16話「明ける」(1)
その日の晩はアカリの傍で朝を待つことにした。物騒な事件の後だからか不安が大きく、一人で夜を過ごすことはできそうになかったからだ。眠れなくてもいい、恐怖の荒波に呑まれさえしなければそれでいい、そのくらいの気持ちで過ごした。
けれども、事件は案外睡眠に関係なくて。
私は気づかぬうちに眠ってしまったようで、気づいた時には外は明るくなっていた。
どうやら私は、アカリが敷いてくれた小さめの布団に入って寝ていたようだ。すぐ近くにある紙製仕切りの向こうは白い光に満ちていた。
目覚めてからしばらく、私は布団から出ずにいた。まだ体が重い気がしたからだ。ただし、この重さは多分、風邪や体調不良によるものではない。単なる寝起きのだるさだろう。肉体より意識の方が覚醒が早かったことによる動けなさ、とも言えるかもしれない。なんにせよ、動きたくない気分だったのだ。
そんなわけで天井を見ながらぼんやりしていると、仕切りの横からアカリが顔を覗かせてきた。
「もう起きてたのかい……!」
アカリは私が目覚めていることに気がついていなかったようで、目を開けている私を見て驚いていた。
「さっき気がつきました」
「昨夜は大変だったけど、何とか眠れたみたいだねぇ」
アカリの世話焼きそうな声を耳にすると落ち着く。荒れていた心の中の海が静かになるよう。上手く説明できないけれど、彼女の声は今の私にとってはとても心地よいものなのだ。
「あの後……どうなりましたか?」
「トウロウなら無事だよ。命は落とさずに済んだみたいだった。だからもう心配しなくていいよ」
「本当ですか!」
私は思わず普段よりも大きめな声を発してしまった。
それに対し、アカリはニヤリと笑みを浮かべる。
「おやぁ? 随分心配していたんだねぇ?」
その時のアカリは、恥じらう友達をからかう女子高生のようだった。
ちなみに、恥じらう友達の役が私。
「……刺されたんですよ。心配じゃないわけがありません」
そんな風にして会話していると、段々重苦しさが緩和されてきた。脳の覚醒に肉体がようやく追いついてきたのだろう。ここに来てようやく心身の状態が一致した、という解釈で大きく間違ってはいないはず。
「そういうものかねぇ」
「はい」
「随分はっきり言うねぇ」
「事実ですから……」
私はゆっくりと上半身を起こしていく。
こんなに慎重になる必要はなかったのかもしれない。べつに私が刺されたわけではないのだから。ただ、それまで動かなかった肉体を急に素早く動かすことには抵抗があって。それで、ゆっくり動くことを選択したのだ。
柔らかな掛け布団からは、少しばかり甘い香りがする。
かじりつきたくなるような芳香だ。
それに、よく肌で感じてみると、とても気持ちの良い布団だ。掛け布団はもちろん、敷き布団もとても良質である。かなり寝た後だというのにまだふかふかしているし、肌触りが非常に良い。汗を吸ったような湿り気は一切ない。




