル級冒険者に一番近いと言われていたが、ある日ふいといなくなってしまったそう。死んだのか、ただ単に引退しただけなのか、同じくアダマン級のパーティメンバーも口を噤んで離そうとしないとか。

 そして等級の分け方だが、ミスリルまでは同じ等級内でもにⅢ~Ⅰに分かれている。一番下がブロンズⅢ、そしてミスリルⅠの上がアダマンタイトというわけだ。

 青年の話が本当だとすると、俺の能力はゴールドIやⅡくらいだということか。

「よくわかった。……手始めにこいつをもらおうか」

「まいど!」

 使ってみるまでは耐久補正のある大剣にしようと思っていたが、こいつはかなり俺との相性がいい。継続火力をかなり底上げしてくれる。

「今後も〈洛星工房〉を贔屓にしてくださることを期待して十パーセント安くしておきますよ」

「本当か? それならラウラの短剣も丁度その分で直してもらえばいいんじゃないか?」

「にゃー、どうしようかと思ってたにゃ。助かるにゃ」

「お、これは僕の打った短剣じゃないですか! よし! いっちょ直してきますよ! 大剣の方も必要なら調整しますけど、何か要望はありますか?」

「グリップを十セルチ短くしてくれ。どうせ両手で持つことはないからな」

「わかりました! そうだ、この大剣に〈名付け〉を行いますか?」

「そうだな。【赤虎】で頼む」

「かっこいいですね! では剣腹に小さく彫っておきますね」

 〈名付け〉とは武器や防具に名を付け、名を呼ばれるまで真の力を発現させないようにする一種の封印魔法だ。特にエンチャントが付いている魔法武器など、街中や露営中などでふとした拍子に能力を発動してしまうと危ないので生まれた魔法らしい。

 俺達は大剣を二階に戻すとガンガンとうるさい受付を通って外に出た。

「ラウラの短剣もエンチャントがついているのか?」

「わ、わたしはそんなにいいもの買えないよ」

「やっぱり高くなるのか」

「いいものはエンチャントなしの二倍以上の値段になるよ。【赤虎】も本当はエンチャント武器の中ではかなり弱い方だよ? アークの身体強化がすごくて強力になってるけど。それに……多分だけど、プラチナ冒険者は全員、素で《赤熱》状態の【赤虎】と同じかそれ以上の切れ味の武器を使ってると思うよ」

「なるほどな。先は長いな」

 用事もほとんど済んだ俺達は空き始めた近くの飯屋に入り、昼食をとった。俺はオーク肉のステーキ定食、ラウラはライスのみを注文しようとしていたので、俺がおごるからと言ってキリングマスのムニエル定食にしてもらった。オーク肉のステーキ定食は、メニューの中では安い方だが、普通の豚肉のステーキより断然美味かった。これもルミエールから離れるとすぐに腐ってしまうんだそうだ。ラウラは一口一口噛み締めるように食べていた。普段何を食べているんだ……? 食べながらラウラからルミエールでの冒険者事情について色々話を聞いた。

「クランか……俺も入った方がいいのか?」

「入った方が安定はする。クランは色んなロールの人を集めるのが普通だから、バランスの取れたパーティを組みやすいし、家賃を負担してくれたり、ポーションの支給があったり、大怪我の治療費もいくらか負担してくれたりするからね。訓練相手も見つけやすいし、上級冒険者からアドバイスをもらえたりもするよ。ただその分、クランの指示には従わなきゃいけないし、得た利益も基本はクランの利益になるよ。例えば今回フォレストスライムを討伐できたとしても、クランに入っていたら少なくとも利益の七割はクランの収入になると思う。まあ、その分装備を揃えるのに支援があったり、人を集めるのが楽だったりで討伐が安定することも確かだから、一概に冒険者にとって不利益っていうことではないけど」

「大きく稼ぐのは難しいけど、安定はする、と」

「その辺は他の会社と一緒かな。あと、クランに入れるのはシルバー冒険者以上っていう制度があるよ。元々冒険者成り立てのブロンズは自分の力で一から十まで探索する力を身につけて、その後それを効率よく分担するクランに入るべきと言われてるらしいね。ただ、最近は初めからクランに入れて育てた方が、効率がよく、死亡率も下がるのではなんて議論もされてるみたいね」

「難しい話はよく分からん。とりあえず俺がクランに入りたいなら、まずはシルバー冒険者になれっていうことだな。そういや、ラウラの等級はなんなんだ?」

「わ、わたしはシルバーⅢだよ。ほら」

 そう言ってラウラは身分証を見せてくる。どこか挙動不審な気がするが、身分証には確かに銀色の文字でシルバーⅢと印字されている。俺が確認するとラウラはさっと身分証をしまった。

「なんでクランに入らないんだ?」

「お母さんが病弱で、クランの義務を果たせるほどアナザーに行けないからさ……それに安定よりお金が欲しいんだ」

 ラウラは暗い顔になる。そうか……ラウラも大変なんだな。

「さっきの青年とも話したけど、俺は能力的にはゴールドくらいなのか?」

「ゴールドⅠくらいじゃないかな? ただ他の冒険者はアナザー装備も込みでの等級だけど、アークはほとんど何もなくてその等級くらいの実力があるから、装備を整えて戦い方も考えたらプラチナⅡくらいにはすぐになれるんじゃないかな。なんでウーズスライムなんか狩ってたの? あれの適正ランクはブロンズⅢだよ。確かに書類上は適正だけど……」

「アナザーに慣れるところから始めようと思ってな」

 ただ今後のことは少し考える必要がありそうだ。第一界の適正ランクはブロンズ、第二界がシルバー、第三界がゴールドと聞いている。第一界くらいは飛ばすか……?

「一応第一界の魔物を全種見て、数匹ずつ狩っておきたいけどな。……慣れが欲しいし、上位種に対して対策がしやすくなる」

「そんなの〈竜潜山脈〉を除けば三日で終わるよ」

〈竜潜山脈〉は第一界の北部に広がる竜が棲むと言われている山脈である。竜の目撃証言が度々上がっていて、ギルドの依頼を受けてトップクランのパーティが一度調査に行ったことがあるが結局見つからなかったらしい。目撃証言の示す竜の特徴がかなり似ているので、何かがいるのではということで、一応ミスリル未満の冒険者は立ち入り禁止になっている。

「そろそろ武器が出来上がってるんじゃないかな?」

「そうだな」俺達は会計を済ませて外に出た。

 俺が会計をしているときに、後ろでボソッとラウラが何か言ったようだったが、声が小さすぎて聞き取れなかった。

「ごめんね」と言っているように聞こえた。何のことだろうか? 会計のことなら別に気にしてほしくないのだが。

アナザー関連のことを色々教えてもらいながら〈洛星工房〉に戻った。ラウラはやはり俺より三年も前からここにいるだけあって色々と知っている。扉を開けてガンガンとうるさい金属音をそれよりうるさい銅鑼でかき消し、工房から出てきた青年から【赤虎】とラウラの短剣を受け取った。

「いやー、この短剣、二年前とか、結構前に買ったものですよね? 大事に使ってくれてて嬉しいなあ。全体的にガタが来ていたので、勝手に素材を足して切れ味と耐久性を上げてしまったんですが、大丈夫ですか?」

「えっ? それは助かるけど……ありがとう」

「それと……ついでだと思ってエンチャント、しちゃったんですよね。《疾風》なんですけど。風を放出して斬撃や突きの、威力と速度を上げてくれます。使ってもらえますか?」

「ええっ? なんでそこまで?」

「いやー、本当にコレ、基礎を教わって売り物を打つようになって、すぐの物なんですよ。まだ現役で使われてると知れてうれしくなっちゃって。お代は最初に言った補修の分だけでいいので貰ってくれますか?」

「え、ええ~。嬉しいけど……、アーク、これは貰っていいのかな?」

「よかったじゃないか。厚意に甘えておけ」

「ありがとうございます! それから〈名付け〉なんですが、どんな名前がいいですか? 勿論無料でやりますよ!」

「ひ、ひぇー。……じゃ、じゃあエルクさんが付けてよ。思い入れのある短剣なんだよね? それにそっちの方が大切に使えそうだから……」

「え? ぼ、僕がですか? まいったなぁ……」

 困ったように頭をかくエルク青年。それから真剣な表情になって短剣を見つめる。

「そうですね……。……【白燕】でどうです?」

「【白燕】……」

 結局ラウラはテンパりながらも短剣を受け取り、俺達はお礼を言いながら〈洛星工房〉の扉をくぐった。エルク青年はにこやかに手を振って送り出してくれた。

「ひゃー、まさかこんなにこの短剣がグレードアップするなんて思わなかったよ……」

「よかったな」

 初めて会ったが、気持ちのいい青年だった。俺の腕を見ても大剣でいいんですか? とか聞いてこなかったしな。

「ところで今夜だが、明日の打ち合わせをしたいんだ。パーティを組むなら戦闘スタイルや使える魔法は勿論、アビリティもある程度把握しておきたいしな。どこかで個室を取って夕食を食べながら話をしたいんだが、それでいいか?」

「大丈夫」

「なら七時に〈眠れる小鹿亭〉に来てくれ。近くのレストランに予約を入れて、イクシアにも話をしておく」

「りょーかい。助けてくれた恩は明日絶対返すよ」

 ラウラと別れた後は〈眠れる小鹿亭〉周辺で見つけたレストランで予約をして、イクシアに打ち合わせの件を伝えた。

それからギルドの図書室に行った。以前に見た第一界魔物図鑑ではなく、スライム図鑑の方でフォレストスライムを探してみる。


フォレストスライム

 主な出現場所:第三界森林地域

 適正等級:ゴールドⅢ~ゴールドI

 体液は酸性であり繊維・鉱物・人体などが溶解の対象である。元の世界にある鉱物は現状全てが融解の対象、アナザー産は第三界で採れる灰銀以上であれば溶解することはない。体液は加工すると良質な低級ポーションとなり、値段と回復量のバランスがいいことから、ゴールドまでの多くの冒険者に好まれている。

