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一年の計 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 改めて、あけましておめでとうございます、だな。

 いやはや、車で来ると駐車場がいっぱいだぜ。元旦護摩をもらいにくるだけだったら、歩きの方が良かったかねえ。

 この一年、お前はいったい何を祈願した? 健康も第一だが、俺はそろそろ欲しい資格があってな。合格祈願に切り替えたよ。

 健やかであることって大事だとはよく言われるけどよ、それって本当は「色々なことに取り組んだうえで」という、枕詞が隠されているんじゃないかと、俺は思うんだ。

 年中、うだうだごろごろして、栄養と衛生面のみに気を配り、けがも病も得ることなく締めくくる……それで健康に過ごせましたといっても、「う〜ん」と首をかしげたくなる。

 やはり、活動した上で健康も守るというのが、尊いんだと思うぜ。だからこそ俺たちは、自分たちのみならず、相手の状態についても理解を示し、過失だとしても害さないように努める必要があるんじゃなかろうか?

 そんなことを考えさせられる体験が、少し前にあったんだが、聞いてみないか?


 俺が車の免許を取ったばかりのことだ。

 色々と乗り回せた方が都合がいい、ということで、家族の送り迎えを初めとする、車の運転を一手に引き受けていた。ドライブそのものも嫌いじゃなかったから、交通量の少ない朝早くとかで、自主的に運転をしたこともあったっけな。

 今日みたいに、元旦護摩を受け取る仕事も任されてな。近所の神社まで車を運転していったんだ。

 でも、お正月といったら三が日に、親戚同士で顔を合わせることが多いだろ? 今年は俺んちにみんなが集合するということで、護摩を受け取った後に、買い物をしてから帰ってきてくれとも依頼されたんだ。主に酒類の補充だな。


「一年の計は元旦にありよ。安全運転で、護摩も大切に運んでね」


 そういって、俺を送り出すお袋。

「自分でいけばいいのに」とも思えるかもしれんが、お袋は明日、みんなの前に並べるもろもろの料理の下ごしらえをしていた。

 作り終えた後と、みんなが帰った後には、ほとんど体力が残らず、脱力しちまう光景を毎年見ている。それを見ちまったら、とても口にはできないさ。


 無事に新しい護摩を受け取って、後ろの座席に積み、スーパーへと車を走らせる俺。

 今年の祈願は「家内安全」。去年、祖母が病気で入院したこともあって、今年はケガも病気もなく、全員が健康で過ごせるようにという願掛けだ。

 俺が向かうスーパーは、車でも少し離れた場所にある。元旦の特売セールをやるチラシを見て、ターゲットに決めたんだ。

 国道沿いをちんたらと進むのは、芸がない。地元ならではの細い道を使い、信号待ちを減らして時間を短縮。もうあと五分で目的地につこうかといった、田んぼ脇の道に差し掛かった時だった。


 後ろのタイヤが、唐突に跳ね上がった。その勢いは、座席に乗せていた護摩が、勢いよくマットの上へ滑り落ちてしまうほど。

「なんだ?」と、路肩に車を停めて降りる。

 見ると、車が跳ね上がったと思しき地点の、車道のコンクリートにひびが入っている。もう少し近づいてみると、そのひびが道路の中ほどにかけて、力こぶのように盛り上がっているのに気がついたんだ。


 木の根っこ、と思ったよ。家や学校の近くでも、同じような状態を見かけたことがある。アスファルトの硬さに負けない、草木の強さ。ひいては生命というものの力強さを表すものとして、たとえにも取り上げられたりもする。

「だが、妙だな」と俺は口に手を当てて考え込んでしまう。これほどの根っこならば、相応の太さ、大きさを持つ樹が付近にあるはずなんだ。

 しかし見回してみても、辺りにあるのは、以前から広がっていた田んぼと、その一部を埋め立てて造った、一軒家たちが立ち並ぶばかり。

 家庭菜園と思しき、果物の樹が見受けられる家もあったが、いずれもここまで数十メートルほどの距離が開いている。それがここまで伸びるなど、にわかには考え難かった。

 加えて、俺は視力に自信を持っていて、あの時も前方にしっかり目を凝らしていたんだ。こんな大きなひび割れだったら、すぐに気づいて、しかるべき注意や、振動への覚悟をしていたはず。


 ――もしかして、後輪が通る瞬間に持ち上がった? あのわずかなタイミングで?


