第134話.負けないための戦い
目の前にいるレーシーは、蜘蛛のような格好をしている。下半身がなく背中の10体20本の腕で身体のバランスが取り難くなったのか、背中を下にして腕を蜘蛛の脚のようにしている。
下半身は少しずつではあるが枝のようなものが伸びて身体を再構築している。驚異的な回復能力ではあるのだろうが、瞬間的に再生するのではなく時間がかかりそうではある。
そして俺達に簡単に接近させないようにと、大樹の中のトレントが消えてポッカリと空いた空洞に蔦を張り巡らせて、まるで蜘蛛の巣のような状態を作っている。この空洞は地下の深くまで続いているので、翼がなければ簡単には近付けない。
回復するまでは、巣穴に引きこもって様子を窺うつもりだろう。
魔物化した段階で、俺達とヘカトンケイルを相手にするだけの力をもっているのだから、精霊を吸収し完全に回復したレーシーは、かなり上位の魔物になるだろう。
「怒ってるよな」
『ええ、かなりご機嫌斜めよ!あなたに獲物を掠め取られたんだからね』
「言い出しっぺはムーアだろ。俺は指示に従っただけだし」
『そんな臭そうな言い方辞めてくれる。焚き付けたのは、イッショでしょ!』
「ちょっと待て、俺様は首謀者じゃない」
場の空気にそぐわない会話に、ナルキが入ってくる。
「ちょっと待ってよ。契約して君の異常性は良く分かったけど、今の君達の会話も狂ってるよ」
「お主も関係してしまったんだから諦めろ。ナレッジも喜んでるぞ♪」
『一番喜んでるのは、イッショでしよ!怒りの精霊のくせに、顔がにやけてるわよ。そんなで力が発揮できるの?』
「だってムーア!50人分だぞ、50人!」
「ボクの話なんだろうけど、その前にレーシーは大丈夫かな?これを見て、さらに怒ってるよ」
『後はカショウに任せとけばイイのよ。それが仕事なんだから!』
相手は1人で、こっちは複数人で誰かが見てくれている。多少の脱線話や軽口が出ているのは、まだまだ余裕があるバロメーターのような感じになっている。
「ナルキ、探知スキルは使えるか?」
「残念だけど、使えないね。必要なスキルだったのかい?」
「確認しただけだ。思うところはあるかもしれないけど、今は勝つつもりはないからな」
「やっぱり、逃げるのかい?」
「シナジー、頼む」
そう告げると、レーシーの巣を霧が包み込み隠してしまう。
巣に籠った状態でも俺達の攻撃なら耐えれると思っているみたいだが、それは巣から動かない事を教えてくれてもいる。
「嫌がらせの一斉攻撃だ!ハンソ、いつまでも死んだフリしてるなら、レーシーの巣に投げ込むからな」
「エトッ、エトッ、エトッ」
最初にダークの攻撃を防げなかった事で、レーシーは探知スキルを持っていないのは分かっている。そしてナルキが探知スキルを使えないなら、レーシーが新しくスキルを吸収する事もない。
もちろんシナジーの霧に包まれているので、俺達はレーシーの居場所は手に取るように分かる。
俺以外は皆場所を変えながら攻撃を行い、居場所を特定させない。さらに、霧の中ではシナジーが作った影が、レーシーを惑わせ始める。
そして、レーシーが俺達の居場所を知るためには霧の外へと出るしかない。
まだレーシーは回復している最中であり、吸収したのは弱りきった精霊でしかない。完全な力を取り戻すには、まだまだ時間がかかる。それは、精霊と契約している俺だから分かる事でもある。
そして、ここで今までに無かった変化を与える。
「ファイヤーボール」
レーシーではなく、足場としている蔦を狙って攻撃を加える。蜘蛛の巣のように宙に浮いているので、大樹に与える影響も少ない。
レーシーも足場を確保する為に新たに蔦を張り巡らせようとするが、ダークも蔦を狙って攻撃を始めると、明らかに足場になる蔦が減り始める。
徐々に状況が悪くなっている事を理解したのか、レーシーは仕切り直すために巣を捨て、下へと逃げる。
「ウォーター」
その瞬間に、大量の水をレーシーの居る空洞に流し込む。トレントの居なくなった空洞は地下にまで続いており、特に黒い靄を吸い上げて魔物化したトレントの根は深い。
宙に浮いた状態のレーシーは、水の流れに身を任せるしかなく、地下の深くの空洞にまで流されてしまう。
「探知出来る範囲には居ないな」
『そうね、綺麗に流れていったわね』
「あとは、この穴を塞ぐだけだな。しばらくは出てこれないだろう」
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物語はまだまだ続きますので、引き続きよろしくお願いいたします。