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8.晩秋の日


 11月最後の土曜日。



 昼下がりの国立天歌あまうた大学キャンパス。

 一週間前の学園祭の喧騒が嘘のように、ひっそりと静まっている。


 流れる雲に太陽が見え隠れするにつれ、交差する光と影。

 日が翳ると、風が肌寒く感じられる。


 わたしはキャンパスのメインストリートを、マトイ先輩と歩いていた。

 盛りを迎えたイチョウの黄葉。きれいに色づいた並木が遠くまで続いている。

 マトイ先輩が右側。わたしが左側。並んで、天歌駅に近い西門のほうへ向かう。



 石畳の長いメインストリートの反対側から、男女の二人連れがやってきた。

 向かって右側の女性は、ミクッツでボーカルをやっていたミカ先輩。

 美人揃いのミクッツの中でピカ一だった彼女は、遠くからでもすぐにわかる。


「ミカ!」


「マーちゃん!」


 どちらからともなく早足になって、駆け寄って向かい合う。


「土曜なのに講義?」とマトイ先輩。

「いや。本屋さんに行って、図書館に寄ろうとしていたところ」とミカさん。

「マーちゃんこそ、今日はどうしたの?」

「物理学のセミナーがあって、聴講してきた帰り」


 わたしのほうを向いてミカさんが言う。

「あなたは...たしか文芸部の...」

「はい。羽根田です」

「そうそう、クーちゃんだ。県立T大だよね」

「理工学部の1年生で物理学専攻。わたしのかわいい後輩だよ」とマトイ先輩。


「こちらの方は?」

 ミカさんの隣にいる男性のほうを向いて、マトイ先輩が聞く。

「タイシくん。同じ医学科の2年生」

「はじめまして。中村なかむら 大志たいしです」と穏やかな口調でタイシさん。

「元は同学年なんだけれど、私が一浪して後輩になっちゃった」とミカさん。


「土曜のキャンパスで、こんなに『かわいい』後輩をエスコートされているとは...」とマトイ先輩。

 遮るようにミカさんが言う。

「いや、そんなんじゃなくて...私たちは、医学の道を志す『同志』なんだよ。ねえ、タイシくん」

 その言葉にタイシさんは黙って、優しい眼差しをミカさんに向ける。



--------- ◇ ------------------ ◇ ---------



 風に吹かれたイチョウの葉が、長いメインストリートの上にはらはらと舞い落ちる。

 落ち葉の黄色と石畳のグレーのコントラストが、前後にずっと続く。


 反対方向へ歩いていく二人。

「どう見たってあれは恋人だね」

 マトイ先輩とわたしは、振り返ってしばらく見送った。


「『同志』なんてかっこつけずに、素直に認めちゃえばいいのに」

 そう言うとマトイ先輩は、わたしのほうを向いた。


「なんて、言ってられる立場じゃないか。ボクは...」



「ごめんね。ずいぶんと長いこと待たせちゃった」


 そのときが来た。


「答えは、少し前に出ていた。キミに伝えるのにどういう言葉がふさわしいか、探していた」


 マトイ先輩は、わたしの目を真っすぐに見て言った。


「やっとわかった」



「ボクは、キミと、ずっと、いっしょに歩いていきたい」



「わたしと...」


「このイチョウ並木よりもずっと長い、遥かな道のりを」



 二人は、ただ黙って見つめ合った。


 翳っていた日が、また雲間から照り始めた。



 どれだけの時間が流れただろう。

 彼女はわたしの右腕を取ると、優しく彼女の左腕に絡ませた。

 二人は腕を組んで、メインストリートを歩き始めた。


 晩秋の柔らかな日差し。美しく映えるイチョウの黄葉。

 祝福するかのように降り注ぐ黄金色の光の中を、わたしたちは歩いていった。



「一瞬は、永遠を映す鏡」

 右腕に彼女を感じながら、わたしは呟いた。


「覚えていてくれたんだ」と囁くように彼女。


 あの日、彼女の胸に顔を埋めたときに感じた体温と息遣い、そして背中で刻まれる優しいビートがよみがえった。


「忘れません。あの日のことは」


「ありがとう...」


「そして、今日のこと...」



<完>

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