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早まったかもしれない

「あー、嫌だなぁ」


 昨日食べた焼菓子は美味しかった。あれは限定ではなく常時置くべき商品だわ。でもそれとこれとは関係ない。仕事は終わったけれど転移する気にはなれない。


『カルラ、遅くなるなら連絡をしなさい』


 うわっ、びっくりした。いつの間に魔伝鳩が? 壁を擦り抜けるのだから知らぬ間に入って来られるとしても気配なさ過ぎ。しかも既に跡形もない。あぁ、もう。契約書に署名をしてしまった以上やるしかないか。


 ふぅ。勇気がいるな。他人の家に初めてお邪魔するのに、転移魔法で飛ぶなんて不安しかない。多分長官は常識が欠如しているんだわ。だからそのような人の家に行くのに緊張するだけ無駄。さくっと行ってさくっと帰ろう!


 あぁ、この一瞬の無重力にはまだ慣れないな。でも本当に一瞬で移動出来るのだから転移魔法って凄い。そして家の中に着くだろうとは思ったけど、まさかの玄関。廊下の明かりはついてるけど、上がってもいいのかな? いやいや、どの部屋かわからんわ!


「こんばんはー。長官はいらっしゃいますかー?」

「大声を出すな」


 一番近い扉から長官が出てきた。でも仕方がないと思うんだ。誰もいない玄関に飛ばされて、何処にいるかわからない人を呼ぶのに小声なんて効率が悪過ぎる。


「すみません。何処にいらっしゃるか見当がつかなかったので、声を張らせて頂きました」

「あぁ、そうか。説明不足だったな。こちらの部屋に来てくれ」


 長官が少し申し訳なさそうな顔をした。何て希少な表情。だけどお願いされたのは私の方だから、私が遠慮する必要はないよね。うん。よし、堂々と行こう。


 うわー。想像通りの居間だよ。ソファーは空いているけれど、テーブルに書類が山積みなのは何故なのか。そして実験道具が見当たらないけど何をする気?


「そこに腰掛けてくれ。これから説明をする」

「はい。失礼します」


 いやん、ふっかふか。何このソファー。これ絶対高いやつ。私の給料では買えないやつ。やっぱり長官ともなると給料が桁違いなんだろうなぁ。魔伝鳩だけで結構な儲けがありそうだし。いいなぁ。私も何か国に買い上げてもらえるような魔道具を作れる才能が欲しいわ。


「最初に確認しておくが、カルラには結婚相手及び恋人はいないという事で相違ないか」

「そういう個人情報をどうする気なのですか。訴えますよ」

「訴えられると困るから聞いている」


 あぁ、そうか。内密の実験だから十日間は二人きり。浮気を疑われると困るやつね。確かに私に恋人がいて勘違いで殴られたりしたら嫌か。暴力を振るうような知り合いはいないけれど、痴情のもつれは何が起きてもおかしくないらしいし。


「長官と二人で過ごした事に対して訴えるような人はいません。あ、私も訴えられたりしませんよね?」

「いない。魔道具を作る以外の時間が惜しい」


 そう言う事を素で言っちゃうから外見は良いのに独り身なんだろうな。でもこの外見なら形だけの結婚をしたいと願う女性が居てもおかしくなさそうなのに。こんなソファーがあるんだからケチではないはずだ。仕事人間の夫の金で遊び放題じゃない? 流石に長官はそういう目を持っているという事か。


「それで何の魔道具の実験なのですか」

「隣国へ王女殿下が嫁がれるという話は知っているか」


 人の事を馬鹿にし過ぎだ。流石の私でも国家魔導士である以上、王族の動きくらい知ってるわ。


「隣国との国境で見つかった魔法石鉱山の領有を巡っての争いに決着をつける為の婚姻ですよね」

「そうだ。王女殿下は十七歳。一方相手の王太子殿下は三十二歳だ」


 うわ、父親とあまり年齢が変わらない感じ? いや、王女殿下は五人目だから父親よりは若いか。陛下の年齢いくつだっけ。この前祝いの式典があったはずだけど、全く覚えてない。あぁ、知ってると啖呵切らなくてよかった。大した情報は持ち合わせてなかったわ。


