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母に理不尽に当たり散らされたことで家出した私は――見知らぬ世界に転移しました!?  作者: 四季


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13話「笑い」

 夜はとても長い。


 人の世にいた頃はあり得なかったくらい、長く感じる。


 いつになった夜が明けるのだろう? もしかしたらもう二度と朝が来ないのではないか?

 そんな不安を抱いてしまうくらい、時の流れがゆっくりだ。


 あの話の後、トウロウは読書に戻った。今では何事もなかったかのように本の紙面とにらめっこしている。彼の二つの瞳は紙面の文字だけを捉えていて、それ以外には一切意識を向けていない。


 私はまた何もすることがない状況に陥ってしまった。

 悲しいくらい、することがない。


 和の香りに満たされた室内で、私は一人思考を巡らせる。大樹の根のように複雑な思考を継続する。そこに生産性なんて言葉は存在しない、そのことには気づいているけれど。それでもただ思考を続ける。時間を潰す方法がそれしかないから。


 そんな思考の中、ふと思い立つ。

 アカリが言っていたことが真実かどうか確かめてみようかな、と。


 試すような真似をするのは善ではないかもしれない。けれども、アカリが言っていた嬉しい評価が真実であるとしたら、ぜひとも本人の口から聞いてみたい。


 そんなことを思って、私はトウロウに話しかけてみる。


「トウロウさん、少し良いですか?」

「あぁ、はい。もちろんです。何でしょうー」


 返事はすぐにあった。


「気に入っている、というのは本当ですか?」


 私がその問いを放った瞬間、トウロウは少し驚いたような顔をした。

 フクロウのような顔面であっても表情の変わり方は人間に近いものがあるから不思議だ。


「何の話ですか?

それは」

「アカリさんから聞いたんです。トウロウさんが私のことをそう言ってくれていたということを。……でも、それが本当のことなのかどうか分からなくて」


 今このタイミングでトウロウの機嫌を損ねるべきではない。比較的順調に関係性を築けているのだから、一つの失敗もできればしたくないところだ。そのため、言葉選びは慎重に行わなくてはならない。確実に進めてゆくことが、結果的には近道となる。


「それで尋ねてみました」

「あぁ、そうだったんですね。よく分かりました」


 私はさりげなくトウロウの顔色を窺う。

 だが、意外にも、彼は動揺している様子ではなかった。

 多少平静を失うものかと思っていたので、またしても予想外の流れだ。やはり、トウロウの反応はどうも読めない。


「本当の話ですよ」


 数秒の沈黙の後、トウロウははっきり言った。


「……そうだったんですか」

「何ですか。もしかして嫌でした?」


 その言葉にハッとする。

 失礼な反応をしてしまっていたかもしれない。


「え、あ、いえ! そうではありません! そうじゃないです!」


 ここで誤解が生まれるのは避けたい。築いてきた関係を壊すのも残念。そう思うからこそ、はっきりと否定しておいた。

 だが、若干逆効果になってしまったかもしれない。

 というのも、騒いでしまったせいでトウロウに鬱陶しがられてしまったようなのだ。


「あぁもう……分かりました。分かりましたよ。しっかり分かったので、もう大きな声を出さないで下さい……」


 完全に嫌がられてしまっているようだった。非常に鬱陶しい人に向けるような表情を向けられてしまっている。

 ……これは失敗?

 いや、そんなことはないはずだ。私は神ではないから、すべてを知ることはできない。でも、失敗と言うにはさすがにまだ早過ぎるだろう。この程度では終わらないはず。


「騒いですみませんでした」


 私は座ったまま頭を下げて謝る。

 しかしトウロウはあまり反応しなかった。


「いえ、気にしないで下さい。べつに責めたいわけではないので」


 トウロウが発する声は、大人びた静かなものだった。

 そんな声を出せるなんて意外、と思いつつ、私は口を開く。


「でも……ちょっと嬉しいです。もう嫌われていないと分かって……安心しました」


 その時はなぜか自然に笑うことができた。トウロウ本人から真実を聞いて、悪い印象を抱かれてはいないという確信が持てたからかもしれない。そうして心が柔らかくなると、それに伴い頬も緩む。


「何ですかその言い方。乙女みたいですね」

「あの……念のため言っておきますが、私はまだ乙女です」


 するとトウロウはぶばっと吹き出した。私は驚いて、彼を見る。その間も、彼は肩を震わせていた。しかも、途中からは床に伏せてしまう。それでもまだ体を震わせていた。はたから見たら泣いているかのようだ。


 でも、本当は違う。彼は笑っているのよ。それも、私のことを笑っているの。


「自分で『乙女』は……ぷ、ぷくく……さすがに……ぷく、ぷ……厳しいものがあるのではー……?」


 確かに、自分で自分を乙女なんて言ったのは不自然だったかもしれない。それは私も思う。勢いで言ってしまったこととはいえ、おかしなことを言ってしまったとは理解している。


 だが、だからといって、ここまで笑い続ける必要があるだろうか?


 面白かったならそれはそれでいい。何を面白いと感じるかなんて個々によって差があるから。私が面白いと感じることがトウロウにとっては面白いと感じないことかもしれないし、逆もあり得るだろう。それは当然のこと。だから、それを責めるつもりはない。


 けれども、だ。


 相手を不快にしてまで大笑いする必要があるのだろうか?


 今の私にとっては、そこが大きな疑問だ。


「わ、笑い過ぎです! 失礼ですよ!」

「はい、はい……もちろん……! ぷくくっ。分かっては……いますけど……!」

「トウロウさん! いい加減にして下さいっ!」

「……はぁ、はぁ……ふぅ。笑い過ぎました……はぁ……ふぅ……」


 トウロウの笑いは今になってようやく止まってきた。が、慣れないくらい笑ったせいか呼吸が乱れている。


 今、とても複雑な心境だ。


 この感情はとても曖昧なもの。例えるなら、白でも黒でもある色のようなものだ。それゆえ、私自身でさえ、この感情の正体を掴むことはできない。

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