01 二股は男許せない。
「ねえ、翡翠、聞いてよ。私、彬人からふられたんだけど……」
彬人というのは今現在亜美が付き合っている彼氏の西園寺彬人だ。亜美はがっくりと肩を落とす。
「え? 亜美がふられるなんてありえなくない?」
昼休み、大学のカフェテラスで紙コップのカフェオレを片手に翡翠は目を見開いた。
亜美は幼馴染で色気のある美人だ。今までふることはあってもふられたことはない。
かくゆう翡翠もちょっと気になっていた男子を亜美に持っていたかれたことがある。
別に彼女のほうからアプローチするわけではなく、熱烈に相手から迫られるのだから仕方がない。
翡翠には亜美に対して恨みはないが、彼女のことをよく知らない女子から見れば、人の男をとる悪い女と映ってしまう。
そのため亜美には同性の友人が極端に少ない。翡翠も「よく亜美ちゃんと一緒にいるよね?」と子供のころから言われ続けてきた。
だが、亜美の理解者は幼馴染である自分しかいないと翡翠は思っている。
「それがね。二股かけられていたの」
「うそでしょ? 最低!」
目の前の彼女はぽろぽろと涙を流している。そんな可憐ではかなげな亜美の姿に食堂にいる男子学生たちの熱い視線と、女子学生たちの突き刺すようなとげとげしい視線が集まった。
注目が煩わしくて翡翠はすこし声を落とす。
「それで、その彬人って奴は今どこにいるの? 」
「多分、レストランに……いつもそこにいるから」
この大学には学生用の広い食堂と、外部の人も利用できるちょっとお高めでおしゃれなレストランがある。女子にでも貢がせているのだろうか?
「わかった。どういうつもりなのか、そいつに話し聞いてくるよ」
翡翠はカフェオレを一気飲みして紙カップをくしゃりとつぶす。
「翡翠、そんな……、私のために喧嘩になんてなったら。彼、女子の人気は絶大よ。翡翠が悪者になっちゃう」
亜美がつぶらな瞳にうっすらと涙を浮かべる。彼女は誤解されやすいだけで本当にいい子なのだ。
「大丈夫。どんな奴か顔を見に行くだけだから。亜美も来る?」
彼女はゆるゆると首を振る。
「私は……そんな勇気ないから。ごめん、変な話しして」
ふられたことが相当ショックなようだ。彼女にとっては初めての失恋だろう。
「じゃあ、亜美、そいつの写真みせてくれる?」
ちなみに亜美の彼氏はころころ変わるので顔まで把握しきれていない。彼女がスマホを操作する。見せられた写真に翡翠は目を見張った。アイドルや韓流スター並みの美男子だ。こんな人この大学にいただろうか?
「これ加工なしだよね?」
整った顔立ちに白皙の肌、瞳は青みがかっている。亜美はこくんと頷いた。
「うん、お父さんだかおじいさんが外国人だっていってた」
相当自分の顔に自信がありそうだ。
「ふうん、それで、あっちのほうからアプローチしてきたんでしょ?」
亜美が自分からアプローチをするということはまずない。
「えっと、今回は私から。でもその時は彬人フリーだったんだよ」
「へえ、それは珍しい。ますますそいつの顔がみたくなってきたな」
そういって翡翠がガタリと席を立つ。
亜美はもてるせいか二股疑惑をかけられることは多々あったが、実際は付き合い始めると一途だ。
夜にうっかり繁華街を歩いていると見ず知らずの男性に無理やりバーやレストランに連れ込まれ告白されたり、交際を迫られたりすることが多々あるので、それをみられて誤解されてしまう。
いろいろと亜美のこと悪くいう人たちもいるが、彼女は彼女でもて過ぎて苦労しているのだ。
そんなこんなで、翡翠は大学構内にあるおしゃれ系レストランに向かった。
するとテラス席に女子学生のにぎやかな集団がいた。目を凝らすとその真ん中に超ド級のイケメン男が埋もれている。
いかにももて男です、という軽薄そのものの態度に腹が立つ。亜美は確かに彼氏をころころ変えるがそれは事情があってのことで、付き合っている間はひたすら尽くす。だからこそ、許せない。
しかし、文句をつけに行こうにも、彼の周りを囲む女子学生たちの人数もさることながら勢いがすごく入っていけない。
仕方なく翡翠は、少し離れた席に座って様子をみる。彬人をにらんでいるとウェイターが注文を取りにやってきた。
メニューを見るまでもなくここのレストランは高い。
「水で」
翡翠の注文にウェイターが微妙な表情で軽く唇をゆがめる。仕方がないので、一番安いブレンドコーヒーを注文して、ちびりちびりと飲みながら彬人を見守った。
すると30分ほどしてお開きになったようで、ぞろぞろと女子たちを引きつれ彬人は店を出ていく。
「なんなの、あのハーレム」
ぶつくさ言いながら、翡翠も席を立ち勘定を済ませた。
彬人は外で女子たちと別れ、左腕にかわいい女子を一人だけぶら下げて歩いている。なるほどあれが亜美と二股した彼女か。もしかしたら彼女も女好きの彬人の毒牙にかかっている被害者なのかもしれない。ならば救い出すことも考えたほうがいいだろうか?
そこら辺を詳しく聞きに突撃しようとしたころ、大講堂の前で彬人と彼女は手を振って別れた。いかにも親しげな様子で。
そして彬人はといとそのままふらふらと大学の東側に広がる雑木林に向かっていった。そこは生命科学学科のために保存林として残されている広大な土地――というよりちょっとした山である。彬人はあんな場所に何しに行くのだろうか。
まさかほかにも彼女がいて待たせているとか?
翡翠は迷わずあとつけることにした。
それが、とんでもなく面倒な事態を引き起こすことになるとも考えもせずに……。