家の前にイケメンが落ちていたので、隣の家に捨ててみた
椎茸の原木栽培は不労所得ではありません。立派な労働です。あくまでも物臭娘の認識です。水をやっていれば育つものでもありません。ご注意ください。
朝、日課の家庭菜園をしようと家を出ると、不審物が落ちていた。
「うわあ、めっちゃ高そうな宝石」
不審物、もとい、きんきらきんの宝石は、子供の拳ほどの大きさで、美しい青色をしていた。
無視する?
ネコババする?
落とし物として届ける?
頭のなかに選択肢が浮かぶ。
どれを選んでも面倒なことが起こりそうだ。
届け出て感謝されるだけなら良いが、世の中そういい人ばかりではない。
落とし物として届けたとしても、例えば「落としたのはひとつじゃない」とか、「盗まれたものだ」とか、変ないちゃもんをつけられては堪らない。
そっと周囲を確認する。
今、周囲に人はいない。田舎も田舎のこの村は、隣の家まで数百メートルはある、過疎地帯。しかも早朝、日が登って十分に明るくなりきった頃である。
よし、と拳を握った。
そして、落ちていた宝石を、決意をこめた足で蹴り飛ばす。
すこーん、と茂みのなかへ飛んでいった宝石が視界から消え……たところで、ぼひゅんと変な音がした。
宝石はどこかに消えてくれたが、何故か、かわりに人間が現れた。茂みからはみ出した足を見て、思わず顔がひきつった。
「うわ…最悪。おーい、生きてる?」
さすがの自分も、人間を蹴り飛ばして無かったことにはしない。と思う。まあ、滅多なことがない限り。
取り敢えず声をかけ、肩を揺すってみたが、一向に目を覚まさない。
さて、どうしたものか。
男の纏う白い美しい装飾の施された衣装は、素人の私から見てもとても高価なものだとわかる。
追い剥ぎすればかなりのお金になるだろうものだ。しないけど。
平民の服装でないことは確かで、関わるとろくなことにならないお貴族様の可能性が高い。
村一番の物臭娘として評判の私は、もちろんそんな面倒なことに関わりたくない。しかしさらに大きな面倒事が降りかかる場合に限り、証拠隠滅も辞さない。が。
…見なかったことにしてふて寝する?でもなー、此処で獣とかに襲われて、死なれたりしたら寝覚めが悪いしなあ。
家に運んで保護とかは嫌だ。今にも死にそうとかならともかく。
「よし。隣の家の美少女に押し付けよう」
考えた結果、私は需要のありそうな隣の家に男を捨てることにした。
素早く男を担いで大八車に乗せ、数百メートル離れた隣の家の前までよっこらせっと、ごろごろごろごろ、引っ張っていく。
隣家の娘は、両親を早くに亡くし、それでも健気に生きる心優しい美少女と評判だ。主に村の男どもに。
女性からの評価は様々である。
強か、男を持ち上げるのが上手い、美しい容姿の維持の為に並々ならぬ努力が出来る。可愛いけど嫌い。など。
その可愛い容姿と作り上げられた美少女っぷりに張り合って悪口陰口を叩く者もいるが、私はそこまで嫌いではない。どれも彼女の才能のひとつである。ちやほやされるのにも才能と努力が必要だ。
私とその美少女、フェリシアちゃんは、隣家ということもあり幼馴染のような関係ではある。しかし楽しい関係ではない。小さな頃から、彼女と一緒にいると何かと割りを食うので、今では付き合いはほとんど無くなった。顔を見れば可愛いなあとは思うが、その日一日ブルーになったりする。そんな関係である。
関わりたいかといわれたら、面倒なので絶対にお断りさせてもらうけれど。過去に私が食った割りの分、今ここで避雷針になってくれたら、全部許せる。我ながら酷い気もするけど。
……うん、嫌いじゃないとか言いつつ、結構嫌いだわ、私。
まあ、彼女なら、イケメンが落ちていた場合は優しさ5割増で面倒を見てくれるだろう。
そんなこんなで朝の一仕事を終えた私は、ふうっ、と額の汗を拭いながら家に帰った。我ながら、良い仕事したと思う。
