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高額報酬には抗えない

「あー、疲れた。休憩」


 いくら好きな仕事だとしても、集中力は長く続かない。少し換気をして気分転換しよう。


 あ、魔伝鳩だ。また誰か長官に呼び出されるような事をしたのか。ん? こっちに向かってきてない? 嫌だ、来ないで。窓を閉めて拒否してやる。


『カルラ。至急長官室まで来るように』


 あぁ、この魔伝鳩は壁を擦り抜ける仕様だった。長官の無駄に高機能な魔道具が憎い。肩にとまって言葉を発したと思ったら音もなく消え去るなんて、私には一生作れそうもない。


 名指しされた以上、行くしかない。だけど最近失敗はしてないんだけどな。用件不明の呼び出しほど怖いものはない。


 あーあ。折角いい天気だから風に当たろうと思っただけなのに、一気に気分が下がったわ。足が重くて行けませんとか言いたいな。冗談が通じない人だから言わないけど。長官は私生活も全く見えないし、とっつき難いんだよね。才能があり過ぎると、もはや同じ人類なのかさえ疑ってしまう。


 うだうだ考えていたら着いちゃった。あぁ、今日は限定品の焼菓子を買って帰るという予定があるから、残業指示ではありませんように。


「カルラです」

「入れ」

「失礼します」


 うっわ、相変わらず書類の山に囲まれてる。よくこんな部屋で仕事が出来るな。落ち着かないから早く帰りたい。


「そこに座ってくれ」


 座って話すの? まぁ簡単な要件なら魔伝鳩で言うか。嫌な予感しかしない。


「とある実験に付き合ってもらいたいのだが、時間調整は可能か」

「具体的にはどれくらいでしょうか」


 どうやら叱責ではなくて安心した。私の嫌な予感って感度悪かったのか。

 でも遅くなると焼菓子が売り切れちゃうから夕方まででお願いしたいなぁ。


「夕方から夜にかけて、明日から十日間」


 今日の焼菓子は買えるけど、それ以降の予定が。まぁ、予定はないけど。長官の実験って何だろう。私に理解出来るものなのだろうか。


「その程度でしたら調整可能ですが、時間外手当は出ますか?」


 とりあえず賃金の要求は大切だ。無償で働くなど出来るか。

 長官の表情が無表情のままだ。これは予想されていたか。親密な関係ではないはずなのにおかしいな。


「私個人の実験扱いなので時間外手当はない。その代わり、マトを百でどうだ」

「お断りします」


 魔力を特殊な紙に流して使う伝書鳩、略してマトと名付けた長官のセンスは頂けない。誰もが同じ意見だったのか長官しか呼ばない。知らぬ間に魔伝鳩で定着したにもかかわらず、長官はマト呼びを諦めない。

 確かに魔伝鳩は凄いよ。だけど私には送る相手がいないから使い道がない。いくら高級品でも使わない物を貰っても仕方がない。現金化もし難いし。


「そうか、それならこれでどうだ。転移魔法円を描こう」


 長官は私が断ると予想していたんだろうな。そうでなければ魔法石なんてすぐに出てくるはずもない。掌に乗る大きさの魔法石に転移魔法円なんて普通は信じないけれど長官は出来る。むしろ長官にしか出来ないからこそ値段がつかない。魔伝鳩と比べられない。


「これほど高級な報酬が出るのは危険な実験という事でしょうか」

「守秘義務があり内容は先に言えない。つまり口止め料も含まれている」


 怪しすぎる。でも転移魔法円の魔法石は欲しい。これさえあれば寝坊してもすぐに職場に来られるし。睡眠時間が増える。


「肉体労働でしょうか」

「いや、魔力消費もしない。実験の被験者は私であり、君はその私の様子を確認してほしい」


 ますます怪しい。でも長官の表情は変わらないんだよなぁ。やましい事があったらどこか不自然な感じになりそうなのに、淡々としているだけ。どうしよう。命がけの実験なら断りたい。


「何故私なのでしょうか。優秀な魔導士なら他にもいると思いますが」

「この実験の適任者が君しか思い浮かばなかった」


 何故私が名指しされたかを明らかにしようとしたら、全然わからない回答が来た。私が適任って何だ? 守秘義務があるから口の堅さ? 確かに一生一人で生きていく為にこつこつ貯金していて滅多に出かけないけれど、友人が一人もいないわけではないんだけどな。あれか、酒を飲ませても酔わないし、生まれつき魅了耐性があるから、強引に口を割れない所が買われている?


