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精霊のジレンマ~古の記憶と世界の理~  作者: 三河三可
ヒケンの森のオニ族編

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第28話.精霊の微笑み

 今日も、いつもと変わらない日常の繰り返しが始まる。

 朝6時に出社し、カードキーを挿し込みセキュリティ解除してから鍵を開ける。


 会社の共用と、個人用のパソコン2台を立ち上げる。パソコンが立ち上がるまでの間に、コーヒーメーカーの電源ボタンを押す。

 電源ボタンが赤く光り点滅し、緑ランプのスタンバイ表示に変わるまでの間に、給水タンクの水を入れ替える。


 ちょうどそのタイミングで、パソコンが立ち上がってくる。パソコンは新しくない為に、起動に時間がかかる。少し古いタイプと、かなり古いタイプの2台。

 立ち上げに時間差があるので、一台目のユーザー名とパスワードを打ち終わった頃に、二台目のパソコンが立ち上がる。続けて二台目のパソコンのユーザー名とパスワードを打ち込む。


 今日は少しだけ違和感を覚える?いつもよりコーヒーメーカーの赤ランプの点滅時間が長いような気がする。

 いつも繰り返しているだけに、緑ランプに変わっているといえ、少しだけいつもと違った風景に見える。

 だが、誰にも邪魔されない朝の貴重な時間。疲れが溜まってるだけだと勝手に結論を出して、いつも通り棚から愛用している赤のマグカップを取り出し、コーヒーメーカーにセットする。


 そしてコーヒーメーカーの抽出ボタンを押した瞬間に、その時が訪れる。


 目の前が真っ白になり、立ちくらみに襲われる。前後左右に上下の平衡感覚は全くない。


 これはヤバい・・。





 目の前の空間が歪み、閃光が迸る。


 徐々に光が収まり、そこからは黒髪の男が現れる。


 力なく横たわっているが、わずかに宙に浮いている。体は浮かんでいるが、手足だけが力なく垂れ下がり床についてしまっている。

 突然、黒髪の少年の目が大きく見開かれ、今度は逆に鼻と口から光が吸い込まれていく。


「まずいわ、すごい勢いで魔力を吸収してる。完全に暴走しているわ!」


『アージ様、時間がありません!このままでは、全てを巻き込んで消滅してしまいます!』


「ライ、あなたは魔力の流れを止めなさい。少しだけでいいわ。後は私が暴走を止めます」


 少年の体が膨らむ。着ていた服は弾けて飛散する。左腕が風船のように膨らんだかと思えば、今度は右脚が膨らむ。


『アージ様、もう時間がありませんぞ!』


 アージと呼ばれた女は、男の心臓の上に両手をかざす。


 男の胸から、光る粒子がアージの両手に吸い込まれる。アージの細い両腕が歪な形で膨張と収縮を繰り返すが、変わらず男の体の膨張は収まらない。


 薄っすらと体にヒビが入る。吸い込んだ光は、そのヒビから漏れ出し、光の放出と共にヒビも次第に大きく成長する。


 心臓の上に翳していた手を、男の胸の上にのせる。


「拒絶しないで、私の話を聞いてっ」


 胸の上の手が、少年の胸の中に沈み込む。


「貴方の名はカショウ。この世界に調和と安定をもたらす者。アシスで生きる術を与えん」


 アージの腕が弾けるが、飛散した腕は細かな粒子となって、再び男に吸い込まれてゆく。


「ライ、後の事は任せましたよ」


 腕から肩、そして胸が光る粒子となり、男に吸い込まれていく。

 そして最後に微笑み、アージの姿は消えてなくなった。

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