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惚れ薬は素晴らしい

 今日はどんな魔法を教えて貰えるだろう。観察以外の目的が出来たおかげで、長官の家に行く事が楽しみになってきた。あの惚れ薬はなかなか凄い。惚れた対象者の気持ちを察したり出来るのだろうか。


「いらっしゃい」


 今日も出迎えられた。そう言えば長官程の人間が毎日残業もなしで帰れるものだろうか。いや、長官だからこそ、残業なんて必要ないのかも。


「こんばんは、お邪魔します」


 ん? 何で長官は手を差し出してるんだろう。何か渡すものなんてあったっけ?


「提出物なんてありましたか?」

「いや、エスコートをと思ったのだが」


 おぉー。こんな所で育ちの良さを発揮してくるとは。残念ながら元村人の私にエスコートの概念はなかったわ。でもそういうのって夜会とかでやるものだと思うんだけど。


「さらりと出来るなんて素敵ですね。でも私には不要ですよ」


 とりあえず褒めておこう。惚れ薬が切れた後、私のせいでエスコートしなくなったら問題だし。


「そうか」


 思ったより残念そうに長官が手を下げた。食堂はすぐそこだし、家の中でエスコートなんて要らないと思うんだけど、貴族の常識だったら困るしな。


「私は貴族ではないので、堅苦しいのは遠慮したいんです」

「あぁ、そうか。それはすまない」

「いえ。こちらこそ貴族の流儀を理解出来なくて申し訳ありません」


 エスコートに憧れを抱いていないし、ドレスも着たいなんて思わない。村で暮らしていた頃よりも、いい生活を送れているから現状で充分なんだよね。


 あ、気を遣わなくていいって言ったのに食卓の料理が変わってる。料理人さんに申し訳ないなぁ。折角いい腕を持っているのに振るえないなんて。ユリエならこういう時、上手く立ち回れるんだろうけど。


「今晩はどうだろうか」

「気を遣って頂きありがとうございます」


 よく考えたら贅沢な食事なんて今後なかなか食べられないんだから、私は余計な事を言ったのかもしれない。でも報酬は値が付けられない物を貰っているし、食事代もとなると悪いか。ただでさえ魔法を教えて貰っているんだから。


「夕食は長官の食べたい物で大丈夫ですよ。私は何でも食べますから」

「何でも?」

「はい、何でも」


 昔はお腹が空き過ぎて、近くの森で採った茸を食べてお腹を壊したりした。長官はきっとそんな事を経験した事はないだろう。改めて生まれの差を実感する。


「それでもカルラの希望を叶えたい。何でも食べられると言っても、好物はあるだろう?」

「私は甘党なので、食事に拘りはありません」


 王都に来て焼菓子を食べた時は衝撃だった。これほど美味しい物があるのかと、一時期は食事が焼菓子だった事もある。体調がおかしくなってやめたけど。野菜や肉も生きていくのには必要だったらしい。


