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白金のイヴは四大元素を従える  作者: 入鹿なつ
第6章 白金のイヴは四大元素を従える

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7 トロール

 南向きに整然と並んだ黒い円筒が、南国の陽光を鈍く反射していた。対して周りを慌ただしく行き交う者達は一様いちようではなく、日焼けした現地の人間はもちろんのこと、色素の薄い北方人から小柄な東方人までが入り混じっている。

 弾の込められていない砲口の向く先には、地平に沿って森が茂っていたが、援軍により増えた人員を動員しての大規模な伐採が進められていた。砦を守る塁壁と森とを隔てるものは綺麗に取り払われ、元々あった更地がさらに広く整地される。塁壁の手前にはすでに、砲口が顔を出す低い急ごしらえの壁が建築中だった。


「大分進みましたな」


 隣でアーサーが言うのが聞こえ、壁の増築を上の空で見守っていたエリヤは我に返って振り向いた。


「そうだな。この工事ももうすぐ終わる。今度こそ本当に、大規模な掃討が行われることになる。町の避難の方はどうなっている?」

「ザウィヤの町に残っていた最後の者達も、先ほど首都ヘスカルアに向かって出発しました。先発は間もなく向こうに到着するでしょう」

「そうか。本格的な掃討が始まる前に、全員ヘスカルアに移れそうだな」


 エリヤがやや安堵して言い、アーサーはそんな若者を横目に見ながら、相手に分からない程度に小さく息を吐いた。


「以前にも増して、町を気にかけますな」


 エリヤは一瞬考える間を取った。


「そんなつもりはないんだが……やはり人々の暮らしが先であるべきだし、我々がここまで来たのもそのためのはずだ」

「まあ、トロールの種類も増えて動きが読めない今の状況では、慎重すぎるくらいで妥当ではあるんでしょう。でなければ、隊長殿も若の意見を飲まなかったはずです。一般人が近くにいない方が、前に立つ側としては思い切りやれて助かります」


 エリヤは頷き、建造中の壁へと顔を戻した。アーサーは表情をうかがうように、目線だけで御曹司を見た。


「お嬢さんとなにかあったなら、早めに話をつけることをおすすめします」


 ぎょっとして、エリヤはまた振り向いた。


「なぜ、いきなりそういう話になる」

「他の者達は誤魔化せているかもしれませんが、わたしは無理ですよ。若がおしめをしていた頃から見ているんです。この前お嬢さんと会われてからでしょう、様子が変わったのは」


 エリヤはちょっと詰まり、困って前髪をなでた。


「もめている、わけではないんだ。ただ、どうしたらいいか分からなくて……逃げていけないんだろうとは思う。だが、今、彼女に会ってもどうにかできるとは思えない。ここにいて、わたしの力は強くはない。そんな状態でできることと言えば、これくらいしか思いつかなかった」


 問い質す色のあった眼差しを、アーサーは柔らかいものにした。事情を知りようはないが、それでもエリヤなりに道を探っていることが分かり、彼の若さを微笑ましく思った。

 その時、だった。

 南の方角で轟音がし、見えぬ振動が身を打った。反射的に顔を向ければ、緑の上に立ち上がる煙があった。


「トロールか!」


 一帯の兵の動きが、にわかに慌ただしくなる。森の伐採を進めた以上、トロールの出現は予測していた。事前に決められた持ち場へと、誰もが走る。その間にも、数度の爆発音が森に響いた。同時に、森に入っていた者達が後退してくる。彼らが擲弾てきだんで牽制しながら退避するのを視界に入れながら、騎士達は各々の持ち場で兵卒に声をかけ、指揮を行き渡らせる。エリヤもアーサーと離れてそこに加わりながら、首を巡らせる。ふと、森から這い出てきたものが視野に入り硬直した。それは日を浴びて、ぬらり、と青く光った。


「なんだ、あれは」


 人をはるかに超える大きさのそれは横に扁平で、四つ脚を不器用に動かして這いずる姿に肌が泡立った。頭の上に飛び出した青紫の目玉がぎょろりと回り、わずかに開いた口は笑ったかに見えた。