 核は多くの場合地面から遠い頭部分にある。単体なら第三界の適正パーティであればそれほど苦労せず倒せるだろう。

 ただし、複数体が合体した場合、マウントスライムとなり適正ランクが大きく上がる。核と同じ数だけ分裂できるので、戦闘中の背後からの奇襲に注意すること。詳しくはマウントスライムを参照。


「私の潜在ランクはプラチナI、大丈夫だと思うわよ」

 〈眠れる小鹿亭〉の近くのレストラン、その個室で不安を口にした俺にイクシアは言った。不安の原因は夕方にスライム図鑑で見たフォレストスライムの適正ランクだ。

「ならパーティの平均ランクはゴールドⅡからIくらいか。適正……なのか?」

「本当はもう一人くらいいてもよかったかもしれないわね。でも時間がたつほど他の冒険者に見つかる可能性も高くなるんでしょ? 慎重に戦って、駄目そうなら撤退しましょう。命が一番大事だけど、お金も必要だものね」

「ある程度のリスクは飲むしかないか」

 そして話はお互いの能力の説明に移る。

「それじゃあ、私から説明させてもらうわね。私はレイピアでの刺突と氷魔法を使う中衛魔法剣士よ。凍らせる《フローズン》、氷尖礫を飛ばす《アイシクル》、氷の壁を生み出す《アイスエスクード》の三つと、それらの上位派生技をいくつか使えるわ。身体強化での物理戦闘にもそこそこ自信があるわよ。アビリティ……は申し訳ないけど、現状戦闘では役に立ちそうにないから言わないでおくわ」

「次は俺か? アビリティは無理に言わなくてもいいぞ。ラウラもな。まあ見ての通り左腕がないが、背中の大剣をメインウェポンにしている前衛物理アタッカーだ。脳筋でぶん回すだけ……かと思いきや、腕が二本あったときは痩せたガキで、短剣二刀流で敵の隙を伺う戦闘スタイルだったからか、意表を突いたり裏をかいたりという戦い方もできる。力で押せれば押すけどな。魔法は身体強化以外何も使えん。魔力量も少ない。が、循環型身体強化の出力は高いらしい。消費が激しいが魔力を放出しながら上段からぶった切る《獅子吼刃》とかが必殺技と言えなくもない。アビリティは……《あっち向いてほい》で効果は『指先に注意を集めてから上下左右のどちらかを指さすとそちらへ注意を向ける』だ。開示効果は今回は使えなさそうだし黙っておくか。通常効果はフォレストスライムにも有効だった。ただすでに何回かフォレストスライムに使っているから、もう効果が薄いかもしれない。じゃあ最後にラウラだ」

「は、はい。わたしは多分斥候? かな。基本ソロで、戦闘も得意じゃないから、隠密して採集していることが多いよ。陰魔法の音を消す《サイレント》、姿を半透明化させる《ハイド》、暗視の《ナイトヴィジョン》、それから明魔法で物や生物の名前がわかる《リビル》を使えるよ。一応身体強化と武器強化はできるけど、正直戦闘は余り期待しないでほしいかも……。マジックポーチを持っているから、荷物運びとかはできると思う。アビリティは……《奪う左手、与える右手》。左手から魔力を吸収して、右の手から与えるアビリティだよ。左手の吸収はゆっくりでしかできないけど、右手は一瞬で与えられる。だけど、溜めておける量も与えられる量もウチの魔力上限まで。ウチは魔力量が少ないこともあって、色々噛み合っていないアビリティかもね」

「午前中フォレストスライムスライムから逃げるときに俺に使ったか?」

「そう。あれが精一杯だよ」

 少ない方だと言われている俺の総魔力量の、たった三分の一程度がラウラの総魔力量なのか。

「最速で吸収したとして、ラウラの魔力が上限まで溜まるには何分必要だ?」

「五分くらいじゃないかな?」

 五分か。思ったよりは長いが、五分ごとに魔力を一瞬で三分の一回復できると考えれば悪い話じゃない。戦闘中は魔力ポーションは使いにくい。魔力を使用するとそこで回復が止まってしまうからな。循環型の身体強化でも止まってしまう。本来なら他の人間にタゲを持ってもらったりしなければできない魔力の回復を戦闘を続けながら一瞬でできるのか。魔力タンクとして動いてもらうか……?

「それって一度にどれくらい回復できるの?」

 イクシアから質問が飛んできた。似たことを考えているようだ。

「俺の魔力量の三分の一程度だ。俺の場合は大技を一発放てる」

「ふうん? 私の場合どのくらい回復するのか確かめておきたいわ。あとで宿屋の裏庭で確認しましょう」

 ここで試してみれば……と言いそうになったが、確かにここでイクシアの魔力を減らすために氷魔法をぶっ放すのは店の迷惑になること間違いない。身体強化とかで消費するよりは〈眠れる小鹿亭〉の裏庭で氷魔法を使ってくれた方が、イクシアの魔法の確認にもなる。

「それで、どうやってフォレストスライムを倒すの? 算段はついてる?」

「俺が敵の頭上まで体表を駆け上って、最大威力の《獅子吼刃》をぶち込む。その間可能な限り反対側で敵の注意を引いてほしい」

「いいわ。ただもしあなたにヘイトがいった場合は、私も攻撃に参加するわよ。反対側から敵の核を狙うわ」

「それでいい。ラウラは体液の上を歩けるのか?」

「うん、前回は油断して素のままべちゃっといっちゃったけど、その程度の身体強化はできる(はずだ)よ」

「なんかもごもごしてるけど本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫!」

 イクシアの心配に対してラウラは元気よく(?)答えた。

「じゃあ《ハイド》で隠れつつ、状況を見てアイテムを使ったり、《与える右手》を使ったりしてくれ。《ハイド》しながら《奪う左手、与える右手》は使えるのか?」

「それは大丈夫。それにどうせちまちました吸収だから、吸われてるのに気がつかれることもないと思うよ」

「なるべく魔力を満タンに保っておいてくれ。それと与えるときも全部は与えるなよ。魔力欠乏症を起こさないようにな」

「了解」

他に話しておかなければいけないことを考える。ええと……。

「報酬の分配があったか。三等分でいいか?」

「私はいいわよ」

「わたしもそれで大丈夫。運ぶのが大変だろうから、収納アイテムを持った運送屋の手配をしておくね」

「そんなのがあるのか」

 それからは黙々と夕食をとった。ラウラは「今日はこんなに良い食事を二回も……」と言っていた。本当に普段何を食べているんだ? イクシアもアナザー由来の食事はあまりしたことがないのか、「本当においしいわよね。家のシェフにこの素材で何か作らせてみたいわ……」と言いながら、上品な仕草でナイフとフォークをひらひらと操り、口に運んでは頬を緩めていた。

〈眠れる小鹿亭〉に戻ってきてから、裏庭で、イクシアの使える魔法や《奪う左手、与える右手》のイクシアの場合の回復量を確認する。イクシアは総魔力量のおよそ十五パーセントを回復できたと言った。

「中級魔法一発分くらいかしらね。それにしても本当に少ないのね」

「そうなの……昔はもっとあったんだけど……」

「ん? ちょっと後の方が聞こえなかったわ」

「いや、なんでもないよ」

 時折ラウラの元気がなくなるのが気になるが、さりとて出会ったばかりの人のプライベートに深く踏み込めるほどの勇気もない。

 ……いや、不安点はなるべく除いておいた方がいい。それが集団の戦闘でうまくやるコツだ。話しかけるのはタダだし、必要な時に話しかけないのは怠惰だ。

「何か心配事でもあるのか? 臨時とはいえ一応パーティメンバーなんだし、話は聞くぞ」

「いや、二人には全く関係ない話だから。明日の討伐には影響しないし、大丈夫」

 ……まあここまではっきり拒絶されてしまうとどうしようもない。

「わかった。まあ、討伐が終わった後でも話したくなったらいつでもいいぞ。俺としては継続してパーティを組んでいきたいしな」

「……そうなの? わたしとも?」

「あれ、言ってなかったか?」

「初めて聞いたよ」

「そっか。ラウラがよければ今後も継続してパーティを組もうぜ。色々この街のことを教えてもらいたいし、斥候は必要だからな。ラウラにしても採取効率が良くなるんじゃないか? 俺が戦闘をすれば魔物素材も手に入るようになるし」

 ラウラは驚いた眼で俺を見てしばらく固まった後、泣き笑いのような表情になった。

「ふふ、考えておく」

 翌朝、俺は裏庭で素振りをしていた。流石に今日の朝鍛錬は軽めにするが、やらないと調子が悪くなるので、どんなに大事な日にも欠かすことはない。

「あら、本当にやってるわね」

 少し眠そうにしながら姿を現したのは上下スウェットのイクシアだ。

「本当に来たのか……って、スウェットにしたのか」

「さすがにネグリジェで部屋の外に出るわけにはいかないでしょ。それに探索用の装備も早い感じがするし。ルミエールに来て初めてスウェットって着たけど、結構気持ちいいし、動きやすいし、なかなかいいわね。宿の外には出たくないけど」

「探索しない日に外に出るときはどうしてるんだ?」

「探索用装備で出てるわよ。節約してるの」

「そうか」

 俺はまた素振りに戻る。話は続けたいのはやまやまだが、鍛錬を怠るわけにもいかない。

「私もやろうかと思ったけど……大事な日にいきなりルーティンを変えるのもね」

「それもっ、そうっ、だなっ」

「…………」

 無言の視線から謎の圧力を感じる。いったん素振りを止めて、ベンチに座っていたイクシアの頭を撫でてから、耳元で囁いた。

「××××」

冗談はやめてよ、と言いつつ途端に機嫌の良くなったイクシアは「じゃあ私も準備するわね」と自室へ戻っていった。

 朝の鍛錬を軽めで切り上げた俺は自室で探索用装備を身につけると、イクシアを呼びにいった。イクシアは準備万端で待ち構えており、すぐに二人で一階の酒場兼食堂に降りた。すでにラウラは来ていて、一番安い定食を頼んでいた。