「この実験は冷静に対応出来る観察者が必要なのだ。他の者には依頼出来ない」


 普通ならこの蒼色の瞳に真っ直ぐ見つめられて陥落する所だろう。でも私には無駄だ。艶やかな黒髪も綺麗に纏まっていて腹が立つし。私は毎朝癖毛を纏めるのに苦労しているのに、長官はそういう苦労を知らなさそうだ。


「魅了耐性を持っている魔導士は私だけではないと思うのですが」

「色々な条件を加味した上で適任者は君だけだと判断をした」

「私だけ? 私が断った場合どうなるのでしょうか」

「詳しくは言えないが、私も君も職を失うかもしれない」


 うわ、個人の実験と言いながら内密の依頼か。長官に命令出来るとしたら王族だろうから嫌だ。無茶振り案件に関わりたくない。


「実験自体は危険ではない。机上では完成している。受けてくれさえすればカルラにも詳細を説明する。勿論被験者は私だけで、君はあくまでも観察者だ」


 だからいくらその瞳で見つめられても、私は魅了耐性を持っているから無駄ですってば。そもそも顔立ちのいい男は信用しないって決めているし。長官の魔道具の腕は認めているけれど。


「実験後、私や長官がこの世を去っているなんて事はないですね?」

「ない。それは約束をする」


 国内随一の魔力を持ち、誰にも再現出来ない魔道具を作成するのだ。王家も長官を簡単に手放すわけがない。だが私だけ切り捨てられる可能性はある。それなら魔法石を貰った方がいい。かなり怪しいけれど、命はかけなくてよさそうだし。


「わかりました。明日から十日間協力します」

「感謝する。それではこの契約書に署名を。その後で魔法石に転移先を登録しよう」


 口止め料と聞いていたから予想はしていたけれど、結構本格的だな。こういう契約書は読んでおかないと後で後悔するから、面倒でも読まなくちゃね。


 一、この実験内容を生涯口外してはならない。――生涯とは重いな。

 二、被験者に異常が見られた場合、実験を中止してもいい。――え? いいの?

 三、中止した場合でも報酬はそのまま。――やったね。

 四、実験がどのような結果になったとしても、口外した場合命の保証はしない。――しないんかい!


「命の保証がないとありますけれど」

「口外しなければ問題ない」


 それもそうか。最初の内容を最後に念押ししているだけだもんね。人に話したくなるような実験とは思えないからいいか。さくっと署名して魔法石を貰おう。

 署名した契約書に長官が魔力を通している。あぁ、口外したら長官の魔法で殺されるのか、怖いなぁ。


「登録先は自宅と職場の個室でいいか」

「そういう決めつけは良くないと思いますよ」


 まるで私が自宅と職場の往復しかしていない寂しい独身女性みたいではないか。実際そうだけど、決めつけられるのは面白くない。そういう乙女心を長官に理解しろと言う方が無理かもしれないけど。そもそも何故二ヶ所なのか。あの大きさなら一ヶ所でも厳しいだろうに。


「それでは登録先の住所を二ヶ所教えてくれ」

「二ヶ所なのですか?」


 魔法円がふたつも描けるかな、あの小さな魔法石に。


「三ヶ所登録出来るが一ヶ所は実験に必要な場所になるから二ヶ所だ。実験終了後に書き換えは受け付ける」


 まさかの三ヶ所登録だと? 長官の才能が異次元過ぎて理解が出来ない。でもまぁ、やって貰えるのならお言葉に甘えておこう。


「それでは自宅と職場の個室でお願いします」


 長官の視線が冷たい。何よ、ちょっと見栄を張りたかったんだけど、他に行く場所なんかないのよ。潤いのない二十四歳でごめんなさいね。

 しかし長官の作業を初めて見たけれど凄いなぁ。キラキラしていて綺麗。よくそんな小さな魔法円に転移先を描き込めるものだ。普通は人が乗れる大きさなのに。あれ? どうして私の自宅という個人情報を知っているんだ。


「私の自宅を御存じなのですか」

「そう言うだろうと思って魔導士名簿で調べておいた」


 くっ。長官の掌の上か。覚えていなさいよ、いつか見返してやる。方法は思い当たらないけれど。


「実験内容はいつ教えて頂けるのでしょうか」

「明日言う。三ヶ所目の登録場所に明日の仕事終了後飛んできてほしい」

「ちなみにどこですか?」

「私の自宅だ」


 あー。一気に行きたくなくなった。転移魔法で移動するから誰にも見られず内密の実験を出来るという仕組みはわかったけれど。えー。絶対に書類の山だらけで落ち着かないよ。


「そのような顔をしても契約済だ。拒否権はない」


 あ、顔に出ちゃったか。それはすみません。今日は焼菓子をいつもの倍買って己の運命を慰めよう。

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