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07 彬人は図々しい

「で、なんで亜美をすぐに捨てたのよ。あと腐れないようにみえたわけ?」

 一番聞きたかったことがやっと聞けた。ここまで来るのにいらない苦労と無駄な時間を費やしてしまった。


「亜美は彼氏をとっかえひっかえじゃないか。その割に男で問題起こさないから遊び慣れてると思って」

 

「まあ、そうだね。多少、女子に恨まれるくらいで、別れ方もきれいだし男性問題を起こしたことはないね。で、なんで亜美を捨てたのよ。理想の彼女だったでしょ?」


「いや、それが何かおかしんだ。彼女と会ったあと、すごく疲れるんだよ。まるで生気を抜かれたような感じっていうの?」

 不思議そうに彬人が首をかしげる。


「へえ、結構いい勘しているじゃない。それでなんでキルケの罠にはまったんだか」

「は?」

「あの子、サキュパスだから」

「え?」

 彬人が間抜けな顔で聞いてくる。

「亜美はサキュパスなんだよ。二人きりで会ってちょっとデートしただけでも生気を吸い取られていくのよ」


 翡翠はキュウリの糠漬けとともに、白いつやつやなご飯をぱくりと一口食べた。冷たいキュウリと温かいご飯がとても合う。


「……嘘だろ? 魔女にサキュパスって、どうなってるんだよ。ここ日本の東京だよなあ?」

 彼は混乱している。無理もない。


「あんたの知らないところで、うまく共存できちゃってんのよ」

 翡翠はすまし汁をすする。彬人の言った通りお出汁が効いていておいしい。「ご馳走様でした」と翡翠は手を合わせる。


「魔界都市かよ、まいったな。で、なんでそのサキュパスが大学生やっているんだ?」

 彬人がぼやく。

「彼女は学生ではあるけれど、うちの大学の学生じゃないよ。ただ餌をあさりに来ているだけ」

「それって若い男のことか?」

「だね」

「やっぱ、こええよ」

 亜美の友人として、ここは彼女を擁護しなければならい。


「怖いって、二、三回生気をすってあっさり別れるから、蚊より全然害がないよ。病気移されることもないし。あんたがほとんど生気を吸わせてくれなかったから、物足りなかったんだってさ。つまりおなかがすいているところにお預け食らった感じ? とっても悲しんでたよ。初めての失恋だもん」

 

 それを聞いた彬人が顔を引きつらせる。


「ふつうに怖いだろ。なんでお前友達なんてやってんだよ。それにお前、いつの間にか髪の色と目の色が元通りになりかかっているんだが?」

 彬人が目を丸くする。ずるいとでも言いたげだ。


「あんたみたいにがっつり、出されたもの食べなかったから獣に変化しないで助かったの。あそこにいればカピバラとしてかわいがってもえらえたのに何でついてきたんだか」

「無理だろ。誰かのペットになるなんて。人としての尊厳の問題だ」

 彬人が眉間にしわを寄せる。


「今更、尊厳語られてもねえ。それより、あんた、あのシチューよく飲めたわね。おかしな味しなかった? 生臭くって、私は一口でやめたよ。何の肉を使っていたのかな?」

「え? 柔らかくおいしかったけどな。でも言われてみれば鶏肉とも違うような……」

「多分、キルケが飽きたペットの肉ね」

 翡翠が断言する。


「やめろっ! 聞きたくない! 俺あそこにいたら食用じゃないか! てか元人間の肉かよ」


 聞きたくないと言いつつ自ら解説して墓穴を掘り、彬人はガタガタ震え始めた。

 本当に落ち着きがなくてうるさい男だ。なんでこいつが、よりによってびっくりするほどのイケメンなのか。キルケの存在より理解に苦しむ。


「元人間ね。きれいさっぱり記憶は消えて完全な獣になっていると思うけれど。あんたもキルケに媚び売っていればかわいがられていい生活できたはず」

「お断りだ。もう二度とあの雑木林には近づかねえ」

 前のめりで彬人が絶叫する。


「それより、美女に近づくのをやめたら?」

「うん、それは自重しようかと思う。もう遊び飽きたし、ファンクラブも解散して、真面目に勉強でもするよ。俺はいったどれくらいの頻度で俺はあの獣になるんだ?」

 不安そうに彬人が言う。というかこいつのファンクラブまであったのか。


「さあね」

 恐怖におびえる彬人に翡翠はそっけなく答える。完全に他人事だ。はた迷惑な遊び人がキルケに引っ掛かっただけ。


「なあ、それがはっきりするまでこの家に俺をおいて」

「お断り」

 翡翠は遮るように言った。


「そんな……俺、電車で帰る途中にカピバラになったらどうするの?」

「知ったこっちゃないけど、30分くらいなら抑える薬作れるかも……」

「ほんとうか」

「うん、すぐじゃないけど、調合するのに一週間から十日くらいはかかりそう。お代は三千円ね」

「困っている人間から、金とるのかよ! お前、完全に足元みているだろ!」


「だーかーら、何度言ったらわかるの? 薬は材料も高いし、集めるのも大変なんだよ。調合だってしなくちゃならない。とっても貴重なものなんだからね? それを良心価格で分けてやろうって話じゃない」


「くそっ、俺の実家が金持ちじゃなきゃどうするつもりだったんだ」

 悔しそうにぎりぎりと歯を食いしばる。


「カピバラならかわいいから捨てられていても、どっかで飼ってもらえるかもしれないのに」

「畜生、なんてこった」

 彬人が頭をかきむしる。


「あんたお坊ちゃまのわりに口悪いよね。ほら、食事も済んだし洋服も貸してあげたでしょう? さっさと帰って。あとそれ弟の服だから、ちゃんと返してね」

 翡翠は彬人を立たせ、玄関に追い立てようとする。


「え? ちょっと待って、俺、今金もってないんだけど」

「しょうがないなあ、料金は後払いでいいよ」

「いや、電車賃がねえ」

 翡翠はうざい羽虫を見るような目で彬人を見た。

 

 仕方がないので千円貸してやる。

「本当に女遊び凝りなさいよ。次にキルケにつかまったら、私の薬でも効かないからね」

「というかお前何者?」

薬師(くすし)兼巫女ってところかしら」

「要するに普通の人間じゃないんだな」

「うるさいなあ。人の詮索はいいから、さっさと帰りなさいよ」

「ねえ、駅まで送ってくんない?」

 彬人が上目遣いですがってくる。翡翠の背中にぞぞと悪寒が走る。

「女子か!」



 翡翠は仕方なく帰りたくないと、ぐずる彬人を駅まで引きずっていった。

「なあ、レイン交換しようよ」

 レインとは気軽に連絡を取り合えるSNSだ。

「やだよ。お断り」

「頼む。この通り! 俺を見捨てないでくれ!」

 人の行きかう駅改札で頭を下げられ、涙目ですがられる。仕方なく、交換してやった。


「用もないのに話しかけてきたら、速攻ブロックするからね?」

「わかったよ。翡翠ちゃん、いちいち怖いな」

「誰が翡翠ちゃんよ!」

「ああ、俺のことも彬人でいいから」

 なぜか決め顔で言う。

「さっさと帰れよ! 西園寺(さいおんじ)

 

 翡翠は、捨てられた子犬のようにウルウルとした目で見てくる彬人を駅の改札に置き去りにして家路についた。


 帰ったら、カピバラの使った風呂を洗わなければならない。


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