「おはようにゃー、今日は頑張ろうにゃ」

「おはよう。とりあえずライスもう一杯食わせるからな」

「にゃ? そんなにいらにゃいにゃ。お金がもったいないにゃ」

「うるせぇ、食え」

 一番安いのはライスの量もおかずの量も少なめだ。いつもより動いてもらわないといけないのにそれでは困る。

「いつもより頑張ろうと思って奮発して定食にしたのににゃ……」

マジで普段何食べてるんだ? そんなに金がないのか。フォレストスライムの討伐は本当に成功させないとな。詳しく事情を聞きたいけど、それも討伐を終わらせた後の方がいいだろう。本人が何も言うつもりがないのならエマに訊こう。エマなら知っているはずだ。

いくつかおかずをラウラの皿に移しながら俺とイクシアも食べ終わる。

「よし……いくぞ」

「ええ」

「絶対狩るにゃ!」

 緊張なんかしないものと思っていたが、〈眠れる小鹿亭〉の扉を開けてルミエールの街に出ると心臓の鼓動が速くなり始めた。戦争開始前でもこんなことはなかったのにな……と思いながら大通りに出る。明るい日の光がさしてラウラの青ざめた顔色が見えた。イクシアは堂々としたもので、目が合うとにっこり笑い返してくる。

「ところで、昨日、昔は痩せてたから短剣二刀流だったって言ってたけど、腕を失ったとはいえ、どうして大剣にしようと思ったの? だってほら、別に短剣のままでも戦えるじゃない」

「効率が悪いんだ。腕を失ってからは敵一人倒すのにかかる時間が四倍に増えた。敵は俺の右腕にだけ注意を払っていればいいわけだからな。大剣なら一撃目でガードを崩して二撃目でぶった切れる。それに馬に乗った相手にも有効だからな。なんで今、そんな話を?」

「いえ、黙って歩いてても緊張するだけだし、話でもどうかなって思って」

「そうか。……イクシアは戦場には出たことあるのか?」

「私はないわね。エーデルガルド領って魔物領と隣接してるじゃない? それで武力的には充実してるから手を出してくる所がないのよ」

「この国は王様の権力が弱くて領主同士で争っている……んだったか?」

「ウチは魔物の侵攻を食い止めるだけで手一杯だし、それが十分な財源になってるからいいんだけど、他の領では財源として鉱山とか街の支配権とかを巡って争っているわね。王様って言っても数いる領主の中の最有力者っていうだけで、そこまで強制力がないのよね」

「難しい話はよく分からんが」

 雑談しながら歩いていると〈ゲートフォート〉に着く頃にはかなり緊張がほぐれていた。しかしラウラは変わらず顔色が悪い。

「ラウラ、大丈夫か? 食いすぎか?」

「太りそうで怖くて……って違う。初めての大物狩りに緊張してるのかも」

「それで動きが悪くなったら意味ないからな。尻尾握ってやろうか? 緊張がほぐれるかもしれないぞ?」

「それは絶対ダメ!」

 ラウラとも軽口を叩きながら〈ゲート〉へ向かう。多くの冒険者達の後に続いて、俺達も〈ゲート〉をくぐった。早速列を外れてウーズスライムの生息域へ向かう。

「お? この前の片腕じゃん」

「おやおやおや? 両手に花……もとい片腕に二輪の花ってかぁ?」

「てめーじゃ手に余るだろ、一人よこせや」

「一人でも勿体ねぇぜ、まとめて俺らの女にしてやるよ!」

 派手な格好をした昨日のクソガキパーティがまた絡んできた。クソガキと言ってもおそらく二十は超えているだろうが、メンタルがキッズなのでクソガキで間違ってない。

「ほらほら姉ちゃん、黙ってないでさ~、こんな腕なしより俺らと一緒に探索しようよ。絶対稼げるし、色々教えてあげちゃうよ~」

「片腕じゃァあっちもうまくやれないでしょ。その点俺らはすごいぜぇ~!」

 何を言ってもニコニコしながら一団を見ているイクシアに苛立ちを覚えたのか、パーティの中の一人が「おら、なんとか言えよ」とイクシアの腕をつかんだ。

 瞬間、イクシアの身体が機敏に動き、男をぶん投げた……十メートルほど。クソガキパーティ全員と、そして俺とラウラも驚愕しながらイクシアを見る中、ぶん投げた当人は

「ざっこ」

 とため息をついていた。

「言っておくけどアークは……私が本気でもがいてもびくともしなかったからね」

 そして笑顔の上目遣いで俺を見る。クソガキパーティは憤怒の表情で俺を見る。おいおい、ぶん投げたのはイクシアじゃねーか……みたいな童貞臭い感想は抱かない。そこで俺に憎しみを飛ばすようだから、クソガキなんだよ。

 そんな俺の感情が顔に出ていたのか、

「て、てめぇ……、馬鹿にしたような目で見やがって……」

 クソガキは左腕の袖をまくり上げ、上腕に彫られた刻印を見せた。

「俺達はキングゥルファミリーの一員だぞ? コケにしてタダで済むと思ってんのか? アァン?」

 怒声を響かせて凄むクソガキだが、あいにく俺は来たばかりでキングゥルファミリーについては何も知らない。見せられた刻印はイニシャルのKをゴシック風にあしらったものだが、刻印にも見覚えはない。

「知ってるか?」

 と左側にいるラウラに尋ねる。

「知っ……てる。この都市を本拠としてるマフィアで、麻薬、人身売買、賭博、窃盗、何でもやる。冒険者ギルドや大商店、この都市、そしてこの国の政治の一部にも根を張っているっていう噂もある……」

「そして組員は身体のどこかにファミリーの刻印を刻んでいる。あと、最近は未成年に〈偽成の儀〉を受けさせて、本来は成人の儀で受け取れるアビリティを無理やり発現させ、自分たちの活動の為に使い潰したりしているそうね」

 そう、右側から声がしたのでイクシアの方を振り向く。イクシアはなぜかラウラの方を凝視していた。

「〈偽成の儀〉を受けるとアビリティは発現するけど、その代わり多くの代償を払わなければいけないそうね。魔法の才が完全に失われる、片足が麻痺して不随になる、そして魔力が……」

「あー、なるほどな。まあ、とにかくやばい奴らってことだ」

 大体わかったので俺はイクシアの話を遮る。そしてキングゥルファミリーの一員だとかいうクソガキどもに向き直る。

「で? だからどうだってんだ?」

 特に意識しているつもりはないが、何かを感じ取ったらしいクソガキどもが一歩後ずさる。そしてそのことに気が付いて恥ずかしくなったのか逆に一歩踏み出して食って掛かってきた。

「は、上の奴に言えばお前もそこの女どもも」

 が、俺はそのダサい台詞は最後まで言わせなかった。茶色にジャラジャラと実用性のないアクセサリーを付けたクソガキが宙を飛ぶ。十五メテルほど先で落下し、何回か弾んで動かなくなった。

「俺はシンプルな男だ、と自分では思ってる。そんなに頭もよくないしな」

 残ったクソガキ三人に諭すように言う。

「だから、俺の女達に手を出す奴はぶっ飛ばす」

 怒りが抑えきれずに魔力となって漏れ出る。

「わかったか?」

 クソガキ三人はコクコクコクとそういう玩具か何かのように頷く。

「わかったらそこの二人を連れてさっさと街に戻れ。そして二度と俺の前に現れるな」

 かさかさとゴキブリかなにかという速度で、伸びている二人を背負って〈ゲート〉に入って行くクソガキども。

 いつの間にか遠巻きに見ていた冒険者たちが「おおーっ」と拍手をしていた。ぴゅーぴゅーと口笛を吹く者もいる。なんなんだ? イクシアがぼそっと呟く。

「俺の女……」

 あー、これは流石にハズイ。勢い余って言ってしまったが。

「よーし、さっさと行くぞー」

 足がもつれそうになりながらも周り右をしてスライム生息域へ向かう。背中にイクシア、ラウラ、そして野次馬どもの視線を感じる。

「根性なしー」

 という野次が聞こえた気がしたがしょうがない。甘い展開は苦手なんだ。

 試しの森のスライム生息域に入り、ウーズスライムを斬り飛ばしながら歩いているうちに、イクシアは気持ちを立て直したらしい。何も起きていなかったかのような顔をしてウーズスライムの核を突き始めた。まあよく見ればまだかすかに顔が赤いが……。

「ねぇ、俺の女達ってどういう意味? イクシアはともかく、私もアークの女なの?」

 少し目じりを釣り上げてそう聞いてきたのは、白毛の猫獣人のラウラだ。

「いや、あそこはああ言うしかないだろ。不快になったんなら悪かったな」

「い、いや、不快というか、その辺はよくわからないんだけど、まあ、とにかく庇ってくれてありがとう」

 吊り上がっていた目尻がやや緩和される。

「嫌だったか?」

「い、いや、その辺はよくわからないんだけど」

「俺にとっては重要なことなんだ。嫌だったのか?」

 ぐいぐいいく俺に対してラウラは少し顔を赤くする。正直この距離の詰め方はコイントスと変わらない。

「はっきり言ってくれ」

「す、少なくともそんなことを聞いてくるのは、嫌い!」

 よし、表だ。

「まあ、冗談だ。気にするな。それよりそろそろ集中しろ。フォレストスライム討伐を始めるぞ」

 フォレストスライムの裾野を見つけ、俺達は立ち止まる。ここで裾野が見えているということは、木々が開けた広場から動いていないとみていいだろう。

「俺はぐるっと回ってフォレストスライムがいる広場の反対側に回る。十分後にイクシアのタイミングで始めてくれ。それからは昨日も言った通り、状況を見ながらどちらかがあの山のようなフォレストスライムを駆け上り、頭部の核を破壊する。ラウラは状況を見ながら双方を援護する。異論があるやつはいるか?」

「ないわ」

「ないよ」

「よし、じゃあ軽く〆ておくか」

 俺は戦場でやっていたように檄を飛ばす。いつも言っていたことを頭の中で今回用にアレンジする。……こんな感じか?

