1.プロローグ
3月1日木曜日。
私立ルミナス女子高等学校の卒業式。
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その人は、中音域の低めの声で穏やかに話す。
わたしは、そのゆったりとした話し声が好きだ。
その人は、丸顔のショートボブ。
身長160cmのスラっとした体形。
わたしは、彼女より身長が5cm低い。
向き合うと少し見上げる形になる
その人は、突然しがみついたわたしのことを、
全身で受け止めてくれた。
わたしは、その胸で感じた温もりと柔らかさを、
一生忘れないだろう。
その人は、聴かせてくれた。
ドビュッシーのピアノ曲「夢」。
その人は、今日、母校を巣立っていく...
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卒業生入場。
並べられたパイプ椅子の島と島の間を通って、冬服姿の238人が3列に分かれて入ってくる。
吹奏楽部が演奏するのは、エルガーの「威風堂々 第4番」。
舞台に向かって右側の列が1組から3組。
左側の列が6組から8組。
そして真ん中の列が4組と5組。
3年5組の彼女は、真ん中の列の後ろのほうから入ってくる。
2年3組のわたしは、真ん中の列の通路のすぐ横の椅子に座っている。
彼女がわたしの横を通った。
一瞬、わたしのほうを向いて、微笑んだ。
講堂の前から順に、卒業生の島、保護者の島、そしてわたしたち2年生の島。
後方の2階席に、吹奏楽部と合唱部のメンバー。
右手の横に並ぶのが、ご来賓や先生方など。
卒業生の入場が終わり、全員が講堂の前方に並べられたパイプ椅子に着席した。
それまで、次々と埋まっていく卒業生の席のほうに向いていた意識が、正面の舞台のほうに向く。
思い出す。わたしが初めて彼女を見たときも、こうして講堂のパイプ椅子に座って、舞台のほうを向いていた...
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...
「どうしたの? そういえば、電気つけないでもいいの?」
夕暮れ時。消灯したままの音楽室の中は、かなり薄暗くなっていた。
「そのまま、で...」
彼女は、わたしの正面に立って、わたしが何か言うのを待っている。
なにも言い出さないわたしに、彼女の顔から笑みが消えていく。
...