第151話.カマ精霊
肌を刺すような冷気が襲いかかるが、身体にダメージはない。髪の毛が少し凍った程度で、氷点下の世界を一瞬だけ体験したような感じしかしなかった。
「なぜ、あたしの哀しみの波動を浴びて、精神が壊れないのよ?」
哀しみの精霊は、野太い声と反して女言葉を使う。精霊は魔力で姿を顕在化しているなら、性別は関係ないのかもしれない。しかしその姿は、精霊の望みや趣向が色濃く現れ、姿形を男性っぽくするのか女性っぽくするのかは精霊次第になる。
クオンはヒト型になれば女の子だが、普段はネコ型を好んでいるし、ブロッサは進化を拒んでいたが最近になってヒト型へと進化した。そう考えると、イッショは豆柴になりたかった事になる。普段は見せる態度とのギャップに、思わず凝視してしまう。
俺の視線を感じて、気まずそうなイッショが照れ隠しで怒るように言う。
「何だよ!俺様より、あいつを見てみろ」
そこにはフードが脱げて、顔が露になった哀しみの精霊がいる。髪は鮮やかな蒼色だが、肌は青白く透けるような感じで、色味だけは哀しみの精霊っぽいと思わせるが···。残念なのは、ただのおっさんが泣きながら喚き散らしている姿だという事。
人差し指を立てて、どんだ○~とう台詞が似合いそうな、おねえ言葉のカマ精霊。
「ヴアアアァァァーーーッン!」
再び大きな泣き声を放つが、哀しみの感情は全く感じない。それどころか沸々を怒りが込み上げてくる。もう肌を刺すような冷気ではなく、温い風を送る扇風機くらいにしか感じない。
「何でなの~。そこの犬っころのせいね!だけど、そんな犬っころの姿でいつまで私の攻撃に対抗出来るのかしら」
「イッショ、何もしなくてイイぞ。おい、カマ精霊!思いっきりやってみろよ!」
「本当に大丈夫か?カマ精霊でも喜怒哀楽の四感情を司る精霊だぞ。ヒト型だし、それなりに力はあるぞ」
『豆ちゃん、大丈夫よ。あなたもカショウを怒らせた事があるから分かるでしょ。カマ精霊さんも、きっと後で後悔する事になるわ』
「カマ精霊、カマ精霊って繰り返し何なのよ~。あたしの本気を見せてあげるわよ」
カマ精霊の周りにこれまで以上に魔力が集まり、今度は体の周りが蒼く光はじめる。
「ヴヴヴヴヴヴアアアァァァーーーッン!」
これまでの波紋のような波動ではなく、蒼く光る魔力が俺目掛けて真っ直ぐに放たれる。しかし、避けたり防いだりしようとは思わない。
蒼い光が俺を包み込み、全身が飲み込まれる。そして蒼一色に染まった世界にいる。ただ蒼く光るだけで、それ以外には何もない。
「ああ、これが哀しみの世界なのか」
そして目の前には、半透明なカマ精霊が現れる。
「そうよ、今さら分かっても遅いわ。哀しみに押し潰されて消滅してしまいなさい!」
カマ精霊の顔は、グズった泣き顔から気色悪い笑みに変わると、さらに輝きがまし何も見えなくなる。
「何かしたのか、カマ精霊」
「えっ、何でよ。あたしの蒼い世界に飛ばされて、そこから無事に帰ってくるなんてありえないわ」
「あの世界は、俺の哀しみの感情を増幅させるんだろ。今溺れて死にかけてる奴に、哀しみの感情なんてないだろ。もがくのに必死なだけで、哀しいなんて考えない」
「それでも、あたしのとびっきりの哀しみも渦巻いてるのよ。あなたの中にも入り込んだはずよ!」
アシスに誕生したばかりの哀しみの精霊は、皆小さな蒼い光でしかなかった。しかし、進化が起こると皆は容姿は違えど美しくも儚さを感じさせる女性へと進化したのに対して、1人だけカマ精霊へと進化してしまった。
精霊は死ぬことはない。だから、このまま永遠にカマ精霊として在り続けるしかない。私にだけ与えられた終ることのない絶望は、この世界でも極上の哀しみ。
「あんなもの、哀しみじゃないだろ。精霊は死なないんだから、幾らでもやり直しが出来るだろう。俺の精霊達もやり直しているし、豆柴もいる。やる気だけの問題じゃないか?努力しない奴の言い訳にしか感じない!」
「俺様を引き合いに出すな!それにカマ精霊と比べないでくれ」
「悪い悪い、周りのせいにして限界を決めるカマ精霊と、俺様ならもっと出来ると上を目指す豆柴を比べたのは良くなかったな」
「カマ精霊、カマ精霊って繰り返さないでよ!」
「だけど、それがお前の望んだ姿じゃないのか?」
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