「三十二歳で独身なのですか?」

「一度結婚されているが二年前に相手を亡くされていて今は独身だ」


 それは気まずい。政略結婚の相手が二度目なんて王女殿下に同情しちゃうなぁ。王女となれば私のように生涯お一人様宣言も出来ないし。


「その王太子殿下に子供はいらっしゃらないのですか?」

「三歳になる王子が一人いる」


 あぁ、もう可哀想すぎて辛い。嫁いで男児を出産してもその子は多分王位には就けない。何という悲しい政略結婚。魔法石鉱山を仲良く採掘する為の犠牲。王妃殿下は女の子が欲しいと頑張ったんだから、ここは娘の結婚相手に相応しくないと別の手を考えるべきではないか。私には何も思い浮かばないけれど。


「今回の実験は王妃殿下からの個人依頼だ」


 何で胸ポケットから瓶が出てくるんだ。うっかり転んで割ったら大変だろうに。長官が転ぶ所は一切想像出来ないけど。


「何の液体でしょうか」

「いわゆる惚れ薬だな」


 ん? 長官の口から似合わない言葉が出てきたぞ。そもそも魅了耐性持ちもいるから、惚れ薬なんて必ず効果が出るなんて言えないのに。血液を混ぜれば確率は上がるけれど、完璧な物はいくら長官でも作れないはずだ。


「これが成分だ。カルラなら目を通せば、からくりはわかるだろう」


 書類の山から資料が出てきた。何で一番上でなく途中から取り出したの? いや、それはどうでもいいか。成分表を確認しよう。うーん。あぁ、何となく言いたい事はわかる。流石長官。でも惚れ薬として完璧かと問われると難しい。


「魅了耐性なしならまだしも、耐性持ちの人に動悸と恋愛のドキドキをこんなに上手く誤認させられるものでしょうか」

「同じ事を王妃殿下に指摘された。だから実験して見せろと言われてこうなっている」

「なるほど」


 ――って納得出来るか!


「私も魅了耐性持ちだ。だから私が飲んで君に惚れたら効果が立証出来る」

「いやいやいや、長官に惚れられても困ります」

「ちゃんと解除用の薬も作ってある。だから十日と期限を切っているのだ」


 それなら……とはならないと思うんだけど!


「自分の血を混ぜて、惚れて欲しい相手に飲ませれば高確率の惚れ薬が作れる。だが王妃殿下は可愛い娘を傷物にする気かと大層ご立腹になられてしまった」

「この内容なら指先辺りを針で少し刺したら足りますよね?」

「たったそれだけでも嫌だと言われて改良したのがこの薬だ。少しは苦労を察してくれ」


 あぁ、そうですか。それは察しましょう。王妃殿下が王女殿下に甘いのは王宮に勤めている人間なら全員知っている。

 だから薬を飲んで初めて見た人になっているのか。だけどこれでは成功率が高いとは言えないなぁ。


「うっかり侍女を見初めたらどうする気なんでしょうか」

「もしかしたらそれを狙っているのかもしれない」


 そっち? 離縁希望なの? 確かに子供が出来なかったらそれもありえるけど。跡継ぎは既にいるわけだし。あぁ、可愛い娘を一生手元に置く算段という事か。戦争回避の為に一旦嫁入りして、役目を果たせないと戻す。先方も王子一人では心許ないから別の妃を迎えたいだろうし。これは嫌な事に巻き込まれたな。


「とにかく契約書はあるのだから付き合ってもらう」


 あぁ、そうだった。どうせ逃げられないんだった。内容的に口外したら消されるのも理解した。魔法石と釣り合うのかなぁ、この実験。早まってしまったかもしれない。

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