第109話.迷い人の暴走
岩峰の暮らしが始まって1ヶ月が経ち、やっと魔力吸収の目処がたってきた。
ムーアの考案したスパルタ特訓は一瞬で失敗に終わる。
俺の暴走した魔力吸収スキルと、ハーピークイーンから吸収した味覚スキルである魔力吸収を混同していた。ゴブリンキングやコボルトキングから吸収した嗅覚や視覚のスキルの性能を考えれば、魔力吸収も高性能と考えてしまうのも仕方ないかもれない。
マジックシールドにウィンドカッター、ダークの操るマジックソード、フォリーのシェイド、ミュラーの盾。
俺の持てる全ての攻撃・防御の手段を尽くして、向かってくる魔法に対抗するが、ウィスプ達のサンダービームで地面ごと吹き飛ばされる。
『あら、おかしいわ?』
「魔法、少しだけ弱くなってた」
吹き飛ばされて、仰向けに寝転がる俺をムーアとクオンが不思議そうに覗き込む。
「大丈夫って言葉は出ないのか?」
『「・・・・」』
『大丈夫よ!魔力の繋がりで、あなたの状態は分かるのよ』
「うん、これくらいの魔法ならカショウは大丈夫!」
一瞬の間があって出たムーアとクオンの言葉は、間違ってはいないかもしれないが・・・。
結局今の魔力吸収スキルは、暴走するような危険なものではなく、下位魔法ですら消滅させる能力は持っていない。
ただ、魔力を消費しなければならない俺にとっては早く解決しなければならない問題でもある。
魔力を吸収する仕組みを解明するのは地道な作業で、それなりの時間が必要だった。ただ仕組みを理解さえすれば、制御するまでは比較的早かった。
俺の身体から伸びる触手のようなものが、触れたものの魔力を吸収する。しかしストローのように細く、吸収量は少ない。
ただ、ハーピークイーンの影響なのか、手当たり次第に魔力を吸収しようとしてしまうので、触手の存在を常に意識する必要がある。
「僕は、沢山仕事があるから無理だよ。これ以上は掛け持ちできないよ」
「無理だ!絶対に無理だ!幾ら優秀な怒りの精霊の俺様でも、これ以上は無理だ!」
「私達も無理だわ!制御出来ない黒い翼を抱えて飛ぶんだから、これ以上は難しいわよ」
まだ俺は何も言っていないけど、勝手に抵抗を始めるナレッジとイッショにリズとリタ。その慌て方でブレスレットの中の精霊達が、魔力吸収スキルを制御出来る事を教えてくれる。視覚スキルはナレッジが制御を手伝ってくれているから、間違いではないだろう。
「そうだな、役に立つ精霊のイッショにお願いするか?」
「何言ってるんだ、ヒト族。それは契約違反だ!」
「言うことを聞く契約だろ。クオンに確かめてみようか?」
「そっ、そっ、それは。今回だけは特別だ。その代わり早く他の精霊を連れてくる約束だぞ!」
「怒れば怒るほど、お前の能力は上がるから心配してないよ」
「それって、どういう事だぁーーっ!」
そして、岩峰の頂上で再び特訓が始まる。イッショに8本の触手を使って魔力吸収させる。
『いまいちね。精神の精霊とは思えないわ』
「頑張リガ足リナイ」
「違うわ、センスが無いのよ」
「元の世界では、弱い犬ほどよく吠えるって言葉があるぞ」
『回復して実体化出来るようになったら、きっと犬の姿ね!』
魔石の状態になっても力を行使出来る精霊のイッショ。しかし、周りからダメ出しされ、貶され、力不足と評価される。そこから来る怒りが我を失なわせ、失なったイッショの力を回復させる。
その状態になるの待っていたかのように、クオンとブロッサが影から何かを取り出す。そして、ムーアがブレスレットの中に消える。
「ウヒョォォォーーーッ」
怒りとも悲鳴とも聞こえるイッショの声がする。
「クオン、ブロッサ、何したんだ?」
「あのね、リラックス出来るお香があるの」
「精霊ニモ効ク回復薬ヨ」
そこに、ブレスレットからムーアが戻ってくる。
『凄い効果ね。もしかしたら実体化出来るかもしれないわ♪』
満足げな3人が何をしたかは、これ以上は触れないでおこうと思う。
岩峰の頂上では、再び魔力吸収の特訓として魔法が乱れ飛ぶ。ウィスプ達のサンダービームは大きな爆発を起こし、頂上の地形を変えてしまう。
その爆発を遠くから見守る蟲人族は、呪い人が暴走し始めたかもしれないと防衛隊を岩峰に召集する。それを間一髪でチェンが止めた事は、カショウの知らない話である。