「いいか! 俺達はあのクソデカいスライムを狩るために来た! 俺達の前に敗北は存在しない! 俺達は当たり前にあいつを狩る! 俺達にとって重要なのは、どれくらい小規模な被害で、どれくらい速く、あいつを狩るか、それだけだ! いいか!」

 そこで二人の顔を見る。突然の大声に戸惑っている二人は曖昧に頷く。

「そしてあのクソスライムの頭の上で、三人で会う! いくぞ!」

 そして二人の背中を順番にバンッと叩く。二人しかいないからできる。傭兵団を相手にしているときはこうはいかない。

「いった~、でも気合入ったわ」

「なんか、お腹の中に火がともった感じ!」

「何が起こるかわからない。油断するなよ」

 そう言い残し俺は走り去る。フォレストスライムの薄く広がる体液を避けて、大回りして広場の反対側へ向かう。

「やけに広がっているな……昨日から更にデカくなったのか?」 

 俺は体液に触れないように走り、広場の対角だろうという場所に到着し、潜伏する。ここからだとスライム本体は見えない。

 別れてから十分が経った。

「ヤァァァァアアアアアア!」

 遠くから気合の入ったイクシアの叫び声が聞こえる。俺に始めたことを伝えるため……そしてフォレストスライムの注意を引くためだろう。

 俺は問題なくスライム体液の上を移動できるよう、足だけを薄く身体強化し、魔力で覆った。

 ぱちゃり、ぱちゃり、ぱちゃり

 気が付かれないように、なるべく静かに、しかし迅速に走る。十秒ほどで森を抜け、広場に入った。フォレストスライムの高さ三十メテルにもなる中央部分のせいで反対側のイクシアは見えない。ラウラはハイドしているだろう。

 森を抜け、今度は十秒かからず中央部分に辿り着く。ここまでは緩やかな傾斜だったが、急激に勾配が厳しくなり、核のある頭付近ではほとんど地面と直角になる。

 中央部分に足を踏み入れた瞬間、フォレストスライムの意識が俺に向いたのがわかった。目の前で次々と触手が盛り上がり、俺を取り込まんとする。次に踏む足を捕まえようと少し先の体液が蠢く。

「《身体強化》」

 しかし俺は走りながら、次の一歩を踏み出す間の一瞬で全身に魔力を込め、俺の出せる最大出力の循環型身体強化を発動した。大剣【赤虎】にも魔力を循環させ、エンチャント《赤熱》が発動する。刀身が赤く染まった。

 俺の足を捉えようと蠢いていたスライム体液を踏み砕く。行く手を遮る触手を躱しながら、時に斬り飛ばしながら、フォレストスライムの身体を駆け上がる。《赤熱》のおかげで、昨日のように魔力を消費しなくても、十分に触手を斬ることができた。

 中央部分を半ば過ぎまで駆け上がったとき、フォレストスライムが身震いしたかと思うと上方の身体が盛り上がり、津波のようになって押し寄せてきた。上下左右に躱すことも、今のままでは斬り飛ばすことも不可能——

「うおぉぉぉおおおらぁ!」

 俺は身体強化を消費型に切り替え、大剣【赤虎】にも一層魔力を注ぎ込む。その結果大剣【赤虎】の刀身はより熱く強化され、赤から白へと色を変えた。その白熱した大剣を下から上へ、逆真っ向斬りで振り抜き、目の前に迫る津波に活路を開く。

 そしてその身体強化を維持したまま、少し走り、勾配が殆ど垂直になったところで大きく跳躍する——フォレストスライムの核の真横まで。

 上段に構え、目の前のゼリー状の体液の奥、およそ五メテルの場所に、直径一メテルほどの巨大な核に狙いを定める。しかし、《獅子吼刃》を発動しようとする一瞬の間に、その核が、もぞ、と僅かに広がったように見えた。

(核が大きくなった?) 

 俺は目に魔力を集め、強化された視力で核を見る。それはいまや直径三センチほどの、小さな核の集合体になっていた。隙間ができたことで広がったように見えたのだ。

 ぞく、と背筋が凍り、真冬の海に叩きこまれたように体温が下がる。

(不味い!)

 俺はとっさに構えを変える。上段から、中段で腕を引いた突きの構えに。

 そしてその一瞬の間にフォレストスライムの触手が俺の太ももを叩く。体勢を崩されながらも身体を捻り、大剣【赤虎】を突き出しながら魔力を開放する。発動するのは、俺の総魔力、その半分を使った魔技——

「《虎咆ッッ!》」

 大剣【赤虎】の突き出しに合わせて、直径一・五メテルほどの魔力の奔流が、フォレストスライムの核を襲う。しかし体勢を崩されたせいで、その咆哮は核の三分の二を抉り取るにとどまった。

 普通なら、これで十分なはずだった。ウーズスライムも、三層に現れるフォレストスライムも、核を大きく損傷させればそれで倒せるはずだった。その予定だった。

 しかし、図鑑にはあった。

『三層のフォレストスライムが合体したマウントスライムは、合体した数まで核を分裂させる』

 ならば、一層のウーズスライムが合体したフォレストスライムは——?

 その答えが今、目の前にある。

 うぞうぞと蠢く、無数の核。三分の二に削れたとはいえ、まだ十分な数を保っている。この三層のフォレストスライムは違い、分裂可能なのだ。合体したウーズスライムの数まで。

 それを直観した俺は放とうとしていた魔技を《獅子吼刃》から《虎咆》へと変えた。《獅子吼刃》は基本的に魔力で斬撃を延長させる技なので、地面にぶつけでもしない限り一定範囲のものを消し飛ばすことはできないのだ。

 しかし、そのために構えを変えた一瞬で体勢を崩され、《虎咆》はうまく当たらなかった。

「クソッ」

 虎咆の反動で後ろ側に吹き飛びながら落下する俺の目の前で、うぞうぞと核は再び一つに集まり始める。

(分裂して広く散った方が倒しにくいはずだが、そこまでの知能はないのか……?)

 落下しながら身体強化を再び循環型に戻した俺は、空中で躱せない俺を狙った触手を斬り飛ばしながら着地する。

 着地した場所は俺が突入した真南から大きく東にずれていて、中央部分の麓で触手を凍らせてから砕いているイクシアが見えた。

「まだいけるか!」

 俺は大声でイクシアに訊ねる。

「これっ、芯まで凍らせないと意味ないのがしんどいわねっ」

 スライムなので触手の表面だけ凍らせたとところで止まらない。そしてその二つは消費魔力が大きく違う。

「でも大丈夫よ! それに、見て! 後ろのスライム体液はほとんどが死んだわ! 残るは中央部分だけ! もう一度核を攻撃すれば倒せるわ!」

 俺は目に魔力を集め、後ろの広く裾野として広がっている部分の体液を見る。裾野の大部分の魔力の様子は、それらがすでに素材になっていることを示していた。

「よし」

 再び一つになった核を確認し、どうやってあそこまでまた辿り着くか、算段を立て始めようとしたとき——

 俺の背後でぐん、と魔力が膨れ上がった。

「あ、あ……」

 イクシアが呆然と俺の背後を見上げている。そしてその視線は上へ上へと昇っていく。

 俺はほとんど確信に近い予感をもちながら……後ろを振り返った。

「……やっぱりかよ」

 そこには暗く濁った茶色のスライムが、三十メテル以上ある巨大な木々の頂を越えて、膨れ上がりながら森から出てきていた。わずかな時間で四十メテルを越えるところまで膨張したそれは、森から完全に姿を現した。

 ——マウントスライム。第三界のレアモンスター、そして——

「適正ランク、ミスリルⅢ……」

 俺はイクシアを振り返る。そしてどこかにいるであろうラウラにも聞こえるように言う。

「おい、撤退だ! 全速力で来た道を戻れ!」

「そ、そうはいかないんですよぉ~」

 俺達がいる広場の北側、ゲートの方向から、その場に相応しからぬ、幼い、頑張って出しているような、気の弱そうな声が響く。

 そして徐々に広場に東側にいるのと同じマウントスライムが姿を現した。しかし東側にいる個体とは違い、こちらは高さ三十メテルほどだ。そして最大の違いは、その頂上、核の真上の辺りに一人の少女が、下半身をスライムに埋めて、乗っていることだった。

「キングゥルファミリー第十四席、〈色惑のネズ〉です。な、なんでこんな時に来るんですかぁ~。ネズだってやりたくないけど、見られた以上、殺すしかないんですぅ」

「くそ……」

 核が三分の一になったフォレストスライムはずりずりと東のマウントスライムに向かって近づいていく。合体するつもりだ。

「させるかよっ……」

 これ以上状況を悪くするわけにはいかない、せめてあれだけでも、今倒す。身体強化の出力を上げ、かなり低くなったフォレストスライムの身体を駆け上がる。

「うおぉぉぉおっ」

 フォレストスライムの頭上に飛び上がり、大剣【赤虎】を上段に構えたとき、ガツッと大剣【赤虎】と握っている俺の手を、まとめて横から叩く硬い感触がした。

「ぐ……」

 【赤虎】が俺の手を離れるのを感じながら振り向くと、マウントスライムの方から伸びた触手の先端が、まるで鉱物のように光沢を放っているのが見えた。

「《硬化》か……?」

 俺の身体は跳んだ勢いのままフォレストスライムの上へと向かっている。小さくなったこともあり、今の核は表面の二メテルほど奥にある。

「せめてこいつだけは……」

 右腕に残存魔力の半分を集める。魔技ともいえないただの身体強化に任せた拳打。それをスライムの頭に着地すると同時に叩きこむ。スライム溶液が飛び散り、一メテルほどの穴が生まれる。すかさず叩き込んだ二撃目で核を露出させる。核が危ないことを感じ取ったのか、再び数十個の小さな核に分裂し、拡がり始めた。

「うおおおおっ」

 しかし、気合と共に何度も振り下ろす俺の強化された拳は、全ての核を逃さず消滅させる。身体を制御していた中枢を失い、だらだらと溶けていくフォレストスライム。その体液の中で、俺は微かに絶望していた。残り魔力は二割を切った。この魔力量でマウントスライム二体を倒して生還することができるか……?

