22話「光」
なぜだろう、トウロウに物凄く驚いたような顔をされてしまった。
素直にお礼を言ったから? ……いや、その程度のことでここまで驚いたりはしないはず。だとしたら、彼が驚きを露わにしたのは別の理由? けれど、それ以外にあり得そうな理由なんて思いつかない。……でも、もしその理由が、彼にしか分からないようなことであったとしたら?それならば、私が想像できなくともおかしくはない。
「意外です。そんな風に言って下さるなんて」
驚かれているのは、やはりそこだったのか。
それなら理解できないでもない。
「……意外でした?」
私は苦笑しつつそんな風に言葉を発する。
「はい。あーいや、べつに、マコトさんのことを悪く言っているわけじゃないんですけどね」
そう述べるトウロウは、僅かに気を遣っているようにも見えた。もしかしたら、私が怒り出すことを警戒していたのかもしれない。それを想像すると、心なしか申し訳ない気持ちにもなる。気を遣わせてしまって、と。だが、腹が立つものは腹が立つので、仕方ない。いや、もちろん、心が乱れないに越したことはないのだが。
「確かに、これを貰えるとは思っていなかったので、意外さと嬉しさが混じってます」
「良かった。今日は失礼だなんだと怒らないんですねー」
「いつもすぐ怒る人みたいに思われているんですか!?」
「え。あ、いや、べつにそういうわけじゃないです。僕が失礼なことをしてしまうタイプなので、マコトさんをよく怒らせてしまうだけで」
直後、トウロウは私を真っ直ぐに見てきた。見られていることに気づいた私は彼の方へと視線を向ける。結果、互いの視線が絡み合うこととなった。偶然に限りなく近い状態で視線が重なって、私の心臓は大きく跳ねる。
恋人なわけじゃない。
片想いしているわけでもない。
それなのに、なぜか、こうして目が合うたびに心臓がおかしな動きをする。
「マコトさん。一緒に生きて下さい」
トウロウはいきなりそんなことを言った。
決意はしたけれど、こうして改めて言われると心穏やかなままではいられない。
「……いきなり!?」
「そうです。僕を人間にしてくれると言っていましたよね?」
「そ……それはそう、ですけど……」
するとトウロウは顔面をずいと近づけてくる。
「本気じゃなかったんですか?」
フクロウ似の顔面を一メートルも離れていないところまで近づけられると、かなりの迫力で、どうしても怯まずにはいられない。
無論、彼が悪いわけではないのだが。
「贈り物はそれです。僕を人間にして下さい。お願いします」
「は、はい……その……もちろん、です……」
刹那、羽毛に包まれたトウロウの体から白い光が溢れ出した。
私は信じられない思いでその姿を見つめる。だがそれは私だけのことではなかった。付近にいたアカリやマッチャもまた、私と同じように驚愕の色を顔に滲ませていた。
白い光は物凄い強さ。快晴の日に太陽を直視するのと同じくらいの眩しさだ。そちらへ視線を向けているだけで、眼球の表面がヒリヒリする。発光し始めてしばらくはそちらを見つめていたのだが、やがて限界が来て、私はもう目を開けていられなくなった。
私は目を閉じたまま、この謎の現象が過ぎ去るのを待つ。
そして数分後。
恐る恐る目を開けると、目の前に一人の男性がへたり込んでいた。
「え……っと、貴方は?」
男性は見知らぬ人だった。
このような知らない人が、なぜここにいるのだろう。
「僕ですよ! トウロウです!」
焦げ茶のショートヘア、心なしかひねくれた感じがする神経質そうな顔立ち、そんな男性だ。
「え……ええぇぇぇっ!?」
私は思わず叫んでしまった。
トウロウが人間になることは知っていたはずだったのに。
「はぁ。何を騒いでるんですか……」
もしかしたらトウロウは自身の変化に気づいていないのかもしれない。そう思い、私は、彼の肉体が変化していることを伝えることにした。
「トウロウさん! 人間になってますよ!」
私が言った直後はきょとんとしていたトウロウ。しかし、数秒が経過してから、自身の変化に気づいたようで「うわぁぁぁっ!」と驚きながら叫んだ。
「人間……これが人間なんですかっ……!?」
珍しくトウロウは動揺しているようだった。
だがそれも無理はあるまい。生まれて今までずっとフクロウのような容姿だったのに突然人間の姿になったのだから、落ち着いていられる方が不思議なくらいだ。今のトウロウのように驚き慌ててしまう方がありふれた反応とも言える。
「マコトさん! 何か言って下さい! これが人間なんですよねっ……!?」
「はい。そうです」
「何というか……すべてが今までと違うような気がします! いろんな意味で!」
いろんな意味で、とは、どういう意味なのだろう。
どうでもいいことだが少々気になったりもする。
「アンタ……人間になれたんだね……」
アカリが目を開きつつトウロウに歩み寄る。
その足取りは、心なしか恐ろしさを感じているような雰囲気をまとっていた。
「そうみたいです」
その頃にはトウロウは落ち着いてきていた。自分が人間になったと悟った直後のような慌て方はもうしていない。今や彼は冷静だ。
「何度見ても信じられない……けど、やっぱり、アンタなんだね」
アカリは固い表情をしながらそんなことを述べる。
その声は僅かに震えていた。
「僕としても、嘘みたいです」
「だろうねぇ。見ているアタシらでさえ信じられないんだから」
「……もしかして、トウロウじゃないかもしれないって、まだ疑ってます?」
怪訝な顔をする、人間になったトウロウ。
「まさか。それはないよ。いつかも見たからね」
「そうですか。なら良いですけど……」
その時、人間になったトウロウと私の足下がほぼ同時に輝き始めた。
今度は私まで謎の光に包まれる。
「これは……!?」
突然の出来事に困惑していると、少し離れたところにいたアカリが大きめの声で教えてくれる。
「マコト! そりゃ向こうに返される合図だよ!」
「えっ」
「多分、人の世へ戻ることになるよ!」
「ええっ! ……嘘ですよね!?」
「嘘なんかじゃない! 本当のことさ!」
まさか、本当に人の世へと戻らされるの?




