後出し情報が多い
私には才能がある気がする。長官に教えて貰った魔法を帰宅後に実践出来るなんて。乾かすのも一瞬だし、髪を洗う前後の時間が一気に減った。どうせなら髪を洗うのも魔法で何とかならないかも聞いてみよう。
だけど何か違和感があるんだよなぁ。長官は魔法を教える間に何かをしている気がする。でもそれが何かわからない。今まで自分の魔力の流れさえ気にしてこなかったから、この違和感の原因がどこにあるのかわからない。
これは聞いたら答えてくれるのかな。それとも実験で何か試されているのかな。いや、私は観察役だ。私が何か試されるのはおかしい。これはしっかりと聞かなくては。まずは仕事を早く片付けよう。
「いらっしゃい」
また出迎えられた。一体長官の仕事の割り振りはどうなっているのだろうか。そして視線が気になる。愛おしい者を見つめるような甘さを感じる。好意に対して私が無反応のままだと、急に長官が苛立ったりする可能性はあるのだろうか。あの資料はどこだっけ?
「こんばんは。あの、惚れ薬の資料をもう一度見せてもらえませんか?」
「構わないが、何か妙な所があるのか」
「効能を再確認したいだけです」
「そうか、すぐに持ってくるから食堂へ移動していてくれ」
別に居間で資料を見せてくれればいいんだけど、と思ったらもう長官はいないし。家族でもない人間を一人で歩かせて大丈夫なのかな。盗みなんてくだらない事をする気はないけれど。そもそも絵画とか壷とかの価値がわからない。正直長官もそうだと思ったのに、飾ってあるって事は詳しいんだろう。やはり貴族と平民の壁は厚い。
おぉ、有名焼菓子店の箱が置いてある。流石にこの家に菓子職人はいなかったか。って、それもそうか。独身男性が菓子職人を抱えているって結構よね。使用人の方には御足労をかけてしまって申し訳なかったな。
「カルラ、何を再確認するつもりだ」
長官が不思議そうな顔をして資料を差し出してきた。長官は自分の行動に何の違和感も持っていないのかな。いいや、とりあえず受け取って中身を確認しよう。
「長官の行動は全て惚れ薬効果によるものなのかを確認したいだけです」
気つけに使う薬草。自白剤に使う薬草。化粧水に使う薬草。鬱の治療に使う薬草。ん? 化粧水に使う薬草は要るのか? 他に効能があるのかもしれないけど知らないなぁ。
「私の行動がおかしいのか?」
「そもそも元々の長官をよく知らないのですよ。私を観察役に選んだのは間違いだったのではないでしょうか」
転移魔法円の魔法石も貰ったし、生活魔法も教えて貰った。私にとっては今の所利点しかない。だけどこの報酬に対する、観察役の仕事が出来ていない気がする。私に甘い雰囲気を向けてきているから効果が出ているのはわかるけど、それ以上はわからない。
「私の事をよく知る女性などいない」
「昔、名前で呼んだ女性ではいけなかったのですか?」
「その者達は皆結婚している。既婚者を巻き込むべき実験ではない」
長官と同年代の女性は基本的に結婚しているか。貴族女性が二十五歳を過ぎて独身だと、肩身が狭いとユリエも言っていたからな。王妃殿下依頼の実験だから、貴族の方がややこしくなる可能性もあるし。
「そもそもカルラしかいないと伝えたはずだが」
「それも未だに納得出来ていないのです。私の何が適切だったのでしょうか」
「それは夕食をとりながら話そう」
話が長くなるという事かな。でもお腹は空いているし、食べながらでいいか。
「カルラを選んだ理由は口が堅そうなのがひとつ。独り身なのがひとつ」
あぁ、その辺はわかる。でもそれなら他にも該当者が居ると思う。
「そして私個人に興味がなさそうという点だ。これが一番重要だった」
「いえ、私は長官に興味がないというより、他人に興味がないというか」
上司の事を何とも思っていないみたいな言い方はやめて欲しい。私が人として問題があるみたいじゃないか。確かに有名魔導士の孫だって知らなかったけど、それは地方の村出身者だから大目に見てよ。
「私は別に責めていない。それが好都合だった。実験終了後、何事もなく元に戻る必要があるからな」