 俺の背中に触れる手の感触、そして魔力が四割ほどにまで回復する。

「……ラウラか、助かるぜ」

 俺は落下しながら首だけを捻り、《ハイド》のせいで半透明になっているラウラに呟く。ラウラは魔力枯渇が近いのか少し青ざめた顔で微笑み、また離れていった。

一方、色欲のネズとやらは嘆いていた。

「あぁ~、あんなに毎日頑張ってウーズスライムを〈獣魔誘印〉で集めて作ったフォレちゃんがぁ~。」

いよいよ不味くなってきたな……と思う俺の視界に映りこんだ一本の大剣があった。俺がこの広場に置き去りにしてしまった、親友の大剣が、数メテル先に横たわっている。

 フォレストスライムが溶かそうとして移動したのか、昨日俺が地面に突き刺した場所とはかなり離れている。しかし……

「まるで溶けていない?」

 【赤虎】は遠くまで弾かれてしまったので、取りに行っている余裕はないだろう。親友からもらった大剣の柄を手に取り、スライム体の中から引き抜く。全ての刀身があらわになっても、まったく腐食している部分はなかった。

「本当にいい剣だ……助かるよ」

 さて、……どうするか。正直、俺一人なら、なんのしがらみもないのなら、ここで終わってもよかった。死んで、あの世にいるホムラに会いに行くのに、なんの未練もない。

しかし、イクシアとラウラがいるならそうもいかない。俺が人間としてちゃんとしないこと……それは俺を今まで支えてくれた

 俺はその大剣を構えて東のマウちゃんに向き直る。

「イクシア! 二人が相手できついと思うが耐えてくれ! こいつを倒したら、加勢に行くから!」

「あら? ありがとう……ね」

 そう答えるイクシアの声音には絶望の響きが含まれている。しかし諦めるわけにもいかない。俺だけならここで果てるのも悪くないかもしれないが、イクシアを巻き込むわけにはいかない。

「いくぞ」

 俺は無骨な、炭のように黒い刀身の大剣を構え、この大剣をくれた、生涯の親友のことを想った。そして絶望的な敵に立ち向かうことを思った。

「力を貸してくれ……【ホムラ】」

 思わず親友に祈った瞬間、奇跡が起こった。

 最初に感じたのは頬を撫でる熱気だ。そして次の瞬間それは爆発的なまでに膨れ上がり、文字通り周囲を焦がし始めた。

 柄を握る俺の手も例外ではない。あまりの熱さに俺は思わず解いていた身体強化を発動する。

 謎の熱波を放っているのは俺の正面にある親友から貰った大剣だった。炭のように黒かった大剣に白い筋や斑点が浮かび上がり、徐々に太く、大きくなる。それと同時に放たれる熱波もどんどん高温になっていく。

「な、なんなの……? 怖い……」

 ネズのぼやきを拾いながら、俺は考える。この感覚は……。

『やっと私の名前を呼んでくれたね』

 目の前に宙に浮かんだ半透明の女性が現れる。聞き間違えるわけも、見間違えるわけもない。

「ホムラ……?」

『やあやあ、久しぶり』

 俺は地面に刺さったままの大剣から手を放し、空中に浮かぶ俺が斬り殺したはずの親友——ホムラを掻き抱こうとする。

『こらこら、今はそんな場合じゃないでしょ』

 ホムラは幽体のままその腕をすり抜ける。そして胸の前で指先を合わせて、あっけらかんと笑う。

『まぁー、君がそこまで私のことを想ってくれているのは嬉しいけど』

 俺は思わず一番言いたかったことが口を突いて出る。

「お……、俺はお前を守りたかった。そう約束もした。それなのに……」

『気にしないで、悪かったのは私だから。ちょっと嫌なことがあっておかしくなってて……、君の手にかかって死ねたらなぁ、なんて。君にどれだけの負担をかけることになるのか、少し考えたらわかりそうなものなのにね』

 ホムラはそういうと少し考えて俺の頭を抱いて、胸に押し付けるようにする。少しして、やや寂しそうに離れたホムラは言った。

『さあさあ、今は私じゃなくて、あの子たちを守らなきゃいけないんだから。戦いのことを考えよう。これが終わってから、謝りあおう。ね?』

「わがっだ」

 そう言いながらも、俺は涙を止められなかった。いい年をしてガキのように泣いていた。そんな俺の頭を仕方がないなあ、という風にホムラは撫でる。

『こらこら、本当に男の子みたいなんだから……』

 そして俺の両頬に手を当てて大声で言う。

『後でいっぱい話そう。ね? 今はここを切り抜けることだけを考えよう。いい?』

 俺は右腕で目から涙をこすり取る。そしてその気持ちを切り替えた顔を見たホムラが『よし』と言う。

『さあさあ、詳しいことはあとにして、端的に言うよ。もうすぐこの大剣の熱は君の循環型身体強化でも耐えきれないものになる。今の君なら……おおよそ一分。それが君がこの大剣を振れる残り時間かな』

「十分だ」

 俺は純白に近づきつつある大剣の柄を握る。そして広場の東側にいるマウントスライムに向けて駆け出した。まだ大剣の熱量は循環型で耐えられる程度だが、数十秒もしないうちに消費型に切り替えなければいけなくなるだろう。

 すぐにマウントスライムから伸ばされた触手が幾本も俺を襲う。先端は黒く硬く変化し、圧倒的な速度と質量を持って突っ込んでくる。

『左二、右三、上回って後ろから一』

 俺と一緒に浮遊したまま移動しているホムラが告げる。俺はその言葉を信じ、微かに目に映っただけのそれらを時に躱し、時に斬り捨てながら前に進む。

 土煙が俺の後ろで巻き起こり、地面が抉れ、硬質化したスライム体の破片が飛び散る。

『あの触手に乗れば、一気に近づける!』

 ホムラが指さす方を見てみればかなり高い位置から出た触手が俺を潰そうと迫ってきていた。ジャンプで躱し、そのまま伝って駆け上がる。

 半ばまで来た時、頂上付近に見えていた核に変化が現れた。二つに分かれ、そのままその二つが無数の小さい核に分かれる。そして全身へと散っていく。

「っ……!」

 俺はネズの方を振り返る。ネズの瞳は赤く変色し、マウントスライムの方に片腕を伸ばしていた。

『不味いね。これ全部は残り四十秒以内には倒せなさそう』

 頂上付近から別の触手が数本伸びてくる。その中は小さな核が複数見えた。そしてそれらは今までのような直線や単純な円弧のような軌道ではなく、縦横無尽に複雑に折れ曲がりながら、さらには何本かに枝分かれしながら俺に迫ってきた。

 大剣でさばく直前の枝分かれや方向転換に、俺は対応しきれず何発かを身体にくらう。俺が登ろうとしていた触手が根元から切れ落ち、俺は再び地面へと戻される。

「く……そ……、もう一回……!」

 駆け出そうとする俺の視界が、青白く染まる。そして頭の上の方から声がした。

『こーらこらこら。冒険者たるもの、臨機応変に対応することが大事でしょ』

 少し顔を引いて視線を上げるとホムラの得意そうな笑顔、そして目の前にはそれなりにボリュームのあるホムラの胸があった。

『このままこいつを狙うんならこうだぞ~』

 そしてまた青白く染まる視界。

 俺は鼻の中に広がる液体を感じながら身体を真逆の方へ向け、地面を蹴った。

「別の、言い方が、あっただろ!」

 ネズの乗ったマウントスライムへ走りながら俺はふわふわと並走するホムラに言う。

『あれが一番早いんだもん』

「クソが……」

 こんな時だというのに、口からこぼれる悪口に心地よさを感じてしまう。

 後ろをちらりと見るとさっきのような枝分かれする触手が何本も俺の背中を折ってきている。あれを相手にしている時間はない。足を止めたら終わりだ。

 すでに大剣はほとんど真っ白になり、熱波は循環型では耐えきれないほどに強力になっている。すぐに終わらせることを決意しながら、消費型に切り替える。この調子であればもって二十秒だ。

 俺が走る先に、同じく枝分かれする触手を相手に、何とか猛攻をしのいでいるイクシアが見えた。

「イクシア! テイマーをやる! 道を作れ!」

 イクシアはその声にこちらを見て、にっと笑った。イクシアがレイピアを振ると彼女の前にひときわ大きな氷壁が立ち上がり、触手の突撃を防ぐ。すぐに割れてしまいそうだが、そのわずかな時間に、彼女はその優美な意匠で彩られたレイピアを胸の前で垂直に構え、その『銘』を呼んだ。

「我らが血を啜りし氷蛇の牙よ、我が力に屈従せよ。【凍蛇涙】」

 途端にレイピアから湧き上がる圧倒的な『力』、そして冷気。イクシアはやや苦しそうな顔をしながら切っ先を氷壁に向けて構える。

次の瞬間、氷壁が割られ、硬質化した黒い触手の先端がイクシアを襲おうとした。

「〈氷砕覇槍〉ッ!」

 イクシアが目で追えぬ速さでレイピアを振る。それと同時にレイピアの振るわれた先にある触手が、全て凍ると同時に無数の氷片へと砕かれた。大きな円形の空洞のような空間に氷の粉が舞う。まるで巨大な蛇が通った跡のような空間は、マウントスライムの前面を大きく抉り、ネズの目の前を抜けていた。そしてその中に存在する全てを破砕し、周囲に合ったものを全て凍らせていた。

「あ、あぶなぁ~い! マウちゃん、もう一度触手を、あ、あれ?」

 今まで触手を出していた全面部分はかなり深くまで凍ってしまっている。横側からなら出せたが、その判断が遅れた一瞬のうちに、アークはイクシアの元に辿り着いていた。

「乗って!」

 イクシアが地面から出した氷壁に乗る。

「それ!」

 わずかな間に溶け始めていた氷壁だが瞬間的に地面から伸び、アークを空中へと打ち出す。アークもそれに合わせて足に魔力を集めて氷壁を蹴ることで、一息にネズの頭上まで飛び上がった。

 そして落下に合わせてネズの頭上から純白に染まった灼熱の大剣を振り下ろす。

「げ、げぇ! 〈触手〉!〈超硬化〉ぁ!」

 瞬間、凍っていないネズの横や後ろから触手が伸びてくる。先ほどと比べてより金属質になった触手を次々と溶断しながら振り下ろされる大剣。最後ネズのすぐ両側から伸びた触手に〈超硬化〉とネズ自身の魔力による強化が加わり、ぎりぎりで押しとどまった。

