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どうにも想像出来ない

「ところで、今まで結婚を意識された女性はいなかったのですか」

「いないな。私の外側に惹かれて寄ってくる者はいたが」


 外側って言い方に難がある。いや、私の好みではないだけで、十分整ってはいるけれど。


「つまり内面を見て皆が去っていったと」

「私が数多の女性に振られたような言いようはどうだろうか。勝手に寄ってきて勝手に去るのだ」

「長官も女性達の内面を見ようとはしなかったのですね」

「私が悪いと言いたいのか」

「そうではありません。ただ、お互い様だと思っただけです」


 外見はきっかけになる。だから顔が整っている方が出会いの機会は多くなるはず。そこからどう対応をしていくかが問題なのだけど、長官は捻くれたのかな。自分の顔の価値を理解して人を騙すくらいなら、捻くれている方がマシか。


「それではカルラの内面を見る事にしよう」

「私は長官に好意を抱いて近寄った訳ではないので、別の女性でお願いします」


 惚れ薬の実験が終わったら解散の流れなのに、妙に意識をされても困る。惚れ薬の効果が出てきて私に興味を持ち出した可能性は捨てきれないけれど。


「別の女性だとややこしくならないか」

「実験を終えてからにすれば何の問題もありません」

「それもそうか」


 まだ効いてないみたいな反応。本当に長官の態度が変わるのかな。ここから急に溺愛されても困るけど。そもそも長官は自分が惚れ薬を飲んだ後、どうなるか理解をして実験に臨んでいるのだろうか。


「長官はこの薬を飲む事に抵抗はなかったのですか」

「抵抗? 何故だ」

「薬に自信があったとしても、自分で飲むのは勇気が要りませんか?」

「身体に負担がかかるような物は使っていないのに、どうして勇気が必要になるのだ」


 私が疑問に思っている事が全く伝わらない。会話が噛み合わないのは頂けないな。独身の理由が垣間見えた気がする。


「惚れ薬を飲んでいると認識していても、ままならない感情が芽生える可能性があるわけではないですか」

「可能性があるではなく、確実に効果が出てくれないと困るのだが」

「例え十日間だとしても、どうしてこの女性を好きなのだろうという葛藤に苛まされる可能性について、どうお考えなのでしょうか」


 長官が眉間に皺を寄せた。私は何もおかしな事を言っていないと思うんだけど。

 だって心から好きでもない異性に強制的に惹かれるなんて精神的負担があるはずだ。本来の使用法なら惚れ薬を飲んでいる自覚がないから、目の前の異性が気になって仕方がないで済むけれど、長官の場合は事情が違う。


「薬の効果が出ていればそのような葛藤は生じない。解除用の薬を飲めば十日間抱いていた感情も消える。それのどこに問題があるのだ」


 つまり惚れ薬を飲んでいるという自覚がなくなるという事? あの成分でそこまで精神に作用するのか。流石長官としか言いようがない。


「長官が納得されているのでしたら何の問題もありません。私は観察するだけですから」

「そうだ、今のうちに渡しておこう」


 またポケットから瓶を出すのか。でも瓶の形が惚れ薬と違う。これが解除用の薬なんだろう。


「私が長官に飲ませるのですか?」

「あぁ、私の健康に害を及ぼすようならすぐに、そうでなければ十日後にまた葡萄酒に入れてくれ」

「もし私がこれを使わなければ、長官は一生私に片思いし続ける訳ですね」


 長官の表情が驚きに染まった。この人は賢い割に案外抜けているのかもしれない。


「まさか、そのような事をする気なのか」

「契約違反にはなりませんから」


 先程の契約書は口外するなと念押ししただけだ。仮に私が長官に求婚されて悠々自適生活を手に入れても、まさか惚れ薬を飲んでいるからとは誰も思うまい。王妃殿下は察するだろうが、自分が依頼した事が公になってしまうから表立って言うはずもない。


「私はそのような事をしないのはカルラだけだと思ってこの話を持ち掛けたのに、裏切るつもりなのか」

「私を信用して、契約書に項目を設けなかったのですか」


 長官が目を逸らした。これは私がそのような事を考えるとは思っていなかったな。私は貴族令嬢ではなく平民だから、純粋な心なんて持ち合わせていないのに。


「冗談ですよ。親しくもない人から好奇の目で見られるのは御免です」


 長官が今後どのような態度になるのかはわからない。だけど周囲の目は間違いなく『どうしてあんな女を』になる。それは嫌だ。私だって長官に惚れられる所を持っているなんて思っていないし、事情を口にしたら人生が終わるかもしれないし。


「好奇?」

「その見た目と肩書で浮いた噂ひとつなかったのですから、周囲が騒ぐのは容易に想像出来ます。私は静かに暮らしたいのですよ」

「静かに暮らしたいには同意する。何故人は他人の動向が気になるのか理解に苦しむ。余程魔道具について考えた方が有意義だ」


 国からすれば長官の血筋と才能を継承してほしいのだろうけど、それは余計なお世話だ。必ず遺伝するものでもないから子供に重圧をかける事にもなる。私のように何の縁もないのに魔力を持ってしまう平民もいて、遺伝の仕組みはまだまだ謎に包まれている。


「魔道具の事ばかり考えているのですか?」

「時間が足りないくらいだ」

「それなら私に遠慮せず魔道具の事を考えて頂いて結構ですよ。時間まではここに居ますから」


 長官が訝しげな表情を向けているのが解せない。おかしな事を言ったつもりはないんだけど。薬が効いてきたら魔道具の事を考えられなくなるかもしれないし、余裕があるうちに考えたらいいと思っただけなのに。


「私の都合でカルラを巻き込んでいるのに、君を放置して研究するほど私は非常識ではない」

「国家権力に逆らえなかっただけなので、私は気にしませんよ」

「前から思っていたが、カルラは淡々としているな」

「そうでしょうか。報酬を頂いている以上、仕事と割り切るのが普通だと思います」


 もし恋人同士だったなら、自分を放置して魔道具研究を始めれば私も文句のひとつくらい言うだろう。だけど私達は違う。だから観察以外は自由でいいと思う。


「割り切ってくれるならこちらも助かる。だが私は非常識でない」


 繰り返したという事は、自分は常識人だと言いたいのか。別に長官がどっちでも私には関係ないのに。何かに飛び抜けていると常識が通じない人が多いから、そういう類だと判断をするし。あ、その判断が嫌なのか。でも常識人なら転移先に気を遣うと思う。思うけど、多分ここは余計な事を言うべきではない。それくらいの空気なら読める。


「長官が非常識な人だとは思っていませんよ」


 長官が少し嬉しそうな表情をした。案外可愛い人なのかな、この人。餌付けが簡単に成功しそう。まぁ私の料理の腕は中の中だから餌付けは出来ないけれど。そもそもこんなに美味しい食事を毎日しているのだから、料理人でなければ太刀打ち出来そうもない。


「やはりカルラに頼んでよかった。正しく見極めてくれそうだ」


 あぁ、非常識人だという先入観が嫌だったのか。非常識人がどのように変化するのかを観察するのも楽しそうではあるけど、口に出す必要はないな。


「精一杯対応させて頂きます」


 だけど長官は惚れ薬によって態度がどう変わるんだろう。甘えられるのは嫌だ。でもグイグイ来られても困る。うーん。想像出来ないなぁ。


 まぁいいや。今日は食事を楽しもう。明日になれば変化が出るはずなんだから。

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