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02 迷子

 雑木林に入った途端、彬人は走り始めた。


 どうやら尾行に気づかれたようだ。おかしなストーカー女とでも勘違いされただろうか? それとも、やましいことでも?


 翡翠は慌てて彼の後を追う。声をかけようとしたが、いかんせん足が速くて追いつかない。彼はどんどん雑木林の奥にどんどんわけ入っていく。



 そして探索すること数十分、見失ったかと焦り始めたころ、やっと彼の後姿をとらえた。


「ちょっと、西園寺彬人(さいおんじ あきひと)! あんたに用事があるんだけれど」

 翡翠が声をかけると彼は嫌そうな顔で振り返った。


「なんだよ。さっきから、人のあとを付け回して。気持ち悪い」

 なかなか良い性格をしているようだ。


「は? 気づいていたんなら、止まってよね」

「いやだよ。どうせ、付き合いたいとかいってくるんだろ? 時々思い込みのはげしい女っているんだよな。あなたが運命の人だとかなんだとか」


 心底迷惑そうに言う。彼は彼で苦労しているようだ。なら、女遊びなどしなければいい。


「違う。あんたには1ミリたりとも興味はないから安心して。私は亜美の友達の成瀬(なるせ)ってものなんだけど」

「亜美?」

 すっかり忘れているようで、さらりと色素の薄い髪を揺らし軽く首を傾げる。

「あんたが、捨てた彼女の名前だよ!」

「ああ、あのビッチか」

 彼の青みがかった瞳には何の感情も映っていない。


「はあ? 二股かけといて何その言い草!」

「事実を言ったまでだよ。驚いたな、あいつ女子の友達がいたんだ。人の男ばっかとってるから意外だな」

 感心したように言う。


「ちょっと、それ誤解だから! 亜美がとっているわけじゃなくて、周りに男がよってくるのよ」

 彬人が白けたような顔をする。


「まあ、落ち着けよ。どうせなら場所を変えて話そうぜ。ここ虫が多くて嫌なんだ」

 うっとうしそうに羽虫を払う。確かに虫も多いし、なんだか赤いもこもことした不気味なキノコや、シダ類まで生えている。


 薄暗い雑木林をふわりと生温かい風が吹き抜けた。確かに居心地の良い場所ではない。


「じゃあ、戻る?」

「ああ、戻ろう」

 なぜか、この時彬人はほっとしたような顔をした。


「では、食堂で話し合いましょ」

 昼過ぎのカフェテラスは午後の講義で閑散としているのでちょうどよい。とりあえず休戦だ。



 そして、食堂に向かうため雑木林を歩くこと――30分。

「ねえ、こっちで方向あっているんだね?」

 後ろからついてくる男に聞く。


「え? 道知っていたんじゃないのか?」

「まさか、こんなとこまで来ないよ。だいたいここ保護林じゃん。整備されているわけでもないし、フィールドワークがあるわけでもないんだから、わざわざ入ってこないよ」


 粘土質の土はところどころ水を含み濡れている。うっそうと茂る木々のおかげで、日も差さない不気味な森だ。気を付けないと足を滑らせてしまう。


「まいったな。完全に迷子かよ」

「え? うそでしょ? 学校の雑木林で迷子なんて、ありえなくない?」

 確か半径2キロもないはずだ。


 そこで彬人は地面に落ちていたペンをひろった。


「また同じ場所にもどってきたか」

 がっくりしたように言う。

「え?」


「ここおかしいぞ。俺たちはさっきから同じところばかり回っている」

「どいうこと?」

「このペンは目印にさっき俺が置いておいたんだ」

「なんですって。そんなバカなことって」


 ちなみにこの大学にはこの雑木林に関する怪談話がある。取り壊されたはずの戦前の校舎が残っていて、眼鏡をかけた年若い職員がいるとか云々。


「俺たちは、さっきから同じところをぐるぐる回っているんだよ」

「そんなバカな。なら、私は私でやってみる」

 翡翠はハンカチを取り出し、小枝に結び付けるとさっと一人で歩き始めた。


「おい」

「何よ」

「何回やっても結果は一緒だよ」

 彬人が追ってくる。


「どうしてそんなこと言えるのよ」

「俺はこれで三回目だ」

「は?」

「俺はしつこい女をまくためによくここへよく来るんだ。大概の女は虫が嫌いだから途中でひるむ。この雑木林は南東に抜けると公園に出る。ものの15分もあれば出られるはずなんだ」

「ふうん、そうなんだ」

 白けた表情で翡翠は答えた。


「だが、何度繰り返しても今日は外に出られない」

「なんか怖がらせようとしてる? 二股かけたうえに、亜美を捨てたあんたに言われても信じる気になれないな」

 彬人は黙って翡翠の後ろからついてくる。かつがれているのだろうか? 彼を無視して歩き続けた。


「あ、あれ……なんで」

 翡翠はぴたりと立ち止まる。歩き始めて十数分、翡翠は小枝にまかれた自分のハンカチを見つけた。

 慌ててスマホのGPSで位置確認しようにも圏外だった。都内で圏外とは驚きだ。よほど電波が悪いのだろう。


「本当だったろう?」

「なるほど、あんたはこれで途方に暮れてここに突っ立っていたわけね」


「そうだ。後ろからつけられていたのはわかっていたからな。俺を追ってきたあんたとなら出られるかもと思ったんだ」

 イケメンは当てが外れて、残念そうに言う。


「つまり、あんたも私も道音痴ってことでしょ」

「俺はそんなことはない」

「現に迷子じゃない。とりあえずぐるぐると獣道を歩いているのが悪いんじゃないの?」

「は?」


「だから、小道を通るんじゃなくて、直進するのよ」

 うっそうとした雑木林の下には笹やキノコ、シダ類が密生している。翡翠がそこを指さした。

「道なき道を行くってわけか」

 翡翠の提案に彬人が顔を引きつらせる。

「GO!」

「嘘だろ! こんなとこ絶対にムカデがいるって! 第一マダニとかいたらあぶないだろ?」

 完全に逃げ腰だ。

 腑抜けた男である。こんな奴のどこがいいんだか……顔か。それ以外存在意義なし。



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