「うおおおおっ」

 しかしアークは身体強化の出力を上げる。大剣の熱量も上昇し続け、ゆっくりと強化された触手も溶断し、ネズに近づいていく。

 ネズは息を荒らげる。

「はっ、はっ、はっ、ってあれぇ~?」

 しかし、何かに気付いたのかその幼い顔いっぱいに笑みを浮かべた。

「おにーさん、頭悪いんだねっ」

 ネズはそう言ってひらひらとした上衣の裾をまくり上げる。露わになった腹には、キングゥルファミリーの物とは別の、何か複雑な紋様が描かれていた。

「私のアビリティは〈獣魔誘印〉。これくらいの距離でこの紋様を見せた獣とか魔物とかを操るの。……まあちゃんと指示出さないと私が襲われるんだけど……」

 何かつぶやいたネズは続ける。

「そしてその開示効果は……誘惑の効果を知能の低い人間まで広げる。おにーさん、ぎりぎり頭足りてないね。お馬鹿さん♡」

 ネズの腹の印から魔力が放たれ、俺の頭に入って来る。

「ちっ、めんどくせぇっ」

『駄目だよアーク! 私というものがありながら!』

 ホムラを無視して身体強化の出力を上げる。完全に誘惑を食らうまで残り数秒。それまでに刃を届かせようと、魔力の消費量を増やし、硬化した触手を溶断するスピードを上げていく。しかしわずかに間に合わない。

「頑張れっ♡ 頑張れっ♡ 負けるな♡」

 煽って来るネズに腹が立つ。しかし刃は届かないうちに、頭に入ってきた魔力が仕事を終えようとする。

 ……あ、れ……なんでおれはネズ様に向かって剣を……い、いや、こいつは敵……

「ばぁ~か♡ ざぁ~こ♡」

 な、なんて魅力的な……俺はなんて間違いを……

 力が抜けようとする。

「はい、負けちゃった~♡」

「まだ! です!」

 頭の後ろに誰かの手が触れる。するとゆっくりと頭が晴れていく。まるで誰かが脳内の魔力を吸い取っているかのよう……。

「ラウラ!」

 俺は覚醒する。肩をつかむ小さな手、背中に乗るのは感じたことのある肉体の重み、後頭部に添えられた小さな、しかし頼もしい手。

「〈奪う左手〉っ!」

 頭の中のネズの魔力はゆっくりと吸い取られていく。その量は実に少しずつだが、流れを乱され、効果は完全になくなっている。

 頭は晴れたが、一瞬乗っ取られかけた時に力を緩めたせいで、大剣は全く進んでいない。このままだとネズに刃を届かせる前に魔力切れになる。

「〈与える右手〉っ!」

 瞬間、回復する魔力量は一割。

「最高すぎるぜ、お前!」

 ライラからもらった魔力を燃やし、一息に硬化触手を叩き切った。

 残るはネズ本人だけだ。

 俺は迷った。

 もう二度と人は斬れないと思った。

 だが、俺の後ろにいる奴らを守るためには、

 もう二度と失わないためには、

 俺は灼熱の白剣を振りかぶる。

 振り下ろす——

「ラウラちゃん、なんで……」

「生かしてっ」

 ……

 俺は目をつぶり、

 剣を降ろした手で拳を固く握り、横っ面を思い切りぶん殴った。

 

 しばらくして。

 俺達は目を覚ましたネズに、マウントスライムの核を一つにして目の前に出させ、イクシアに破壊してもらった。ネズは嫌がったが、俺が脅す前にラウラが何かを言うと、素直に従った。

素材となったフォレストスライムとマウントスライムは、元々来る予定だった運び屋の〈豪脚クラブ〉が一割を〈エマの素材屋〉へ、残りをギルドの素材屋へ持って行った。元々一回で運ぶ予定だったのが、五往復することになったと笑っていた。

巨大スライム達が死んだときに硬化した部分はそのままだった。これは素材にはならないということで切り離して置いていったが、あれだけ硬いんだ。何かに使えないのか?

 そして俺はネズとラウラに向き直る。二人は半ば怯えるように、お互いの手を握って座っている。

「さて、話を聞かせてもらおうか。お前ら、知り合いなのか?」

 二人は黙って顔を見合わせた。口を開いたのはラウラだった。

「そうです。そして私も一応……一員なんです。キングゥルファミリーの。ネズちゃんみたいに番号を与えられていない、ただの下っ端ですけど……」

「ラウラちゃんはネズをいじめる人から庇ってくれたり、コントロールしそこなった魔獣から守ってくれたりしたいいお姉ちゃんなの。ネズのアビリティに見込みがあるって言われて〈育成枠〉に入ってからは、あまり会えなかったんだけど」

「なるほどな。で、なんでファミリーの一員のラウラがファミリーのフォレストスライムを狩ろうとしたんだ?」

「それは……」

 ラウラが少し涙目になり、ネズがじーっと責めるように見る。

「し、知らなかったんです。私その、ゲートでからんできたあの男の人の一つ上くらいの階級で、あまり大きな作戦は教えてもらえないんです」

「ラウラちゃんは幸薄な上にドジっ子属性があよねぇ~。ついイジメたくなっちゃう♡」

 つないだ手の甲をすりすりと撫でられて「にゃふん」とか言っているラウラ。

「で、だ。お前ら、これからどうするんだ? またファミリーに戻るっていうんなら考えなきゃならんぞ」

 人を殺したり重い犯罪行為をしたことがある場合も、この街の官憲に引き渡さなければいけないところだったが、幸い二人ともそういうことはないらしい。

ラウラは母親の病気の薬をファミリーが融通する代金としてファミリー入りした。〈偽成の儀〉で与えられたアビリティには最初こそ注目が集まったものの、〈代償〉のせいで総魔力量が極めて少ないことがわかってからは見向きもされず、以来新しい薬を手に入れるために、何とか金を工面する日々だったのこと。しかし十分な金額が用意できず、ツケが溜まっているとのこと。

ネズはアビリティが有望だったのでアビリティの習熟とテイマーとしてのスキルや魔法を伸ばすべく〈育成枠〉に入り、そこを出てきて初めての仕事だった、とのこと。

「でも今回の狩りの報酬で、借金を返して、神殿の高い治療費も出せそうなんです! 借金が返せればファミリーを抜けていい、と言われてますし、神殿の治療費が出せればファミリーから薬をもらえなくても」

「ラウラ、落ち着けよ」

 俺はラウラの声を遮って言った。

「組織のモンスターが狩られ、同日に大量の金を持ってきたやつがいる。この二つを結び付けられないほど無能なのか? お前らのトップは」

 現実が見えたのかうっ、と言葉に詰まるラウラ。

「それより、キングゥルファミリーにばれたらあなたのお母さんが危ないんじゃない? 家に一人なんでしょ?」

「そ、そうなんです! 早く帰らないと……」

「だけど帰ったところでファミリーに総出で狙われたら一たまりもないよな」

 俺の指摘にこの世の終わりのような顔をするラウラ。

 どうするかな。俺の伝手だと傭兵団に保護してもらうくらいしかできないか。ああいう手合いが相手だと、この街にいること自体が危ないからなぁ……。

『ふむふむ、これは私の昔の伝手を使うしかないようだね』

「昔の伝手?」

 ふよふよと空中に浮いていたホムラが言う。

『まあ、二人の保護の件は任せてよ。とはいえその家からは早く移動した方がいいだろうね』

「よくわからんが……」

 こういう時に根拠のないことは言わない奴だ。それなりの目算があるんだろう。俺は三人の方へ向き直る。

「じゃあ取り合えず、お母さんを保護してどこかの宿屋に隠れるか」

 三人は俺を見たまま固まっている。イクシアが三人を代表して口を開いた。

「えっと……、あなた、誰と話してたの?」

 あー、そうか。忘れてた。

「なんかこの大剣から出てきたんだが、俺もよくわかってない。説明してもらえるか?」

『いいけど、移動しながらにしようよ』

 俺達はゲートへと向かいながらホムラの説明を聞く。他の三人にはホムラは見えないようなので俺が通訳をした。

 要するに、この大剣【ホムラ】はアナザー由来武器で、ルミエール内で銘を呼んだ時のみ、真の力を開放するらしい。ホムラの魂はエンチャント効果でこの大剣に縛られており、真の力を開放した今だから外に出てこれたとのこと。

「アナザー由来武器ってルミエールを離れると強度が落ちるんだろ? 刃こぼれ一つしたことないぞ?」

『落ちた状態でそれだったんだよ。銘を呼んだからその大剣の詳しいことがわかるはずだよ』

 俺は大剣を目の前に持ってきて、詳しいことが知りたいと念じる。


 銘 ホムラ 

 材料 焔竜王イグニスデアの大牙

 エンチャント 魂の器・×××・×××・×××


「焔竜王イグニスデアってなんだ?」

「第六界層にいた最強の魔物ですよ。現在の到達界層が七界ですけど、そこへのゲートを所持していたゲートホルダーです」

「その界層の主にして、倒さないとゲートが開かないっていうあれか。まあこの大剣はそいつの牙から作られたらしいが……」

「え?」ラウラは心底驚いた表情になる。「ま、まああの火力は確かに。それにしてもイグニスデアにホムラとなると……もしかして〈燃え堕ちる時〉のホムラさん、ですか?」

 ラウラは興奮した様子で詰め寄って来る。なんだ? 有名人なのか? というかホムラは元冒険者だったのか?