家庭菜園への水やりを忘れていたことを思い出したのは、夕方になってからだった。朝の出来事ごと記憶に蓋をしていたせいである。
適当に水を撒いて適当にぶちぶち雑草を抜いていると、草と一緒になにかを掴んだ。
嫌な予感に手のなかを見ると、緑色の石がきらっと夕日を反射した。頭のなかで、朝の記憶が蓋を割って出てくる。
「今日は厄日か……せいっ!」
私の渾身の右投げにより、石はびゅんっと林の方へ飛んでいった。
そのまま振り返らずに家に帰った私は悪くないと思うんだけど、次の日、隣の家の美少女に侍る男が二人に増えていた。今度は家の前まで捨てに行ってないのに。なんと恐ろしい。やっぱり面倒事には手をだしてはいけない。
「うふふ、今日は私の育った村を案内するね。何もないけど、自然が豊かで素敵なところだよっ!」
「ああ。フェリシアの育ったところ、見学させてもらうよ」
「でん……いえ、オル様、田舎で人が少ないとはいえ、警戒を怠らないように」
「大丈夫だよ、村の人たちもいい人ばっかりだもん。でも、グエンが守ってくれるなら、安心だね」
自宅のベランダにて、洗濯物に隠れて通りすぎていく3人をやり過ごし、つめていた息を吐く。
遠目に見たもう一人もなかなかイケメンそうだったので、こうなったらフェリシアちゃんにはイケメン逆ハーレム形成を頑張ってもらいたいところだ。
その後の私は、稀に見る不幸続きであった。なにかよくない行いでもしたんだろうか。宝石蹴っ飛ばしたのが不味かったかな。いやでも、絶対拾いたくなかったし。
釣りをしに川へ行けば、魚の腹から赤い石が出てきたのでもう一度川へ流したり。
森で木の実を拾っていたら、上から落ちてきて頭に当たった黄色い石を、腹がたったので踏んづけて落ち葉に埋めてみたり。
ちょっと酷いことしたかなー、と思わなくもなかったが、後日無事ハーレムに加わったらしいので、私のことは恨まず元気にやっていってほしいところ。終わりよければ全てよし。
ある日の午後、私は趣味の読書のため、村の中心にある役所兼図書室兼その他いろいろ併設の建物まで出かけていた。
いつ来ても管理人以外に人のいない図書室だが、なかなか面白い本が並んでいる。適当な本を物色していると管理人のジョアンナお姉様に声をかけられた。
雑誌をめくりながら世間話に付き合っていると、話題がフェリシアちゃんハーレムのことになったので、ちょっと真面目に耳を傾けてみる。
「フェリシアちゃんって確かに器量良しだけど、複数の男と同棲とは、なかなかやるわね。あんた隣だけどいつからいるか知ってる?」
「知らないけど一昨日見かけた」
「遠い親戚なんだって。フェリシアちゃんがこの狭い村のなか引き連れて練り歩いてたから、もう噂は全員に回ってるわ。もちろん親戚じゃないことも皆知ってるけど」
田舎の情報網って驚くほど回るんだよな。いつの間にか隣の私よりジョアンナ姉さんの方が詳しくなっているようだ。
「どう見ても親戚じゃないし。明らかにお金持ちそうだし、こんな田舎に何しに来たのか、気になって聞いてみたの。なんか、探している相手がいるんだって。その為に暫く滞在するそうよ。村の独身女たちがぎらぎらしてたけど、あんな身分の高そうな相手、あんたじゃなくても面倒くさがると思うんだけど」
「そりゃね。面倒事しか起こらなさそうだもん。イケメン、お金持ち、探し人なんて、いわくつき」
「カジコ、あんた家隣だしなんかあったら教えてね。面白そう」
「やだやだ、そんな面倒な。わたし椎茸育てるのに忙しいから」
「水やっときゃ勝手に生えてくるって前に自慢してたじゃない。暇でしょ」
椎茸の栽培とはなかなか手間が掛かるものなのだが、ジョアンナお姉様に逆らうのもまた、とても面倒なのである。
後が怖いったらないので、「なにかあったらね」と安請け合いしてさっさと図書室を後にした。
それにしても、探してる相手ってまさか。蹴っ飛ばした私に復讐、とかじゃないだろうな。
