閑話9.純白の翼
セイレーンは音の精霊。私達の声は、全ての者を魅了する。
しかし誰も私達の声を聞きたがらない。
産まれたばかりのセイレーンは、鳥の姿をしている。成長するにつれて白い翼はより白く、そして艶やかになる。そう、天使にも負ける事はない自慢の翼。
最初は自慢だった。しかし誰もが白い翼に魅了され、翼のみを見て、翼のみを欲しがる。そこに私達の存在意義である声は必要としない。ただのコレクションや鑑賞用としての存在。
だから成長しヒト型へと進化する際に、翼が無くなる事を期待した。
最初の進化では、上半身はヒト型で下半身は鳥型。
上半身はヒト型になったのに、背中の翼は残ったまま。よりにもよって背中の翼は、より大きく、より艶やかになってしまった。大きくなった体でも空を自由に飛ぶことが出来るようにと。
さらに艶やかになった翼は、さらに多くの者を魅了してしまう。もう私達がどのような声で歌おうが、その声は届かない。
私達の翼を欲する者には、全身全霊の歌声で魅了するしかなかった。そうしなければ、白い翼の魅了に勝てないから・・・。
私達は身を守るだけのつもりだったのに、気付けば呪われた精霊と呼ばれるようになった。セイレーンを見てはいけない、声も聞いてはいけないと。
私達の存在価値を見出だす事の出来ない世界を恨んだ。人前に出る事を避け、次の進化では下半身が魚型になる事を望んだ。
水の中であれば、翼しか見ない者達から隠れる事が出来る。
水の中であれば、不要な翼は邪魔でしかない。
きっと無くなってくれるだろうと願った。
次の進化で、下半身が魚型になった。しかし背中の翼は残っている。小さくはなったし、もう魅了するような力はないが、何故か虚しさが残る。
水の冷たさが、心にポッカリ空いた穴を大きくし、心を凍りつかせる。だけど、私は湖の底へと潜る。
気付けば私は鎖に繋がれている。
身体に力は入らず、さらに魔力が抜けていく。だけど抵抗はしない。この世界に存在する意味はないのだから。
私の前にカショウという迷い人が現れる。彼の魔力は暖かい。
彼の魔力に触れると、心の穴が塞がっていく。凍りついた心が溶けていく。そしてセイレーンとしての存在を強く感じれる。今なら嫌いだった翼も誇れるかもしれない。
「“リズ”だ、名前は“リズ”」
そして私に名前を付けてくれた。この世界で初めて、個の存在として認められたような気がした。
私は、あなたを離さない。あなたの為なら嫌いだった翼にだってなれる!