『恥ずかしい二つ名だね……。まあ、そうだよ。黙っててごめん。別人になったつもりだったからさ』

 俺がそうらしいことを伝えると、

「えっ、すごい! 私ファンです!」

 なんでも時を操るアビリティと最強の炎熱系統魔法、更に超絶強化が施された大鎌を振るい、現在でもトップのクラン〈朱き盟友〉のリーダーとして第四から第六界層を踏破、第六界層主の焔竜王イグニスデアを討伐後、その戦いの後遺症のせいで引退、ルミエールを去った……というのが、ラウラが熱っぽく語った俺の知らなかった大まかなホムラの英雄譚だった。

「もしかして後遺症っていうのはあれか? 魔力が使えないやつか?」

『そうそう。魔力回路が焼き切れちゃって』

 そう、出会った時は信じがたかったが、戦場にてこいつは魔力による身体強化なしで、俺や歴戦の猛者達をあしらえる程の実力者だったのだ。

「最初に出会ったときはマジで死を覚悟したぜ……」

 ぼやきながら魔力回路のことをラウラに伝えると、大きく頷いて納得したようだった。「そうだったんですね!」

「それからは故国を守るために傭兵団を立ち上げたんだよな? それで……なんで……」

『そう! その後のことは君の知ってる通りで、その……なんで君に斬られたのかは……』

 ホムラはそこで口を噤む。言いにくいようだ。そして前を見た。ゲートが近づいてきていた。

『ま、また別の機会に話すよ。それより今は目の前のことに対処しよう』

 何か外的要因があるのならそいつに復讐しに行ってやる、何とかして生き返らせる方法がないのか、など色々考えていたが、ホムラの言う通り、いったんわきに置いておく。

 だが、そこを曖昧にしたまま放っておくつもりはない。絶対に聞き出して然るべき手段をとる。

「……それで、ネズ、お前はラウラの味方ってことでいいのか?」

「そ、そうです! わたしを操っていただなんて許せません! 他人を意志に反して動かそうだなんて、犯罪行為ですよ!」

 どうやらネズも精神操作系の魔法あるいはアビリティで操られていたらしい。無力化する過程でラウラに魔力を吸い出してもらっていたのだが、ラウラが気が付いた。俺の誘惑を解除したときと同じように、その誰かの魔力を頭から吸い出すと、ネズは俺達に——というかラウラに協力的になった。

「ノエル君達の目的は、マウントスライムを三体合体させたハイエストスライムを作って、ゲートの外に出し、アビリティやアナザー由来装備の効果発動に必要なダークマターをこの街よりももっと先まで拡散させることでした」

 イクシアが前を向いたまま尋ねる。

「いったい何のために? あとノエル君って誰?」

「王様に復讐ってことしか知らない! ノエル君っていうのはキングゥルファミリーで一番偉い人!」

「……ルミエールから王都までは馬車で二日だ。ダークマターが王都まで広まったタイミングでアナザー武器で攻め込めば、アナザー武器を常備していない王都の衛兵達なんか簡単に蹴散らせるだろうな。そういうことだろうか」

 ぶつぶつ言い始めるイクシア。

「それで、ホムラの伝手ってなんなんだ? もしかして〈朱き盟友〉か?」

「そう。……ついでだし、入れてもらう?」

「できるのか?」

「現クラン長のせっちゃんがいいって言えば、ね」

 

「論外です。あんなクソ女の頼みなんか聞きません」

『ええー?』

「おい、嫌われてるみたいだぞ」

『昔はあんなに懐いてくれてたのに~』

「クラン長、部屋は開いておりますし……」

「駄目です。勝手に出て行ったのはあいつです」

「勝手に出て行ったのか?」

『ちゃんと引継ぎはしたはずだけど……』

 ルミエールの貴族などが住む上街と冒険者ギルドや〈眠れる小鹿亭〉などがある下町の境目にある〈朱き盟友〉のクラン本部、その応接室で俺達は向かい合っていた。クラン本部前にはラウラのお母さんが乗った馬車が止まっていて、ラウラとイクシアが周囲を警戒している。ネズはまだ信用しきることはできないので俺と同行だ。

 せっちゃんことクラン長のセツナ・トゥルエノンは、ホムラしか知らないはずのことを聞いてホムラの代弁者だということを渋々信じた。しかしなお保護することは拒否していた。

「ちっ、くだらねぇ。訓練切り上げてきて損したぜ」

 と、荒々しい口調で不満を吐き出す金髪痩躯のエルフの男はヴェント・ストラーノ、ホムラの元パーティメンバーだ。

「あんたのは訓練じゃない。相手をいたぶって楽しんでるだけでしょ」

 吐き捨てるセツナ。

「あ~? 雑魚い奴らが悪いんだろ?」

 何言ってんだ、と怪訝そうな表情でセツナを見るヴェント。罪悪感は欠片もなさそうだ。

「あんったねぇ! クランメンバーから苦情が死ぬほど上がってんのよ! 最近のあんた、マジでどうにかしてんじゃないの!?」 

「ハッ、力あるやつが偉いんだよ」

「あ、そう。じゃあ私とやろうか。久しぶりにボコボコにしてやるわ」

「いいぜ。手に入れた力にも慣れてきたしなぁ……」

 俺達をほったらかして立ち上がろうとする二人に慌てて声をかける。

「ま、待ってくれ。ラウラの母親が」

「あんたもねぇ!」

 立ち上がったセツナが振り返って怒鳴る。

「クラン内なら兎も角、クラン外の冒険者の母親なんて保護できないわ。そもそも自分のパーティの問題でしょ! 他のクランに頼るんじゃないわよ! あなたのパーティならあなたが守りなさい! それが嫌なら一生ソロで潜ってろ!」

 そう言い捨てると部屋を出ていく。

「あぁ、そうだ。そこにホムラがいるんだっけか」

 ヴェントも部屋を出ていこうとするところで立ち止まる。

「ようやく俺は、お前と同じ寿命、お前と同じような力を手に入れたぜ。遅かったが、お前がいない世界に何千年と生きててもしょうがないからなぁ」

 哀しみの影が差した目を伏せ、応接室を出ていく。部屋には俺達三人と秘書の方だけとなった。

『…………いこっか』

 嵐が吹き去った後のように静寂が支配した応接室でぽつりとホムラが言った。

 

 俺達は次に冒険者ギルドへ向かった。そこでラウラとネズがキングゥルファミリーの一員だったことを隠しつつ、今回の戦いとキングゥルファミリーの狙いについて報告した。そしてラウラの母親が報復で狙われるかもしれないと相談すると、そういうことならとギルド職員も寝泊まりしているギルド内の宿泊エリアの一室で保護してくれることが決まった。

「とりあえず一安心だが、これからどうするか……」

「セツナさんの正論パンチ、すごかったですねぇ」

 ネズが呟く。

『うぅ……あんなに嫌われてたなんて、ホムラさんショックだよ……』

 肩を落とし、落ち込むホムラ。

「いつまでも金熊亭にいるには圧倒的にコルが足りない。稼ぐか、パーティホームを持つか……」

「どちらにせよコルがいるわね」

「……ああ、そうか」

 頭がよくないとこういう時に困る。

「なら装備の強化をした方がいいと思うが、どうだ?」

「賛成ね。特にラウラとアークは防具が貧弱だわ」

 ということで〈洛星工房〉に来た。銅鑼をガシャァァァァァンと鳴らすとエリックさんが出てくる。

「あれ? また増えたね」

 イクシアとネズを見ながら目を丸くする。

「爽やかイケメン……」

 ネズは頬を赤くして俺の後ろに隠れる。おい。

「今日は防具中心に見ていきたい」

「了解です! ……あれ、【赤虎】はどうされたんですか?」

「あ、ああ。元々使ってた大剣が見つかったから、すまんな」

 今俺は背中に大剣【ホムラ】を吊っている。ホムラはずっと出ていると疲れるということで今は剣の中で休んでいる。

「いえ全然構いませんよ。武器は更新していくものですしね」

 出来合い品が置いてある二階へ向かう。

「ラウラは斥候向けの軽装だよね? アークさんはどんな防具がいいですか?」

「俺は……重装の方がいいか? パーティバランス的に」

「いえ、必要があれば新しく探した方がいいと思うわ」

「なら今と同じようなもので頼む」

「わかりました。……今着ていらっしゃるのは皮鎧ですが、重さが同じで動きの邪魔にならなければ金属製の物でもよろしいですか? そちらの方が防御力は上がりますが」

「そっちの方がいいな。エンチャント品はあるか?」

「了解です!」

 そう言って持ってきたものは、暗青色の皮鎧と、白っぽい銀色の金属を使った上腕から腰下までを覆うメイルだった。

「こちらでいかがでしょう? 第三界のドラゴマランの皮鎧と、灰銀のメイルです。灰銀は金属にしては軽いのが特徴でして、関節の稼働範囲を邪魔しないように作ることで、皮鎧とさほど変わらない着心地で着られます」

 俺とラウラはそれぞれ防具を手に取る。ラウラは俺の灰銀の鎧を羨ましそうな顔で見る。

「着心地変らないならそっちの方がいいかも……」

「音が出るし色的に目立っちゃうから、スカウト系なら皮鎧の方がいいと思うよ」

「あ、そ、そうですか、すいません」

 二人は試着してみて気に入ったので、これらをベースに体に合うように直してもらった。

「エンチャント品は少ないものなのか?」

「そうですね。下級エンチャントならそれほど珍しくないと思います。ただ上級になってくるとうちでは親方と自分しかできませんし、この街全体でも二十人くらいしかできる職人はいないと思います」

「そうか。下級と上級って何が違うんだ?」

「武器自体の性能を上げるのが下級、新しい魔技や魔法が使えるようになるのが上級ですね」

「なら【赤虎】は上級なのか?」

「一応、そうです。僕が打ったもので、溶断剣とかかっこいいんじゃないかな? と思って作ったんですけど、あんまり火力が出なかったので失敗作だと思ってましたよ、あはは」

「ふむ……」

 俺とラウラの共通の弱点を補強するようなものがないか尋ねてみる。

「なにか総魔力量を上げられるものはないか?」

「ああ、それでしたら、ウチではないんですが」

 エリックは窓を開けて通りの反対側の五軒隣の建物を指さす。〈洛星工房〉自体結構奥まった立地なのだが、さらに大通りからは離れる場所だ。

「あそこの建物がアクセサリー屋です。魔力を貯めておけるアクセサリー類や、自然回復速度を早めるものがあると思いますよ」

 皮鎧以外にも小手や靴など、ラウラの為にこまごまとしたものを買った。俺も万が一の為の灰銀の手甲を購入する。

「ところでこいつなんだが」

 そう言ってラウラにマジックポーチから、マウントスライムの硬化した触手部分の一部を取り出してもらう。あの場を離れるときにいくらか収納しておいてもらったものだ。

「なにか武器や防具に加工できないか?」

「《リビール》……うーん、これの加工法は既存の技術体系にはないですね。鉱物と同じように扱えるのかな……? 素材の性質とかを調べてからになるので時間はかかりますね」

