第84話.イスイの街の蟲人
イスイの街は首都トーヤの手前にある街になる。いくつかの街道がイスイの街で合流する為、各地から様々な種族や物資がイスイの街に集まる。
イスイの街自体は、ハーピーの棲みかからは離れている。一番近いのはタカオの街である事は変わらないが、イスイの街に繋がる街道がハーピーの行動範囲に入ってしまう。
険しい山や地形により、限られた狭い場所を縫うように街道が作られている。
そしてこの街道を通る隊商や旅人は、度々ハーピーに襲われる。この街道を迂回しようすると移動には倍以上の日数がかかり、商売するのには難しい。
そしてイスイの街も、別の街へと迂回されてしまうと街としての強みを失ってしまう。
隊商や旅人の警護する役目をイスイの街が担っているが、ハーピーに襲われる脅威だけでなく、街の立場も関係してくる。
「それだけで、イスイの領主が信用出来ると言えるのか?」
「イスイの領主は蟲人族です」
『それなら、信用出来るわね』
ムーアは納得したようだが、俺はピンと来ない。
「それは、どういう事なんだ?」
「アシスでハーピーを一番脅威に感じるのは蟲人族です」
『虫はハーピーの好物なのよ。ドワーフ族と蟲人族が並んでいたら、狙われるのは間違いなく蟲人族よ。ハーピーの行動範囲が広がれば、狙われるのは1番近いタカオの街かしら?それとも好物のあるイスイの街かしら?』
「そんな種族が領主をしていて大丈夫なのか?」
「空を飛べる魔物に対しては空を飛べる種族が対応する。これは種族間合議で取り決めされた事なので、絶対の決定事項です」
俺の納得していない顔を見て、ムーアが捕捉してくる。
『アシスでも空を飛べる種族は少ないのよ。蟲人族はその少ない種族の1つ。それにハーピーの好物が虫であって、蟲人族の天敵というわけではないわ。そして狙われた隊商や旅人から、蟲人族に目を逸らさせる効果もある』
「わざとハーピーを誘ってるのか?」
『ドワーフ族よりは、蟲人族の方がハーピー向きの種族という事よ』
「分かったよ、それならイスイの街を目指そう。だけどホーソン、この店は大丈夫なのか?」
「もうボロボロの店ですから、続けるにしても大変です。どうするかも含めて、後は知り合いに任せます。持っていきたい道具はありますが、まだ影の中には入るんですか?」
そう言いながら、もう店の中の荷物を整理し始めている。
「寝ないで済むのは便利ですね。時間があれば、ゴブリンキングの王冠と杖をみせて欲しいのですが?」
そして楽しそうでもある・・・。
そして夜が明け、改めて街の被害を目の当たりにする。ハーピーに襲われた西の区画は、どの店も被害が出ている。しかし、明らかに被害の程度が違う。
ホーソンの店のように屋根が落ち壁が崩れている店もあれば、少しキズが付いた程度の店もある。
少し呆然した表情で、大通りの中央で立ち尽くすホーソン。
「ホーソン、大丈夫か?」
「あっ、はい、大丈夫です。これは余りにも酷すぎます。あからさま過ぎです」
俺や精霊には分からず、ホーソンにしか分からない違い。
「何があったんだ?」
「領主様と繋がりのある店は、比較的に損害が軽微なんです。もちろん損害の酷い店もありますが・・・」
「ホーソン、お前も無事だったのか!」
そこに知り合いらしきドワーフが走ってくる。
「領主様が保護してくれる御達しがでたぞ。お前も一緒に来い!」
「セス、私はカショウ様に付いて、この街を出る事にしたんだ。半壊した店だけど、セスに預けたいんだが大丈夫かな?」
「やっと決める事が出来たのか。それなら何も言わんし、くれる物は何でも貰ってやる。俺様に任せとけ!」
「店も残ってる物も、好きに使ってくれ構いません」
「それで、いつ街を出るんだ?」
「すぐに街を出ます。戻るかどうかは分かりません」
そして右手を差し出して、今は無くなっている店の扉の鍵を差し出す。
「セス、気を付けて下さい」
「おう、任せとけ!店は俺がでかくしといてやる。そしたら店番で使ってやってもイイぞ」
そう言って鍵を受け取ると、セスは内壁方向には向かわず、裏通りへと入っていく。恐らくはホーソンの店へと向かったのだろう。
「カショウ様、行きましょう!」
「あれだけで大丈夫だったのか?」
「はい、私の言いたいことは伝わりました。それより、先に進みましょう。今は少しの時間でも貴重です!」