あぁ、そうか。長官の態度は悪くない。むしろ好意を感じられて、こちらも好意的になってきている。元々好意を持っていた女性が観察役なら、解除薬など捨ててしまうかもしれない。
「それなら気のあるような態度をやめればいいのではないですか?」
「それでは実験にならない。薬の効果を我慢してどうする」
そう言われると返す言葉がない。自白剤に使われる薬草が、素直に行動する作用をしているのかな。
「実験は期日まで付き合って欲しい。こちらも色々と調べているから」
「色々ですか?」
「まずは体調の変化。時間差で何か副作用が起こる可能性もある。次にカルラの対応に対して私がどう思うか」
む。私が気にしている事は長官の調査と重なっているという事? それならこそこそ調べないで、そのまま聞けばよかったのか。
「私もそれは気になっていました。長官の好意をどう受け止めたらいいですか?」
「カルラの好きにしていい。使用予定者は王太子だ。好意を寄せた女性に冷たくされたくらいで逆恨みするような男ではないだろう」
この惚れ薬を正しく使うのかどうかはわからないけれど、飲むのは隣国の王太子殿下。だが、王太子だからといって精神が強い保証はないのではないだろうか。逆恨みはしなくても、気分が落ち込んで執務に集中出来ない事はあるかもしれない。
いや、待てよ。もしかしたらそれも込みなのか? 隣国の財政が傾いてもこちらとしては問題ないどころか攻め入る絶好の機会になる。この惚れ薬は本当に大丈夫なのか?
「長官、この薬によって争いが起こるような事にはなりませんよね?」
「惚れた相手が別の人を愛していた場合、決闘を申し込む事はあるかもしれない」
「決闘?」
どうして恋心を抱いただけで決闘をしなければいけないのか。それはどこの常識なんだ。
「我が国ではあり得ないが、隣国にそのような風習があると聞いた」
「隣国に詳しいのですね」
「王妃殿下がわざわざ教えて下さった。そういう事だろう」
いや、わかるけどわかりたくないわ。この政略結婚は王妃殿下が暗躍しているの? これは聞かなかった事にしよう。本来私のような下っ端が耳にする話ではない。
「ただの惚れ薬だと思っていたのですけれど、何だか恐ろしいものですね」
「恐ろしくはない。もしかしてカルラには私が恐ろしく見えているのか」
「いえ、長官の態度は問題ありません。私に好意を持っているのかも、くらいです」
かもというか、明らかではあるけれど。でもそれは長官が惚れ薬を飲んでいるという前提を知っているからで、知らなかったら気付かなかったかもしれない。
「違和感はないか?」
「違和感はありますよ。長官は色恋沙汰と無縁だと思っていましたから」
「そうではなくて、不審者みたいになっていないかと聞いているのだ」
あぁ、長官も手探り状態なのか。これは根本的に私達が惚れ薬の実験に向いていない気がしてきた。もっと恋愛に詳しい人間を巻き込むべきだったのでは。
「不審さはありません。妙な成分は入っていなかったですよね?」
「入れてはいないが、どう作用するかは個人差が出ると思っている。そもそも人が持っている感情が十人十色だからな」
それはそうだ。愛情深い人もいれば非情な人もいる。流石に惚れ薬だけで根本的な性格からひっくり返すのは難しいだろう。つまり執着心の強い性格の人に使ったら、永遠の愛をとか言われて殺される可能性もあるの? うわ、やっぱり怖い。
「痛みを伴うのは遠慮したいので、気に入らない態度があればご指摘願います」
「私が人を傷つけると思っているのか」
あ、長官が苛立っている。確かに長官は人を傷つけるような事は嫌いだろう。
「長官自身は信用していますが、惚れ薬がどのように作用するのかはわからないのでしょう?」
長官の表情が和らいだ。どこで苛立ちが消えたんだ。
「これは私が作った物だから、私には悪い影響は出ない。私の魔力と相性が悪いとどうなるかわからないが」
「それでは長官が飲んでも意味がないではないですか」
「惚れ薬として機能するかは誰が飲んでも同じだ。どのような行動をとるかに個人差が出る」
そんな事は資料に書いてなかった。もう、後出し情報が多すぎるよ。面倒臭くなってきたらとりあえず夕飯を食べてしまおう。そしてあの焼菓子を食べて気分を上げたい。