 鑑定魔法を使って情報を得たエリックだったが、素材として使ったことはないようだ。

「そうか、なら今回はいいか」

「あっ、よければ個人的に興味があって調べてみたいので、少し頂いても構いませんか?」

俺は結構な量あるうちの一部を渡す。そして諸々の金を払い、工房を後にした。

「…………」

 そしてエリックに教えてもらったアクセサリー屋の前に着いたが、なんというか……。

「さびれた店ね」

 イクシアがズバリという。いやでも確かにその通りで、全く人が訪れた気配がしない。

 俺は不安になって玄関の上に掲げられている看板を見るが、確かに〈ヒトミシジュエリー〉と書かれている。

「とりあえず入ってみるか」

 いざ入ろうとするもなんとなくノックをしてしまう。それからいや、店なのだからと思い直して扉を開ける。

「お邪魔しまーす」

 ラウラが小さな声で言いながら俺の後について入って来る。

俺は店の中を見回すが、横二メテル、縦三メテルほどの空間には、壁際に棚はあるものの一切アクセサリーらしいものはない。

そして正面にはカウンターがあるがそこにも誰もいない。

 それにしてもなんとなく埃っぽい。棚を見てもうっすらと埃が積もっている。

「廃業したんですかね?」

 ネズが言いながらカウンターの奥を覗いた。カウンターの奥は横に折れる通路になっていて、居住スペースへと続くようだ。

「うーん、ちょっとネズの身長では見えませんねー」

 ネズがカウンターの上に身を乗り出して通路の奥を見ようとしていると、

「へくちっ」

 と、ネズがくしゃみをした。

 ネズは何故かビクッと身を震わせると、素早くカウンターを降り、俺の太ももに駆け寄ってきて抱きしめた。

「どうした? 埃は苦手か? そろそろ出るか」

「ち、違うんです。い、今のくしゃみはネズじゃありません」

 俺とイクシアは顔を見合わせる。

「いや、別にそこで意地を張らなくても……」

「へっくち!」

 その音はまたしてもカウンターの方から、聞こえた。誰もいないカウンターから。

「……」

 俺は近づいていってカウンターの下を覗き込んだ。

「う、うぅ……いらっしゃい、ませ」

 そこには赤毛で長髪、つなぎを着た二十歳そこそこの女性が膝を抱えるようにしてうずくまっていた。

 俺達があっけにとられる中、のそのそと出てきた女性はカウンターの椅子に座ると、ひきつった笑顔を見せる。

「え、えへへ、〈ヒトミシジュエリー〉へ、ようこそ。わ、わたひは、ヒトミシといいます。ご、ごめんなさい、久しぶりに人が来たから、つい隠れちゃって。えへ、えへへ。く、暗くてごめんなさい、ランプの油、か、買えなくて」

「……〈洛星工房〉のエリックからアクセサリー屋と聞いて来たんだが」

「あ、あの優しい人……で、ですね。よ、よくご飯をくれる……」

 ご飯をくれる……? 食べてないのか? この人は。まあこの店の様子ならそうなのかもな。

「アクセサリーを買いに来たんだが、商品がないようなら……」

「あ、い、いえ、あります。あ、いえ、あの、ないように見えるかもしれないんですが、あの、え、い、今から作りますので」

「時間がかかるのか? いつ頃まで……」

「い、いえ、私のアビリティ、《究極錬金》は、その、一定の質量以内の物質を、しゅ、瞬時に知っている別の物質に変換してと、特性を付与する、ので、どういうものが、欲しいかをき、聞いてから、作ったほう、が、いいんです。……と、思いまして……」

「……それは凄まじいアビリティね。世の中の職人は疎ましく思いそうだけど」

「は、はい。なので、その、あまり広めないでい、いただけると、はぁっ」

 突然奇声を上げてカウンターの下に潜り込むヒトミシ。

「も、もう、いいよね……しゃべらなくて。い、一日分しゃべった……よ?」

 自問自答するヒトミシ。俺は対応に困りイクシアを見る。どうしたらいいんだ? と目で問いかけると頷いてヒトミシに声をかけた。

「ヒトミシさん、私たちは魔力を貯められるアクセサリー、もしくは魔力を自然回復させるアクセサリーが欲しいの。作れるかしら?」

 しばらく沈黙が続いた後、まず右手だけがカウンターの下から出てくる。そしてカウンターについていた引き出しを開けて、そこからそこらへんに落ちていそうな拳ほどの大きさの石を二つ取り出した。すぐにカウンターの下に引っ込む右手。

 そしてアビリティを使用した証拠である空間の揺らぎが起こり、深紅の輝きが狭い店内を二度照らす。

 カウンターの下から両手が出てきて、カウンターに何かを置く。右手が置いたのは太目で深紅の金属チェーン、左手が置いたのは細めで金色のチェーンの先に青く輝く宝石のアクセサリーヘッドが付いたネックレスだった。

 俺達が息をのんで二つのネックレスに見入っていると、再びか細い声がカウンターの下から聞こえてきた。

「ま、魔力貯蔵、と、魔力の自然回復速度上昇、と、魔力消費量軽減、のみ、みっつを両方につけてみたんですが、い、いかがでしょう、か?」

 俺達は顔を見合わせるしかなかった。ネズがぼそっと言う。

「あり得ません。この国トップの職人でもいいとこ二つです。素材が本来持っている特性と、エンチャント。です。常識外れもいいとこです」

「……そうよね。私の実家の宝物庫にもそんなものはなかったわ。デザインは、まあそれほどではないけれども」

 俺達がぼそぼそ話していると、ヒトミシがカウンターから顔の上半分だけを覗かせた。

「わ、わたし、また何かやっちゃいました、か?」

「……これ、いくらなんだ?」

 俺がヒトミシに向き直って尋ねる。

「え、そ、その辺の空き地で拾った石、なので、い、いくらでも。あっ、あ、あ、今日の晩御飯代くらいいただけると、う、嬉しいなぁー、なんて、思ったり……」

 俺達は再び四人で円陣を組んで相談する。

「そんな値段でいいのか?」

「性能が本当なら一本で数千万コルするわね」と冷静に分析するイクシア。

「トップ帯の冒険者も欲しがる性能だと思います……」と呆れたような口調のラウラ。

「まあ、今日の夕飯代でいいって言ってるんだし、それでもらっておけば? というか、それなら私の分も欲しい!」と都合のいいことを言うのはネズ。

「うーむ……」

 本当に言われた通りに夕飯代だけで済ますと、なんというか、人間として間違っている気がする。

 しばらく考えると、天才的か? と思えるようなアイディアが閃いた。

「そうだな、お前、もしかして毎日食うものにも困るような生活か?」

「え、は、はい。三日前にエリックさんからもらったサンドイッチを食べてから、な、何も食べて、ない、です」

「そしたら俺達のパーティで毎日の食事を三食分用意してやる。一回の夕飯代だけじゃあ、全く釣り合わないからな。……まあ本来毎日の食事を用意するのでも釣り合わないんだが、俺達が今出せそうなのはそれくらいしかない。どうだ?」

 俺の言葉を聞いたヒトミシは顔を輝かせた。

「ま、毎日の食事を、よ、用意してくれる! ほ、本当ですか? そしたらもう店番なんてしなくていい、ずっとごろごろしたり物語を読んだりして引きこもれる! え、ほ、本当ですか、それ、は、是非お願いしたい、です!」

 初めて聞く大きな声で、かなりクズな発言をするヒトミシだった。カウンターを叩きながら立ち上がり、期待を込めた眼差しで俺を食い入るように見つめる。

「お、おう……ただ毎日来れるかはわからないから、何日分かまとめて置いておく感じになると思うが」

「全然! 構わないです! それで! お願い! します!」

 石造りの厚い壁をぶち抜いて、隣の建物に聞こえんばかりの大声だった。そこまでしてくれるなら全員分作りますし、デザインもお好きなものに変えますよとのことで、

「無骨な鉄鎖のネックレス」と俺。

「え、えっと目立たない紐の先に革のヘッドで。ヘッドのデザインは猫の手で……?」なれない様子でデザイン指定をするラウラ。

「シルバーチェーンの先に氷を想起させる蒼白の宝石をあしらったネックレスでお願い」と自分の魔法属性に合わせて注文するのはイクシア。

「私はハートマークで……♡」と俺の太腿を撫でながらいうのはネズ。いや、十一歳に欲情しねぇからな?

 全員分のネックレスを作ってもらったあとは店を出る。食料は週に二回、イクシアが届けてくれるとのこと。

「地道に腕を磨いてる職人たちにとっては理不尽な能力だったな」

「まあ、そういうこともあるわよ。私だって、貴族に生まれたことは他の人たちにとって理不尽だって悩んだわ。でもそれで折れたら意味がないじゃない」

「はっ、まあ今はその立場も危ういけどな」

「されないと思うけど、勘当されてもどうにかなるわよ。実力があるもの」

「それはいい話だ……じゃあギルドに依頼掲示板を見に行くか」

冒険者ギルドの一角、様々な個人や団体からの依頼書が貼られた掲示板につき、四人で眺めるが、やはりそう都合のいい依頼などあるはずもない。

「シルバーⅢにランクが上がって受けられる依頼が増えたからと言って、それほど稼げる依頼はなさそうだな。まあこれが現実か」

「まあマウントスライムは第五界層相当の魔物ですから、それと同等となるとやっぱり私たちには難しいですね」

 依頼はパーティメンバーの平均ランクで受けられるものが決まる。俺達ではシルバー帯までのものしか受けられない。

「さて、どうするか……」

 



供養。安らかに……

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