 脚を前に出し、腹を擦って進む。その度、濡れた音がエリヤ達のところにまで届く。


「馬鹿な……」


 近くで誰かが呟くのが聞こえた。


「海のトロールがなぜ森にいる!」


 叫びに、重いものを引きずる音が重なる。生きものが這った後は、黒く水分を吸い込んでいた。

 ハルバラド兵から発せられた動揺が、無数の波紋となって広がる。その波を受けながらエリヤは、森から湧き出すものから目が離せないまま立ち尽くした。




 * *




 耳の一番奥で声がした気がして、ニーナは立ち上がった。


「動いた」


 隣に座っていたジン達もすぐさま立ち上がり、シルキーは前のめりになるニーナの肩を押さえ、ルーペスは視線を宙に浮かせて遠くを見るように細めた。


「どうしたんだい」


 ダワが怪訝に三人を見たが、誰も答えなかった。ルーペスの眉が、わずかにひそまる。


「水のトロールまで動かしましたか」

「水の?」


 ニーナが見上げると、ルーペスは視線を合わせることなく頷いた。


「四元素すべてのトロールが北上しています。本気ですね、女神は。むしろ、よく今まで待ったと言うべきでしょうか。砦一つで止められるものではないでしょう。ここも危険かもしれません」


 ルーペスが、ニーナに目線を合わせた。


「どうしますか」


 青紫の目には、どこか試すような色があった。ニーナは目元を厳しくしたが、ためらわなかった。


「助けるわ。当然」


 少女の宣言に、ルーペスは満足げに笑んだ。シルキーも同じ笑みを浮かべ、二人は頷き合った。


「ダワ、ちょっと服を預かっていてください」

「へ?」


 ダワの頓狂な反応にはまったく気を向けず、ルーペスはさっさと上着を脱いだ。シルキーまでもシャツを脱ぎ出し、ダワはたじろいだのも束の間、口を開けてぽかんとした。

 具合を確かめるように、シルキーが翼を数度はばたかせた。ルーペスもその横で、大岩の肩をぐるりと回す。その間に二人分の服を拾い集めたニーナは、呆然としているダワの荷物を勝手に開けてそこに服を押し込んだ。


「なにしてるんだ」


 気付いたダワが声をあげたが、ニーナは構わずに背負子を彼に押し付けた。


「聞いたでしょう。ここにいたら危険よ」

「だからって……」

「ほら、早く」


 ニーナに促されるままダワは立ち上がって荷物を背負ったが、彼には珍しく、状況に飲まれてのことだった。ダワの身支度ができたと見るや、ニーナはシルキーに顔を向けた。シルキーが冠羽を揺らして頷く。途端に、ダワの足が地面を離れた。


「待って! ちょっと待って! せめて心の準備を――」


 ダワの制止は途中で悲鳴に変わった。頭上の密な枝葉を盛大に鳴らし、一度まばたく間に東方人の姿が青く霞む。みっともない叫びの余韻を聞きながら、ニーナは横目でシルキーを見た。


「どこまで飛ばしたの」

《ヘスカルアです。あそこなら、後ほど合流するにも困らないでしょう》


 ダワにだけは遠慮も容赦もないシルキーの相変わらずさに、ニーナはつい苦笑した。ダワに対して他の人間に対するものと別種の感情を持っているのは確かなのだろうが、ジンであるシルキー本人はよく分かっていないに違いなかった。


「これで、心置きなく神様に反抗できるわね」

《ディーリアを出た時点で、こうなる気はしていました》


 元の倍の幅はある肩をすくめながら、ルーペスがぼやくように言った。


《もっとも、ここまで来て引き返す気もありませんが。それではジュリアも喜ばないでしょうし》


 今なら帰る道もあるとニーナは言おうとしたが、察したらしいルーペスに封じられてしまった。だが少しでも手助けが欲しい状況で、彼の積極性がありがたいのは確かだった。

 ニーナは彼にも笑みを向けて、ジン二名の間に立った。


「二人がトロールに後れを取るとは思わないわ。でも、こちらはこれだけしかいないの。無理はしないで」

《ニーナ様も、御身を最優先にされますよう》


 釘を刺すようにシルキーに言われ、ニーナはちょっと困って笑った。


「そうね。ありがとう」


 よし、と気合を入れて、ニーナは顔を上に向けた。


「行きましょう」


 ニーナの言葉と同時に、三人は強く地面を蹴った。

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