「あ、カジコちゃん!」
家庭菜園の世話の途中でそんな声をかけられた私は、うわあ、と思いながら顔をあげた。
そこには隣家の美少女フェリシアちゃんが、きらきらと効果音が付きそうな笑顔で後ろに男を四人侍らせていた。順調に逆ハーレムを作り上げたようである。完成?おめでとう。心のなかで拍手を送る。
田舎ではそうそう見ることのない、色鮮やかな髪や瞳を持つ端正な男性たちがこちらを見ている。色味が派手派手しくて、ちょっと鬱陶しい。目にうるさい。
「こんにちは」
「久しぶりだね」
「そうだね。何か用事?」
つっけんどんな物言いをすると、すかさず後の連中から非難めいた視線が飛んでくる。
幼い頃、フェリシアちゃんの気を引きたい奴らに邪険にされたり、フェリシアちゃんを上げるために私を扱き下ろしまくったりした連中を、彷彿とさせる眼差しだ。
割りを食わされまくった日々のことが思い出されて、非常に不愉快である。切実に関わりたくない。
「あ、そうだ。こっちの皆は、しばらくうちに滞在することになった遠い親戚なの。お隣さんだし、何かあったらよろしくね」
「あ、そう。何もないとは思うけど。まあよろしく。じゃあね」
さらに突き刺さらんばかりの視線が浴びせられる。
フェリシアが話しかけてるのに何だその態度。みたいな。
「ちょっと待って。久しぶりなんだし、ゆっくりお話したいんだけどな」
「ゆっくりはちょっと無理。どうしても話したいなら手短に頼むわ」
「もう、カジコちゃんってば、あい変わらずなんだから。あのね、ちょっとお願いがあって……あのね、ちょっとでいいから、おか」
「あ、私椎茸の原木乾燥させるの忘れてた、大変。私忙しいからまたねばいばーい」
5人組からダッシュで距離をとり、私は逃げ出した。
息つく暇もなく家中の戸締まりをし、カーテンを閉めて物音をたてないようにベッドへ向かって布団にくるまる。
「あー本当に面倒くさい」
抱き枕に向かって呟いた。
何の用事かはっきりしないが、ろくなことでないのは確かだ。おか……というと、お金貸して?とか。
ということは、お金持ちそうに見えたあの男たちが、実は素寒貧なのだろうか。素寒貧で、生活費に困って、借金しに来た?うわあ。まさかそんな。あ、お菓子ちょうだいとか?・・・無いな。
お金、以外のおか、がお菓子くらいしか思い付かないまま、私はお昼寝を開始した。
「ん?」
お昼寝をしてすっきり目を覚ました私は、違和感に気づいて飛び起きた。
ベッドのなかに何かがいる。
「は?なにこいつ」
神とやらはそんなに私が嫌いなのか、見知らぬ男が私のベッドに同衾していた。
最近流行りの石関係?寝ている間に石に触れたとか?
何で家のなかに石があるのか?それとも、石は無関係の侵入者?
色々考えた私は、取り敢えず距離を取らねばとベッドから出ようとして、
「どちらへ?」
がしっと腕を掴まれた。
「いやあああ!変態!強盗!ひとごろ」
「ーーー人聞きの悪いことを言わないように!」
強めに手で口を押さえつけられた。とても痛かった。
むぐぐ、となりながら男を睨む。視線で人を殺せるようになっておけばよかった。
この男は、今後の人生をあげての嫌がらせの対象にしてやろうと決意する。
勝手に家に入ってくるのは犯罪だ。女性が寝ているベッドに許可なく入ってくるのも、万死に値する。
石がどうとかは関係ない、こいつは今後、絶対にただではおかないと決意を胸にした。物臭娘だってやるときはやるのだ。
「落ち着きましたか?貴女、最近美しい宝石のようなものを拾いませんでしたか?……口を解放しますが、変な声をあげないように」
横柄な態度にイラッとしたが、今は逆らっても分が悪そうなのでおとなしくしておく。
「知りません」
「青や緑、深紅と、金色です。ああ、紫色のものが此処にありますよ」
男が手に持つ宝石は、何故か綺麗に二つに割れていた。
…壊れたから弁償しろって話じゃないよね?
