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気遣い所が微妙

「休みの日はどのように過ごしているのだ」

「個人情報は口にしない主義です」


 私の休みの過ごし方など楽しい話題ではない。適当に寝過ごして、洗濯をしたり、家の中を片付けたり、美味しい焼菓子を買い求めたりするくらいだ。長官は使用人がいてわからないだろうけど、普通の一人暮らしなら自由時間なんて限られている。


「漏れると困るような情報なのか」

「こちらは世間話のつもりでも悪用する人はいます。都会は怖い所ですね」


 十五歳まで村と近くの森しか知らなかった私にとって、この王都は魔窟過ぎた。ある程度はユリエのおかげで何とかなったけれど、どうにもならなかった事もある。高い勉強代だったと思うしかない。


「私が悪用すると思っているのか」


 長官が心外だと言わんばかりに主張してきた。流石に長官はしないと思ってるよ。魔道具の事以外なんて聞いた傍から忘れそうな気さえするし。


「長官を信用していない訳ではありません。ですが、個人情報を話す程親しいとも思っていません」


 うわ、長官が悲しげだ。この人ってこんなに顔に出やすかったの? それともこれも惚れ薬効果なのかな。長官が恋愛未経験なばかりに、こっちの対応も難しい。私は別に虐めていないのに、悪い事をしている気分だ。


「それならどうしたらカルラと親しくなれるだろうか」

「実験は十日で終わります。別に仲良くなる必要はないと思うのですが」


 長官が妙に前向きで困る。こっちは上司と部下から関係を変えたくない。実験終了後はその前の状態に戻したいんだから。


「実験後は一緒に食事を出来ないのか?」


 いや、もう。長官は惚れ薬を飲んでいる自覚があるはずなのに、どうしてこういう発言をするのか。これは私以外に観察役をしていたら間違いなく惚れてると思う。端正な顔立ちで憂い顔って卑怯だ。


「今まで一緒に食事をした事などなかったではありませんか」

「そうだな。人と食事すると楽しい事など忘れていた」


 ん? 恋愛感情云々の前に孤独で寂しいと訴えたいのか? 惚れ薬を飲む前の長官情報が少なすぎてどうにも判断が難しい。

 屋敷の外観も知らないからどれほど広いかわからないけれど、六人掛けの食卓なのに一人で食べるのは辛いかも。私は二人掛けに一人だから別に気にならない、というか慣れてしまった。そもそも私と二人で楽しい食事になるはずがない。そうだ。


「ユリエと一緒なら考えます」


 ユリエと引き合わせるのに丁度いいかもしれない。彼女なら貴族だから、長官とも話が合いそうだし。


「誰だ?」

「同じ国家魔導士のユリエ・イステルですよ。先日、長官にいい事あったかを聞いた女性です」

「あぁ、イステルか」


 む。どうしてユリエは名字呼びなんだ。私の事は最初から名前を呼び捨てだったのに。


「何故名字呼びなのですか」

「貴族の令嬢の名前を呼ぶのは誤解を招く」


 あ、そう言えば昔ユリエから聞いた事があったかも。政略結婚は基本王家しかないけれど、貴族には色々と面倒なしきたりがあると。でも自分には関係ないと聞き流しちゃったから、どういうしきたりか覚えてないなぁ。


「誤解ですか?」

「幼い頃、名前で呼んで欲しいと言われて受け入れた。一人受け入れたら次から次へとそう言われ、受け入れ続けたら誰が本命なのかと女性十数人に迫られた」


 うわ、何か怖い。どういう事だ。女性の名前を呼んだら恋人になるのか? いやいや、それはないよね。村では老若男女問わず私の事を名前で呼んでいたのに。


「その後どうされたのですか?」

「本命などいないと言ったら全員に非難され、母から説教をされた。心から決めた女性以外は名字で呼ぶようにと。使用人は名前ではないかと反論したら平民は名字がないから別だと」


 そっか。国家魔導士になる時に名字が必要で、連れてきた男が勝手につけてそのまま名乗っているから忘れていたけど、私の家に名字なんかなかったわ。名前でも名字でも好きな方を呼べばいいのに、貴族社会は面倒だな。そして何故長官は私の名字を呼ばないのか。


「私は名前で呼んで欲しいとは一度も言った記憶がありませんが」


 魔道具作成は個人作業だから、他の魔導士と会う機会は少ない。それでも良く思い出してみると、皆名字で呼びかけてきた。私の事を名前で呼ぶ国家魔導士は長官とユリエだけだ。


「勝手につけられた名字など、呼ばれても嬉しくないだろう?」

「私は気に入っていますよ」


 カルラ・シェルツ。語呂も悪くないと思う。意味はそのままシェルツ村のカルラだけど、もう村は跡形もなく焼けてしまった。再建される気配は未だにない。私の名字としてシェルツの名が残せてよかったとさえ思っている。

 でも長官からすると、勝手につけられた名字で呼ぶのはおかしいとなるのか。この人は元々気を遣う性格だったんだな。気遣い所が微妙だけど。


「もしかして名前で呼ばない方がいいのか?」

「今更なのでどちらでもいいですよ」


 長官にシェルツと呼ばれるのは上手く想像出来ない。そもそも私は国家魔導士故に名字を持っているが平民だ。国家魔導士の中では特別枠と呼ばれて区別されている。ユリエはたまにそれを忘れるけど、忘れるのは彼女だけだと思う。


「つまり平民の国家魔導士なら皆名前呼びなのですか?」

「魔道具を作る国家魔導士で平民の女性はカルラだけだ」


 そうなの? 知らなかった。そもそも国家魔導士に平民が何人いるかも知らないんだけどね。


「言っただろう? 使い捨ての側面があると。戦場に連れて行かれるのが大半だ。カルラが戦場に連れて行かれなかったのは、魔力のおかげだ」


 あぁ、私の魔力を利用したかったから、側に置いたのか。でも攻撃魔法なら簡単だとユリエが言っていた。どうして魔道具を作る方になったんだろう?


「私の魔力が攻撃に向かないのですか?」

「いや、十分戦力になるだろう。カルラは複数属性を備えているし、無意識にその割合を調整出来る。だからこそ、素晴らしい魔道具を作れると思ったんだろう。まぁ当てが外れたわけだが」

「私、馬鹿にされてますか?」


 長官とは比べるまでもないけれど、前任者よりは器用に出来たはず。


「いや。カルラは閃かない。それが何故なのかをあの男は気付かず、カルラを持て余した」

「言っている事が難しくて理解が出来ません」

「カルラは既存の物を改良する方に長けている。私が振る仕事は基本そういうのばかりだろう?」


 確かに。長官が長官になってからは加工しかした事がない。昔はこういうのを作れと言われても、どうやって作るのか全くわからなかった。あれ? やっぱり馬鹿にされてる気がする。


「つまり私は何も生み出せないと言いたいのでしょうか」

「はっきり言えばそうだ。しかしこれは仕方がない。基礎がないから組み立てられないだけだ。学べば何か閃く可能性はある。だが、私は改良方面に振り切っていいと思う。それもかけがえのない素質だ」


 うーん。褒められているのか貶されているのかわからない。


「生活魔法を使ううちに基礎がわかってくるはずだ。暫く生活魔法を教えるから、色々と考えてみるといい」

「わかりました」


 よくわからないけど、やるしかない。生活魔法を次々と覚えたら、特許が取れる何かを閃くかもしれない。そうしたら隠居生活が近付く。お、これはもしかして頑張り所かも。完全に観察が片手間になっちゃっているけど、長官に指摘されるまではこのままでいこう。

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