 そんな想像が首をもたげてくる。

 その間も、ひびの上を他の車がまばらに通り過ぎて行く。俺の心配など、知ったこっちゃない、とばかりに平然とだ。

 俺も買い物を頼まれた身。あまりもたもたもできない。

 滑り落ちてしまった護摩をもう一度座席に乗せ直すと、件のスーパーに向けて再発進したんだ。


 けれどそれ以降、俺は運転手になると、しばしばあの根っこの持ち上がりによって、車体が跳ねるような経験をすることが増えた。

 いつも運転手が、俺一人の時。そして交通量が多くない細い道に差し掛かった時に起こる。跳ね上がるのは前輪だったり、後輪だったりと場合によって違うが、俺がいくら道路を注意していても、あらかじめその存在こと、地面の盛り上がりに気づくことはできない。

 不意に、突き上げられる。そして車を降りてみると、先ほどまでなかった大きなひびが、そこに出来上がっているんだ。皮から飛び出しかけた枝豆のごとき、膨らみを帯びて。


 間違いなく、狙われている。そう感じた俺は、親からのアッシー君の要請を、なんだかんだで断るようになった。

 その際に飛ばされる、愚痴のひとことにいらつくこともあったが、車体を突き上げる力は、回数を重ねるごとに強くなっていたんだ。この間は、ウィリーをかましたバイクのごとく、自分が座席ごとのけぞって、ひっくり返りそうなくらい、前輪を跳ね上げられたんだ。

 目撃者はいない。あくまで俺の感覚だし、証拠は道路に残る隆起だけ。「運転が下手くそなだけだろ」と、笑いものにされるのが関の山だ。

 家以外で、車を使う機会はない。このまま車から遠ざかり続ければ、そのうちどうにかなるだろうと思ったんだが、やはり油断すると、やべえな。

 

 その日の俺は、サークルの飲み会があって帰りがすっかり遅くなっちまった。

 最寄り駅に、自転車を停めている。ちゃんと駐輪場の契約をしているもので、大学に通う時の相棒だ。

 酔いは、帰りの電車で十分に醒ました……はず。だって、夜風がこんなにも冷たく染みとおるんだ。寒さを感じるってことは、神経がしっかりしている。つまり、しらふってことだろ?

 そう結論づけて、俺はサドルにまたがって夜の道をひた走った。

 国道沿いにしばらくまっすぐ走って、橋を渡り、たもとから続く坂道の終わりにあるコンビニを右折。工業団地を抜けていった先に、俺の家がある。

 上機嫌なことに加えて、車も人通りも少ないと来ると、気持ちは絶好調。好きな歌を調子っぱずれに歌いながら、坂を滑り落ちる。

 強い風と一緒に髪が軒並み持ち上がり、こもっていた額の熱が一気に冷えた。この解放感がたまらない。そして、ここからが俺のチャリテクの真骨頂だ。

 

 右折予定の歩行者信号は、俺がたどり着いた時には、もう点滅を終えて赤くなっていた。

 構いやしねえ。俺はそのまま突撃。アスファルトの小石を巻き散らしつつ、急ブレーキ、急ハンドル。

 コン、コンと跳ねた小石が信号待ちの車に当たる。窓を開けた運転手が「バカヤロー!」と叫ぶ声が、だいぶ背中の方から聞こえた。すでに再加速して、遠ざかっていたからな。

 

 ――さあ、家までの新記録出せるか?

 

 加速、加速、加速。

 ブレーキ知らずに、タイヤは回る。多少の生物、ひき逃げ御免。

 怖いものなんかなかった。いや、すっかり意識の隅に追いやられていたんだ。

 

 突然、尻に痛みが走ったかと思うと、前輪が弾かれるような勢いで持ち上がった。あっという間に、垂直近くまで持っていかれた俺は、地面に投げ出される。

 進行方向とは逆向きにブレーキをかけられる形になったのが、不幸中の幸い。背中から落ち、そのまま後転する俺の身体。マットの上じゃないこともあって、頭へもろに、チクチクと小石たちが刺さり、体重がかかった首もびきりと痛む。

 酔いは、今度こそすっきり醒めたはずだが、目の前の光景がにわかには信じがたい。

 俺の自転車は、後輪ががっちりと地面の溝にはまっていた。先ほどまでは閉じていた大口を開けて、俺のタイヤの後ろ半分をくわえこんでいる。あれにつられて、前輪が持ち上がったんだ。

 なおもひび割れは広がっているらしい。しりもちをつきながら後ずさる俺の前で、音を立てながら、後輪がじわじわと飲み込まれていく。

 あの口から自転車を奪い返そうだなんて、みじんも思わなかった。車道を挟んだ、反対の歩道へ渡り、そのまま家へと逃げ帰るしかなかったよ。

 

 翌日。恐る恐る現場へ向かってみると、俺の自転車は後輪を失った自転車となって、歩道わきの田んぼに転がっていた。

 ひびはというと、確かに存在していたが、とてもタイヤを飲み込めるような、大きさじゃない。そのかすかな盛り上がりの部分は、閉じてしまった、唇を思わせる。

 そして俺が出くわした道路の傷は、年度末の工事であらかた塗り直されて、消えてしまう。そして俺んちも、その年は全員がインフルエンザにかかって、さんざんだったのを覚えている。


 俺が車の中で落とした、「家内安全」の護摩。

 それに込められたものが、あの時に、俺の家からこぼれ落ちて、隆起の中の何かに力を与えちまったのかもしれねえな。




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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、そういうことでしたか。何とも面白かったです! 目標をただ達成してしまえばいいだけではなく、どう取り組んでどう頑張るかに気を配ることも、とても大事なのかもしれませんね。 そういうふう…
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