「そうか。それなら明日は甘い物を用意しよう」

「本当ですか? 楽しみです」


 料理人だけでなく菓子職人も抱えているのか。凄いな、この家。美味しかったら日持ちのするものを作って貰って、最終日にお持ち帰りしたいな。それは流石に図々しいか。


「本当に甘い物が好きなのだな。いい笑顔だ」


 いい笑顔なのは長官だよ。何だよ、その柔らかい笑みは。惚れ薬を飲んでいるとわかっていても勘違いしそうだわ。観察役って事を忘れそう。


「そういえば体調に変化はないですか?」

「そうだな、前より身体が軽くなった」


 え? 悪化じゃなくて良くなっちゃったの? あの惚れ薬に一体どんな魔力を流し込んだらそうなるんだ。全くわからない。


「どういう事でしょうか?」

「心境の変化によるものだろう。恋愛感情は素晴らしいな」


 それにどう返せばいいんだ。正解がわからない。恋愛に目覚めて良かったですね、と言っても解除薬使ったら消えちゃうだろうし。あ、そうだ。


「惚れ薬が素晴らしいという事ですね」

「そうとも言える」


 あっさりと自画自賛したけど、正解だったようで何よりだ。でも惚れ薬を飲んで体調が良くなるのなら、飲まされた方も気付かないだろうし、確かに素晴らしいかも。


「今日の髪は綺麗に纏まっているな。生活魔法を取得したカルラも素晴らしい」

「長官の教え方がわかりやすかったからですよ。ありがとうございます」


 髪が吹っ飛んだ時はどうしようかと思ったけど、五分の一と言われてすぐに対応出来た私も、自分を褒めていいだろうか。こんな才能があったなんて知らなかった。今まで勿体ない事をしていたわ。


「生活魔法は教え難いらしいですね」

「それは人によるだろう。カルラは魔力が多いし勘がいいから教えやすかった」

「ですが下心がなければ教えないと友人が言っていました」

「あぁ。確かに教えたのはカルラが初めてだな」


 やはり惚れ薬効果だった。凄い。この惚れ薬を先方に使ったら王女殿下は一生幸せになれるんじゃないかなぁ。長官に何の感情を抱いていなかったのに、今はいい人という認識になっている。


「元々私のような特別枠が珍しいんですよね」

「そうでもない。戦争中は見つかりやすいから」

「戦争と関係あるのですか?」


 どうして戦争が関係あるのだろう。私は隣国が攻めてきたと聞いても、魔法なんて使えなかった。ただ怖くて震えていただけだ。


「そうか。君を保護した者は何の説明もしていないのか」


 長官が呆れている。でもあの人は本当に何もしていない。『君が生きていく場所を用意してあげよう』なんて甘い言葉に釣られて王都に来てみたら、国家魔導士の試験が終わった後に適当な部屋へと押し込まれた。よく考えたら十五歳の身寄りのない娘を、適当な共同住宅に一人放り込むって酷いな。私の作った魔道具を横取りする予定なら、多少は優しくしないか? いや、あれほど適当だったから彼の不正は暴かれたわけだけど。


「村が焼けたのに自分だけが生き延びたのが、不思議ではないか?」

「それは不思議ですが、記憶がないのです」


 村が真っ赤に燃え上がる所までしか記憶がない。その次はもう、燃え尽きた村の前で呆然としていた。時間経過がどれくらいかもわからない。ただ、誰も生きていなかった。


「記憶がないのは仕方がない。多分無意識に魔法を使ったのだろう」

「魔法を?」


 どういう事だ。無意識に魔法を使えるのなら、私は今までもっと使えても良かっただろうに。


「魔力は意識しないと使えないが、命の危機に晒された時は身を守ろうと働く事がわかっている。それ故に戦争が起こったと聞くと、そこに近付く馬鹿がいる」

「馬鹿、ですか」

「あぁ。魔力持ちの平民を探して売る輩がいる。君のように魔力が多く国家魔導士になれればいいが、なれないと悲惨だ」


 そうか、試験があるくらいだ。落ちる者も当然いる。王都に連れてこられても魔導士になれなかったら生活出来ないじゃん。都会の闇を聞いた気分だ。


「ちなみに私を連れてきた男は報酬を得たという事ですか」

「多分な。国家魔導士は使い捨ての側面があるから、常に人手不足だ」

「長官が使い捨てなんて言葉を使っていいのですか」

「私は使い捨てない。それをやるのは軍部だ」


 あぁ、ユリエを馬鹿にした方々ね。同じ国家魔導士でも妙な溝があるんだよなぁ。


「長官になれば変えられると思ったのだが、そうもいかない。難しいものだ」

「そのような崇高な目的があって長官になられたのですか」

「まぁ色々だ。これは夕食で話す内容ではない。もう少し楽しい話題にしよう」


 えぇー。ごたごた話なら興味があったのに。でも無理矢理聞き出せるとは思えないし、ここは引くか。夕食も見た目は一般家庭の食卓風なのに食材と腕がいいからとても美味しいし、とりあえず夕食を楽しもう。

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