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04 雨宿り

 翡翠と彬人は各々自己紹介をして雨が小降りになるまで庇を貸してほしいと頼む。


 すると麗しき中年女性は桐田慶子と名乗り、快く家の中に迎え入れてくれ、清潔なタオルまで出してくれる。


「よかったら、あちらの部屋で着替えて頂戴」

 そういって差し出したのは女性ものの部屋着と、男性物の部屋着だ。


「翡翠さんには私のもので、彬人さんには主人のものなのだけれどサイズは合うかしら?」

「え? ご主人がいらっしゃるんですか」

 彬人は落胆したようだった。そういえば亜美も妖艶なタイプだ。いずれにしても彬人のストライクゾーンは妖艶な美女で、年齢に関しては幅広いらし

い。


「着替え終わったら、廊下の突き当りにあるサロンにいらっしゃい。何か温まるものをご用意するわ」

「ありがとうございます。助かります」

 白い歯をきらりと光らせて彬人が笑顔を浮かべる。


「すみません、ご迷惑おかけして」

 翡翠は丁寧に頭を下げた。



 二人は慶子夫人にあてがわれた別々の部屋で着替えた。翡翠が廊下に出ると誰もいない、きっと彬人はいそいそと応接室に向かったのだろう。


 ポツンと一人、天井の高い廊下を歩いた。大きな窓から見える空は重く暗い雨雲に覆われていてまだ晴れそうにない。あまり遅くなるようだったら、迷惑だろうから傘を借りて帰ろうと思った。ついでに駅までの道も聞こう。

 

 応接室の分厚く飴色をしたドアをノックすると中から返事があった。入ると、すでに彬人は席について温かい紅茶を飲んでいる。


「いらっしゃい。よかったら、紅茶をどうぞ」


 テーブルにはマカロンやフィナンシェ、きれいなジャムがのったロシアケーキが並んでいた。

 

 布張りの木製のソファや椅子に猫足のテーブル。この洋館に似つかわしい家具に茶器の数々。棚には幾枚ものコペンハーゲンの絵皿が飾ってある。


 翡翠もありがたく温かいお茶をいただきほっと一息ついた。地獄に仏とはこのことだ。


 彬人はぺらぺらと機嫌よさそうに夫人に話しかけている。自分は大学生で、雑木林に迷い込みここに出たとか……学部は理工学部とか。


「そういえば、少し前にも迷子の学生さんが何人かきたわねえ」

「そうだったんですか。それで、あの帰り道なのですが」

 翡翠は早く帰りたかったので身を乗り出した。


「大丈夫よ。すぐそばに駅はあるから」


 夫人はそう言ってにっこりと笑う。暗い空模様と大雨のせいか、見渡す限り草原に見えたが、夫人の話によるとそんなことはないようで翡翠はほっとした。


「でも、ちょっとまだ雨脚が強いようだから、ここで過ごしたらどうかしら。私も話し相手が欲しかったし」

 柔らかい笑みを浮かべる。上流階級の奥様のようだ。


「喜んで!」

 彬人が目を輝かせていう。本当に女好きのどうしようもない男だ。翡翠はため息をついた。


 ポーンと古びた柱時計がなる。時刻を見ると七時だった。いくら何でも長居しすぎだろう。大雨で外が暗かったので時間がわからなかった。いったいどれほどの長い時間、あの雑木林で迷子になっていたのか。


「あの、遅い時間ですし、そろそろお暇しますね」

 翡翠が腰を上げる。


「あらまだいいじゃない。そうだ。ちょうどシチューがあるのよ。主人が留守をしているのを忘れてつい作りすぎちゃったの。よかったら食べてくださらない」

 夫人が品よく微笑む。彼女は親切で非の打ちどころがないもてなしなのに、ここはどうにも居心地が悪い。


「そうだよ。せっかくのお誘いだから、ごちそうになっていこうよ」

 図々しい彬人はここで食事をしていくつもりだ。彼には亜美とのことについて一言文句をいいたかっただけなのに面倒なことになってしまった。


「では……」

 二人に引き留められ仕方なく再び席に着くと、夫人がシチューを持ってくると席を立つ。


「お手伝いします」

 慌てて翡翠が立とうとする。


「大丈夫よ。お客様なのだから、ここで待っていてね」

 そういいおいて夫人は部屋から出て行った。


「ちょっと、あんた図々しんじゃないの? ごはんまで食べいこうだなんて」

「いいじゃん、慶子さんが食べてってくれって言っているんだから」

 なれなれしく慶子さんなどと呼んでいる。


「そんなことより、いつまでも家に帰れなくて心配じゃないの?」

「は? こっから駅すぐだって言ってたじゃないか。何が心配なんだよ」

「見渡すかぎり草っぱらで、駅どころか建物すら見えないんだよ。なんだか、ここ変だって」

 すると、彬人ぷっと噴出した。


「お前、想像力豊かだな。まるでここが『注文の多いレストラン』みたいじゃないか」

「それに近い気がする」

 考え深い様子で翡翠がうなずく。


「は? 意外だな。結構頭の中メルヘンなんだ。そんなわけないだろ。お前ちょっと思い込み激しくないか? さっきも亜美を捨てたとか言ってたけど、それは」


 彬人がそこまで言いかけた時、扉を開く音がした。夫人がワゴンを押して入ってくる。


 ワゴンの上にシチューの入った大きな琺瑯の鍋とバケット、ジャムにバターが用意されていた。翡翠はここでも手伝いを申し出たが、やんわりと断られ、夫人がシチューをよそってくれる。


「温かいうちにどうぞ」


 美しくて優しい人だ。彬人をみるとぽうっと頬を赤らめ夢中になっている。シチューにも夫人にも。


 翡翠は彬人がシチューをおいしそうに食べるのを確認して、一口含んだ。


(うっ、まず……。これ何の肉?)



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