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紫陽花  作者: 七星瓢虫
8/8

[紫陽花]

この男に、同情すべき点はあるのだろう

あるにしてもこんな身勝手な犯行、許される訳がない


虹色の花弁を(ちりば)める、桜並木の下


真っ新な制服に身を包む、女学生

真っ新な空に、送る日日を思い描いていた事だろう


『殺す…、つもりはなかった』


口を揃えて言う

殺す気はなかった、と白白しく言う


刃物を持つ時点で

毒を盛る時点で、それは殺意の為せる業だろう


酒を飲み、自動車のハンドルを握った時点で

幼子を大人の力で殴り、蹴り飛ばした時点でそれは同じ事だろう


『逃げられるのが、嫌だった』

『逃げられるのが、嫌だったんだ』


此処(ここ)は森の中じゃない

手を緩めたら、目を離したら逃げられてしまう


---絶対に嫌だ

---一人は嫌だ


---俺は美しくなりたいんだ


『逃がさない方法は知っている』


男の顔一面に、満悦の笑みが浮かぶ

我慢できず、若手刑事が男の襟元に躍り掛かる

着座していたパイプ椅子が一隅に陣取る、書記係りの刑事目掛け吹っ飛ぶ


巫山戯(ふざけ)るな!』

『この人殺しが!、この…、鬼畜があ!』


男の中で何かが弾ける

若手刑事と男の間に入り諌止(かんし)する、古手刑事は

確かに、その瞬間を目撃した


鉛玉のように鈍くも生という光を宿していた、男の目が

音を立ててひび割れ粉粉に砕け、暗黒の千尋の穴へと落ちていく

がらんどうのような、そんな双眸に変わっていく


『そうだ、俺は鬼なんだ』


男の台詞に刑事達は耳を疑う


『鬼が人間を(さら)って何が悪い』

『鬼が人間を喰らって何が悪い』


再び、飛び掛かろうとする若手刑事に書記係りの刑事も加わる

男は若手刑事の挙動に気圧される事なく、喋り続ける


『鬼が人里に下りてくるのが罪なんだ』

『鬼が人間の振りをするのが罪なんだ』


『鬼のクセに人恋しくなるのが、罪なんだ』


そう吐き捨て、男は徐徐(そろそろ)掌で顔を覆う

労働で荒れた薄黒い、強強(ごわごわ)した掌で顔を覆う


泣き出す度、現実を突き付けられた


---儂等の気持ちが分からんのか

---お前を思う、儂等の気持ちが分からんのか


---親に見捨てられたお前を、儂等が育てたというのに

  姿のみならず、心まで醜いのか


---この、鬼子め!


逃げ出す度、包丁を突き付けられた


『鬼子め』

『鬼子め』


『…鬼子、め!』


突然、男は事務机に突っ伏して泣き出す

大の大人が咽喉を震わせ、幼子のようにおいおい泣き出す


男の、打って変わる様子に戸惑いを隠せない若手刑事を

ここぞとばかりに、古手刑事は部屋の隅へと押し遣る


そうして頭を垂れる、男の盛り上がる肩に埋もれる

短い首に残る、幾つもの傷跡を見止める


呼吸した時は白いままなのに

呼吸していく内に白いままでいられない


どうして白いままでいられないのだ


古手刑事は鉄格子の向こう、紫陽花に目を遣る

白み、青み、紫み、赤み、色取り取りの紫陽花が煙霧に煙る


紫陽花はアントシアニンという色素と、土壌の酸度によって

その花(萼)の色が決まる


酸性なら、青

中性~弱アルカリ性なら、赤

アントシアニンという色素を持たない紫陽花は、白のまま


早朝の情報番組で仕入れた、雑多な知識


望むなら、白のままで

望むのなら、鬼のままで


紫陽花は環境で、その色を変える

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