蹴っ飛ばしたり投げたり川に捨てたり埋めたりと、ろくな扱いをしなかったのは事実。知らぬ存ぜぬを突き通すしかないな。
「この宝石は、呪いの石なのです」
「やめて。事情語りとかして私を巻き込まないで」
「むしろ貴女が中心という可能性もあります」
男は勝手に語りだした。
「私達はこの国に古くからいる悪しき魔女を倒すべく、戦いました。しかし、戦いは激しく……」
机の木目をぼんやり見ている私に気付かず、男は朗々と語り続ける。
「なんとか逃げ出すことは出来ましたが、呪いを解くには……」
…あ、図書室の本返却明日だっけ。
「そういうわけで、貴女には聖女として王都に来ていただきます」
「は?」
…聖女?
「せいじょ?なんのこと?わたしわかんなーい。
私椎茸のお世話に忙しいから、そろそろ帰ってもらえます?」
「椎茸が好きなんですか?一山贈りますから、聖女として魔女との戦いに」
「椎茸じゃなくて、楽して食い扶持を稼ぐのが好きなだけです。一人、細々と食べていける程度にね。つうか椎茸一山で魔女と戦えとか、安すぎでしょ。こんな性格の女が聖女なわけないでしょう。お引き取りください」
「まあ確かに、中身は全く聖女とは言えないですね。全然神聖さを感じません」
「普通に貶すだけとか、なんなのお前」
「この国一番の魔法使いです。呪いを解くための聖女探しの魔法はきちんと働いたようで、私の封印もとけました。ありがとうございます」
「感謝はいらん、私は何もやってないからはよ出てけ」
「口が悪い。聖女失格ですよ」
「だから聖女じゃないって言ってんでしょうが!」
私は怒りに身を任せて他にも色々叫んだが、男はこたえた様子もない。
しかし、叫び疲れた私が「頼むから帰って」と隣の美少女のことを話すと、眉をしかめて聞き返された。
「その隣の美少女が封印をといたと?見たんですか?」
「知らない。若い金持ち風の身なりの男が四人、隣家にいるのは事実。あーもう、本当に帰ってくれない?あの子が聖女でいいじゃん」
「……ちょっと様子を見てきます」
「ちょっとじゃなくて、そのまま帰って来ないで」
さっと家から出ていった男に、私は素早く戸締まりをし、玄関扉の前に重たい机まで引きずっていって、厳重に封印した。
扉はもちろん、窓という窓にも鍵を掛けて雨戸まで閉めたのに、男は一刻ほどで帰ってきた。どうやって入ってきたのか不明。
素知らぬ顔で夕食中だった私の向いに座ると、勝手にパンに手を伸ばして食事を始めやがる。この無礼者。
魔法使いってのは全員もれなく不法侵入が得意なの?それともこいつだけ?おちおち昼寝も出来そうにない。
「……あの女性は聖女ではないと思うのですが、さりとて貴女が聖女というのも、疑問です」
「疑問なら私じゃなくていいじゃん。正直あの子じゃなくてもいいから、とにかく出てってよ」
「貴女、ご家族は?」
「両親は私が15のときに旅立ったの。二人とも」
「……そうでしたか。では此処には一人で?」
「そう。孤独な一人暮らし。だからあなたに此処にいて欲しくないの!独り身の、未婚の女なので!」
出来るだけ鋭く睨みつけると、男は神妙に頷いた。
そして頭をかち割りたくなるようなことを宣う。
「わかりました。部屋に結界を張っておきます」
「あんたが出ていけば済むことでしょうがあ!」
「1番強力なのを張っておきますからね。夜這いに来ても、貴女では返り討ちにあいますので来るときは心するように」
「せ、め、て!私の部屋に張らんかい!」
疲れた私は早々に部屋に引っ込んだ。布団と睡眠だけが癒し。なんて世知辛い世の中だ。
男は一階の物置に近い空き部屋を勝手に選んだようだが、翌日様子を見たときには、なんということでしょう、粗末な部屋は豪華で居心地のいい家具つきのお部屋に様変わりしていた。窓が増えてるんだけど、まさか勝手に壁ぶち抜いたの?
