街の噂
はい、いらっしゃい。
今日は新鮮なバナナと、賞味期限わずかのキウイが特売だよ〜。
そこの嬢さんも、旦那も、お一つどうだい?
…何だい、この商売時ってな時間に。
あたしゃ忙しいんだよ、客じゃ無いんだったらあっちに
行っておいておくれ。
ん?ああ、旅人か。
何、とある島から来たって?
へえ、大変な所から来なすったね。
だけど…この街はちょいと危険だからね。
命が惜しけりゃトンズラこいておくれ。
それを先に言ってくれなきゃ、あたしは何も出来ないじゃないか。
ここは良い街だよ。
果実はあるし、磯の香が漂うから分かるだろう?
新鮮な魚介類が食べられるのさ!
あたしはホタテが大好物でね…
昨日の大安売りじゃ、3kg買っちまった。
鮮度の事まで考えてなかったよ…
賞味期限が迫ってる。
まあ、土地の観光案内ならするんだけど、一つだけ注意しておくよ。
まずは、【支配者】に関わらないで欲しいんだ。
【支配者】はね、それは恐ろしくおぞましい生物なんだよ。
タコの頭をした巨人やら、面が全て目で覆われた球体もある。
人間には100年かかっても意識できないものがある、
って説を知っているかい?
「宇宙の端、意識と脳、神の存在」
【支配者】がそれの典型だね。
全く訳の分からないものもいるが。
…まあ、【支配者】にこれと言った共通点は無いよ。
だけど、全ての【支配者】が人間を嫌いなんだ。
バステトってな女神を知ってるかい?
そうそう、猫の頭を持つエジプトの女神だ。
お前さん、意外と物を知っているね。
バステトは毎年生贄を要求し、生贄は神殿の奥深くで
玩具にされるか、嬲り殺しにされた。
鉄の処女と呼ばれる拷問具を生み出したのは
バステトと言われてるくらいさ。
(鉄の処女は、人間の全身を針で串刺しにする拷問だよ)
もちろん、バステトも【支配者】さ。
だがね、【支配者】は元々はこの土地の外から来た生命体だった。
別次元から来た、人間が到底敵わない生物だ。
神に近い力を持ってはいるが、万能じゃ無い。
おや、察しが良いね。
「この土地に先住民はいなかったのか?」
いたさね。
唯、悲しい事にあまり強い種族では無かった。
人間よりは余程強かったが、【支配者】には到底及ばないね。
それらの生物は後に、【旧神】と呼ばれたが。
強い奴もいたし、人間に友好的な【旧神】もいたよ?
それが原因で、先住民の【旧神】と外来者の【支配者】は争った。
結果から言えば、【旧神】はぼろ負け。
打ち負かされるか、殺されたか、一部は別世界に逃げたか。
【支配者】は凄まじい技術で、眷属を次々と生み出した。
だがねえ、片や【旧神】にはそこまでの技術が無かったんだよ。
元々、争いに参加しなかった両者もいたけどね。
【支配者】はそれ程までに強かった。
これじゃ、めでたしめでたしとは言えない結果だ。
何せ【支配者】は人間嫌いなんだから。
あっという間に人間は駆逐されちまう。
が、弱点というか…まぁ、【支配者】に隙が生まれたんだ。
そう、休眠期だよ。眠りには誰も抗えない。
例え、強大な力を持った【支配者】の祭司、クトゥルフでさえね。
うん。
舌をこうね…口上に押し付けて、少し唸るように言うんだ。
Cluh-Luhって書くんだよ、英の言葉じゃね。
クトゥルフ、別名は大いなる恐怖。
いやぁ、あたしも見た時は背筋が凍ったね。
山の様な巨体に、ぎらぎらと輝く一対の目。
何か、この世の全てを憎悪している様な目だったよ。
体は…そうさね、天にも届くっていえば良いか。
顔と言って良いのか知らんけどね、
それはどちらかと言えばタコの様だった。
うげ…思い出したら、魚屋でタコが食えなくなっちまうよ。
しかも、背中から蝙蝠のような真っ黒な羽と
無数の触手が生えてやがる。
とても、後光なんてものじゃないさ。
異形の集まりみたいな【支配者】の祭司とされるのも当然さね。
だが、どんなに高度な神に近い技術を持つ【支配者】でも一応は生物だ。
休眠期だって訪れる。
その定められた隙を狙い、生き残っていた【旧神】の
ヌトス=カアンブルが現れたのさ。
それはそれは美しい女神でね、盾を持っていた。
その力を持ってして、封印の印なるものを作り上げた。
印は、大層に効果の強く精巧なものだった。
封印の印で、【支配者】の祭司クトゥルフは呆気なく封印された。
海底都市のルルイエに沈められ、今はその意識体と
化身だけが現世に現れている状態さ。
だけど、まだまだ問題は残ってる。
あらゆる所にいる眷属の数々が悪行の限りを尽くしているんだ。
深き者、ショゴス、ダゴン、シャッド=メル。
どれもこれも、【支配者】の技術で作り出された恐ろしい異形だ。
労働力、食用。
大概がカエル人間やら魚人やら、不定形の触手生物だがね。
まあ、ショゴスはまだマシか。
言葉も通じるし、【支配者】に対して反逆を起こすくらいの知能はあった。
しかも、体を自由に変化させられるんだ。
結局残ったのは眷属だけで、残りの【支配者】も封印され各地に
散らばっているらしいね。
人間にゃありがたい話さ。
【旧神】の人気が高いのも頷けるね。
でも、さ。
【支配者】の崇拝者たちが、クトゥルフを蘇らせようとしているんだ。
深き者ダゴンを崇拝する教団もあるらしいね。
ニャルラトホテプの教団なんて、ありすぎて数なんて分かりゃしない。
膨らんだ女団、砂コウモリ団、皮膚の兄弟団。
忌々しいそいつらは独自に【支配者】の言語も研究した様だね。
「ルルイエの館にて死せるクトゥルフ夢見る内に待ちいたり」という
詩文があるくらいだし。
最も、詳しい場所はわからないようだけど…
とにかく、【支配者】には関わらないでおくれ。
この街の隅に潜む、訳の分からん有象無象にも気をつけな。
あんな奴らに殺されちゃ、命がもったいないね。
困ったら、静夜館に行きな。
あそこは、まあその…一応は頼れる場所だからね。
噂じゃ【旧神】と【支配者】、共に友好的なのが集まってるらしいし…
…あんた、さっきから首傾げてるけどどうしたんだい。
え?
何でそんな話を知ってるのかって?
見ている様に現実味のある語りだった、と。
はははは、良いじゃ無いか。
あたしもお前さんも、何も知らなかったんだよ。
そう言う事じゃ無いか。
作者:ちなみにカクヨムでも公開中!お読みいただきありがとうございます