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母に理不尽に当たり散らされたことで家出した私は――見知らぬ世界に転移しました!?  作者: 四季


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8話「生まれたのは可能性」

 トウロウと二人で外出することになった。


 こんな展開が私を待っていたなんて、かなり予想外だ。


 空は今日も晴れている。この世界には雨の日はないのだろうか、と、不思議に思えてくるくらい澄んだ空。降り注ぐ日差しは穏やかそのものだ。


 行く道は賑わっていた。

 地面は舗装されていない。砂利があるせいで、足音がザリザリといったものになっている。


「わー、何だか新鮮な気分ー」


 横に並んで歩いていると、トウロウがいきなりそんなことを言った。

 物凄く棒読みだが何事だろうか。


「どうしたんですか? いきなり」

「思ったことを言っただけですよー。人間さんと歩くのは初めてで」


 人間さんと言われて、私は初めてフクロウ呼びを嫌がるトウロウの気持ちが理解できた。私が人間であることは事実なのだが、人間呼びされると何とも言えない気分になってしまう。


 何というか……アイデンティティが失われたような気分?


「この世界では人間は少ないんですか」

「そりゃそうですよー。滅多に見ません。だから、人の子との結婚は、皆の夢なんです」


 人の世界じゃ人と人が結婚するのが当たり前のこと。だから、トウロウが述べる言葉を聞いていたら、改めて「彼は人の世に生きる者ではないのだ」と感じた。こちらの世界では、彼が言うように、人との結婚は珍しい出来事なのだろう。人との結婚は珍しい、なんて、あまりイメージが湧かないけれど。


 それからも私たちは歩いた。


 二人の間に特別な感情はない。それは事実。だが、それでも、共に歩いていると徐々に心の距離が近くなっていくような気がした。


 そんなのは、気のせいでしかないのだろうけど。



 穏やかな散策の途中、私たちは一軒の雑貨屋に入った。瓦の屋根が古き良き時代を思い出させるような建物の中に入ると、無数の棚があり、そこに色々な可愛らしい物が置いてある。髪飾り、手鏡、お手玉――本当にいろんな商品が用意されていた。


「マコトさんもこういうとこが好きなんですねー」


 私は店内を自由に歩き回って商品を見た。

 元来ショッピング好きではない私だけれど、この雑貨屋にある商品たちには妙な魅力を感じる。


「変ですか? 好きだったら」

「いや、べつにそんなことはないですけど」


 トウロウは買い物好きではなさそうだ。

 商品を見て回るなんて面倒臭い、とでも言いそうな顔をしている。


「まさに女の子ーって感じですね」


 何だその偏見。


「トウロウさんは買い物お嫌いなんですか?」

「なんとなーく見て回るのは、苦手です」

「実は私もそうなんですよ。色々見て楽しむという感覚がいまいち分からなくて。でも、この店はなぜか見て回りたくなります」


 私は店内を彷徨く。トウロウは仕方なく同行してくれていた。もう出たい、と言いはしないが、疲れたような顔をしている。そんな彼を見た時、私はふと、昔のことを思い出した。


 あれは数年前、女友達二人と私の三人でお出掛けした時のことだ。


 近所のショッピングモールに行ったのだが、盛り上がる二人について歩いているうちに足が痛くなってきて、ついに立っていられなくなってしまったのだ。そのことを二人に伝えると、彼女たちは笑顔で休憩所の椅子に座っていて良いと言ってくれた。その言葉に甘えて休んでいたら二人に悪口を言われてしまっていたのだ。


 ……あれは切ない思い出。


 今の私はあの時の二人みたいになっていないだろうか?と考えて、付き添いのトウロウに尋ねる。


「ここを見るのはもう嫌ですか?」


 私はあの時決めたのだ。

 誰かと共に行動する時には相手の気持ちを考えられる人になろうと。


「いや、べつに、そんなことはないですけどー……」

「疲れたら言って下さいね?」

「あ、はい。言うつもりでいますー」

「よろしくお願いします」


 それにしても、この店に置かれている商品は魅力的だ。

 羽根のついた髪飾り。とんぼ玉のブレスレット。おきあがりこぼしに、金魚柄の扇子。


「マコトさん、見てくれますー?」


 店内を歩いていた時、突如トウロウが声をかけてきた。


「え」

「これ。凄いですよ」

「えっと……それは? おもちゃ、ですか?」


 オレンジ色の虎を小さくしたような物体なのだが、墨のついた筆で何も考えず描いたような顔。可愛いような、少し狂気的にも感じられるような、そんな顔をしている。


「よく知らないんですけどー、背中を押すと尻が開くみたいです」

「えぇっ!?」


 い、意味が分からない……。


「見てて下さい、これ。ここを押すとー……ホラ!」

「わぁ! 開いた!」


 トウロウの言っていることは真実だった。

 彼が指で小さな虎の背中を押すと、後ろ足から尻にかけての辺りが一気に開いたのだ。


「何とも言えぬ面白さ……!」

「ですよねー」

「わ、笑いが止まりませんっ」

「ですよねー。僕もですー」


 可愛いし面白いし、これはなかなか素晴らしい。


「この顔がまた何とも……!」

「変ですよねー」


 そんな風に話をしている最中、私はふと気づく。いつの間にか盛り上がっていることに。

 トウロウのことなんて好きでも何でもない。仲良しということすらなかった。それなのに、今は普通に笑い合っている。面白いものを見たとはいえ、ここまで行動が重なるのは珍しいこと。これは奇跡かもしれない。

 いつもこんな風にあれたなら、仲良くもなれるかもしれないのに。


「マコトさんもやってみたらどうですかー」

「えぇ! ……あ、ごめんなさい。押してみますね!」


 大きなことがあったわけではない。でも、私たちの心の距離は、確かに縮まった。小さな変化かもしれないけれど、それでも、変化があったことは確か。こうやって少しずつ近づいていけば、明るい未来が存在している可能性だって、ゼロではないのかもしれない。

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