魔法で作ったそうだが、そんなこと出来るなら外でも暮らせるだろこの野郎。
なにそのふっかふかそうな長椅子。ちょっと座らせて。これだけ置いて出ていってくれないかな。
「ところで、私の名前、アレクシスといいます」
「知るかこの野郎」
温厚なはずの私はどこにいったのだろう。もしかしてどこかで行き倒れているのかもしれない。
此処で暮らすならせめて生活費を払え、というと、男は大振りの宝石や、田舎では使えないに等しい大金貨、用途のわからない魔法の道具、的なものを差し出してきた。
「こんな大物、うちみたいな田舎の村じゃ両替出来ないんだけど……あー、だからフェリシアちゃん私にお金借りに来たのか?」
お願い、などというから何かと思えば、フェリシアちゃん含め5人分の生活費に困ったに違いない。あの四人もきっとこの男と同じ位の高貴な人間だ。細かなお金は持っていないに違いない。お金持ちめ。
王都とこの村とでは物価の違いが激しすぎる。私一人が一月暮らすのに、銀貨数枚で事足りるのがこの村だ。
せめて山を二つ三つくらい越えたところの街まで行かねば、大金貨なんて両替は出来ないだろう。
「あのさあ、この村は見ての通り田舎なの。貨幣は銅貨とその下の半銅貨が主流だし、物々交換も現役なんだよ」
こんこんと慎ましやかな村暮らしについて説明すると、男はふむ、と頷いた。
「わかりました。では、食料を調達してきましょう。食べる分以上にとってきた場合は、売るなり好きにしてください」
「……不労所得?」
「か、どうかは疑問ですが。まあ、居候代ですから、受け取ってもらってかまいません。嫌いじゃないでしょう?」
「うん。大好き」
寝ている間に所得が増える憧れを前に、ふふ、と思わず笑っちゃうと、男はちょっと目をまるくした。
「貴女、笑うとまあまあ愛嬌ありますね」
「黙れ」
不労所得?はよく働いた。
朝、私が起きて家庭菜園から帰ってくると、あの男が魔法で火をたいている。
朝どれ野菜などで料理をしているうちに、男が魔法で水を汲んでくる。
昼間は山やら森やら、色んなところで収穫してくる。鹿や猪、魚、木の実、きのこ。本当に色々。それも少しずつ、とりすぎることもなく毎日だ。なかなかやりおる。
あの豪華な衣装は、いつのまにかこざっぱりした村人っぽい服に変わっていたし、いつのまにか洗濯まで男がこなしていた。
先に誓った嫌がらせを果たすべく、なかなかこきつかわせてもらった。
日課の図書室通いも楽しく、ごろごろしたりうだうだしたり、なかなか素敵な日々を過ごした私は、少しずつ温厚な自分を取り戻していった。
男は労働の合間に隣家の連中のところにも行ってるようだったが、私は一切関わらなかったし、何も聞かなかった。
一度だけ家に連れてきてもいいかと聞かれたので、絶対に嫌。と全力で拒否してからは何も言われなくなった。
向こうが私に接触しようとしてきたこともあったが、偶然目にもうるさい集団がやって来るのを遠目に確認した瞬間、部屋に閉じ籠もってやった。
「私、昼寝するときは下着姿だから。入ってきたら性犯罪者って呼ぶ」と宣言したのが良かったのだろう、鍵を破られることもなく、あちらとは無事に顔をあわせることなく済んだ。
そんな生活が一月ほど続いた。
男のとってくる食べ物で私の懐がかなり潤った頃。
長椅子でごろごろしていた私に、男が言った。
「そろそろ」
「うん?」
「魔女を倒しに行かなければなりません」
男は真剣な顔をして私を見た。
来てすぐの頃には、私を聖女だとかついて来てもらうだとか色々なことを言いはしたが、今ではすっかり言わなくなった。
この時も、ただ出ていくことだけを私に告げた。
「あの隣家の彼女は聖女ではない。しかし、どうも私以外の連中が妙に彼女を推してましてね」
助けられた恩を感じているのか、はたまた可愛く優しい女の子に夢中になったのか、彼らは手持ちのものを換金しに徒歩で山越えしたり、家宝の宝飾品を貢いだり、雛鳥のようについてまわっては、それはもう甲斐甲斐しく尽くしているらしい。なかなかの貢ぎっぷり、貢がせっぷりだそうだ。
いやあお見事!と、心のなかでフェリシアちゃんに賛辞を送る。
「面倒嫌いな貴女のこと、王都に行くなんてまっぴらでしょう?助けられた恩を私なりに感じています。貴女ではなく、あちらの女性を聖女として連れていくことにしましょう…まあ、聖女がいなくとも魔女を倒せるくらいには、回復したと思いますので」
「あ、そう。それは助かる」
「そこで助かるってことは、やはり貴女が封印を解いたんですね。いい加減、経緯を教えてもらえませんか?」
「…落ちてたから捨てた。それだけ。解こうと思ったこともないし、封印とかなんとかは本当に知らないよ。これは本当」
落ちてた石を蹴っ飛ばしたら人間が出た。関わり合いたくなかったので隣の家に捨てた、と話すと男は呆れた顔になったが、ため息ひとつで何も言わなかった。
「私の封印されていた石は、貴女が寝返りうった瞬間に身体の下にあったので、封印がとけた瞬間、貴女の下敷きで…」
「それは入ってきた方が悪い。淑女のベッドに不法侵入する魔法とか、犯罪だ」
「……まあ、捨てられる前に目が覚めて、まあ、良かったと思いますよ」
「私も、誰かと暮らすのも、まあ、たまにはいいかなと思った」
終ぞ名前を呼びあわなかったことに気がついたのは、男が旅立った後のことだった。
魔女がどうこう、という話は、イケメンな石を隣家に捨てる前も後も、一切聞かなかった。
王都には広まっているのか、平民にはそもそも内緒の話なのか、よくわからないまま時間は過ぎていった。
半年程が経過し、お世話していた椎茸がいい感じに採れるようになった、秋の頃。
家の前に紫色の宝石が落ちていた。
私はそっと周囲を確認して誰もいないことを認め思いきってそれを蹴りとばそうと足をーーーーー
「そこは泣きながら拾い上げるところでしょう?!」
「それだけは無いわ。蹴る、投げる、川へ捨てる、埋める。次は打撃系ですかね。金槌の出番かな?」
叩き割るのが正解だと、拳を降り下ろす動作をして見せてやる。
男はやれやれ、とでも言わんばかりの態度で石を拾い、懐に仕舞うと徐に顔をあげた。
じわっと距離をつめられ、顔を覗きこまれる。
相変わらず顔はいい。と、しみじみ思う。
男がふっと瞳を揺らす。
「あなたが、寂しい思いをしているんじゃないか、と、思っ」
「あらカジコちゃん、お客様?うちの娘がいつもお世話になってます~」
「え?」
「ん?あ、母です」
「………旅立った、のでは?」
「はあ。二人仲良く冒険者稼業に旅出ったのが3年前です。年に数回帰って来ますけど」
「…面倒事を嫌って、一人引きこもるように暮らしていたのは?なにか、心に傷があるとか、ではなく?」
「傷?……普通に物臭なだけですけど?」
「……貴女という人は…はあ」
いきなり頭を抱えだした男に、こっちこそ「はあ?」と呟いた。
なんなんだ。一人で引きこもってるのは何か心的要因があって、だから面倒事を避けてると思われてたの?
え、それ全部あんたの妄想……とは、流石に言わなかったが。しっかりと、うわあ、という顔をしてやる。
「全く。ただの面倒臭がりの引きこもりなら、そうだといいなさい」
「それ以外の何も言ってないでしょ?」
「……まあ、それは、そうですけど」
「まあ、もしかして、カジコちゃんのいい人かしら?いつの間にこんな素敵な人を捕まえたの?良かったわね!」
このやりとりのどこを見て、そんなことを言い出したのか。のんびりとした声で言う母に、私は頭を抱えたくなった。
正直に言おうとして、しかし、一月も見知らぬ男と暮らしていたという事実に、口が重くなる。
どう説明すれば自分に被害がないか、素敵でもいい人でもなんでもないことを伝えなければ。
「…母さん、この人ただのいきだお」
「はじめまして、お母様。カジコさんとは、私が彼女に助けていただいたところからお付き合いが始まりました。本日は、ご両親にご挨拶にうかがいました」
「ちょ」
「まあ!カジコちゃんったら、そうなら先に言っておいてくれないと!カジコちゃん、少し二人でその辺散歩してきなさい、準備するから」
去っていく母の後姿を、私は唖然と見送った。
振り返ると、得意気な顔をした男がにやっと笑った。
「この野郎」
「嘘は言ってませんよ」
「あーあーもう、どうすんの?うちの母さん、思い込むと大変だよ」
「どうもしなくていいですよ。今まで通りです」
「は?」
「今まで通り、家でぐうたらしてたらいいんです。私は王都に仕事がありますが、転移魔法で通勤すれば問題ありません。王都がよければ向こうに暮らしても構いませんが、貴女は此方がいいでしょう?」
なんだか、ちょっと熱のこもった目で私を見る男に、私は首を傾げる。
別れ際に、ちょっとしんみりしたのは気のせいであって、事実、あの後両親が帰ってくるまで一人を満喫すると、とてもしっくりきたものだ。
向こうだって、ちょっと私の態度が新鮮で、気になって目がひかれただけだろう。
そんな雑貨屋で衝動買いするかのような、軽い感覚で嫁ぐほど馬鹿ではないし、簡単ではない。
「…いや、てかあんた貴族だし、国一番の魔法使いとかなんでしょ?権力争いとか家督云々とか、そういうの全部めん」
「家は兄がいますし、なんだったら今から弟を鍛えますので問題ありません」
「だからって、貴族の妻が何もしなくていいわけないでしょ。面倒に決まって」
「貴族として生活しなくてもいいようにしますが、左団扇生活は保証します。妻に求める仕事は、特別なことは何もないです。しいていうなら、うちの母は孫さえ見せてくれたら相手の女性は犯罪者以外なら誰でも良いそうなので、そこだけ頼みます」
「そんな義務と権利が噛み合わない生活も嫌なんだけど」
「では気に病まない程度に貴族をやってもらえたら助かります。最低限の社交さえこなせば、後は自分がどうにかしますから」
言えば言うだけ返ってくる言葉に、なんか、面倒くさくなってしまった私は、とりあえず、日課の家庭菜園に行くことにした。
男は黙ってついてくる。
「そういえば、魔女はどうなったの?」
気になることと言えばそれくらいだ。なんとなく話題にあげれば、男はふっと笑った。
「倒しましたよ。もう一回戦うとか面倒なので、徹底的に復活出来ないようにしておきました」
「へー。お疲れ」
「はい。疲れました。もう2度とやりたくないくらい、大変でした」
「私の物臭がうつったの?」
「そうですね。カジコみたいな性格の女は新鮮だったので、物珍しくて近寄ったのが運のつきだったようです。感染しました」
「おい」
「まあ、面倒臭がりな貴女は、だからこそやるべきことを疎かにしない人だと、解っています。だから、はっきり聞くんですが、私と結婚するのは嫌ですか?」
「え?嫌だって言ったら帰ってくれるの?でも、うちの母さん、ああなったらどうにもならないよ。別れたことにしても、絶対私が怒られるし」
「……嫌ですか?」
「どうだろ。考えとく」
「……考えてみた結果、嫌だと言いませんよね?」
「さあ?…あ、ちょっと畑に水撒いてくれない?魔法で」
明らかに気落ちした様子で、しかしきちんと水を撒いてくれている男の背中を眺めながら、考えてみる。考えるって言っちゃったからね。
ふむ。
嫌かと言うと、嫌なんだけど。
何が嫌かと言うと。
考えうる面倒なこと、そのものであって。
…この男本人が嫌ではないのだ。
「駄目だな」
断る理由よりも先に、嫌じゃないと思った時点で駄目だ。手遅れだ。私、とっくに好きだったのか。どの段階だ?
記憶をさらってみても、決定打となるものは何もなかった。
私の呟きを拾ったらしい男が、びくっと肩を震わせた。おそるおそる振り返った顔の、情けないこと。
…さっきは自信たっぷりにうちの母に彼氏面しておいて、今更私の気持ちを気にして、女々しく焦ってるの?
あんだけお断りに反論しておいて、嫌だって言われるかどうか気にしてるの?駄目だな、って、断られると思って、泣きそうになってるの?
なんかちょっと、おろおろしてる姿が面白くて、声をあげて笑ってしまった。
「その顔で、ふふっ、このおろおろっぷり。そのイケメン顔で…ぶふっ。もう、笑わせないでよ」
「その笑わせ方は求めてません。笑顔じゃなくて、失笑はちょっと」
「よし。結婚しようか、アレクシス」
「…………は?」
「考えた結果、私はアレクシスが嫌じゃない。だから、結婚しよう」
わかりやすくはっきり言ったはずなのに、アレクシスはしばらく固まったままだった。
返事をくれたのは畑の手入れが終わってからだったので、やっぱり止めようかな、と一回呟いてみたけど、私は悪くないと思う。