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白金のイヴは四大元素を従える  作者: 入鹿なつ
第5章 風が運ぶもの

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9 諜報

「砂漠を見てまわるとよく分かりますが、サマクッカはかなり大規模に、隊商交通路の整備を進めています。今向かっているシャルクの町に駐留しているのは軍本隊の一部で、他は砂漠全域に散らばって町や宿駅の開発にあたっていますね。ディーリアにいると東西を結ぶ北路の進軍ばかりが目につきやすかったですが、ハルバラドへ抜ける南路もほぼサマクッカに落ちたと思っていい状態でしょう」


 ルーペスの話を聞きながら、ダワは脳内に砂漠の全体図を思い浮かべた。彼の情報を信用するのであれば、これで銀器店店主の話の裏付けがとれたことになる。南路までがサマクッカに押さえられたのならば、砂漠の四分の三が制圧されたことになり、帝国軍による中央砂漠踏破は目前に思われた。

 二人は、モンスデラ共和国の東、シャルクの町に向かっていた。シャルクまではロバを借りて二時間ほどの距離であり、その道中でダワはルーペスが昨日までに収集した情報を聞かせて貰っていた。見返りとなるハルバラド共和国の状況は、すでにダワの方から伝えている。

 人の行き来ですっかり踏み固められた砂漠の道をルーペスと並んでロバに揺られながら、ダワは額の汗を拭った。


「ルーペスは砂漠の状況を一通り見て来たんだろう? シャルクに行って、あとはなにを知りたいんだい」


 ルーペスは、頭に巻いた布の具合を軽く直しながら答えた。


「帝国軍への接触はまだ試みていませんので。せっかくここまで来たのなら、少しでも進軍を遅らせることも考えようかと思いまして。それが、わたしの主人やニーナを守ることにも繋がるでしょうし」


 確かにそうかもしれないと考えつつも、ルーペスが見せる強い忠誠心にダワは内心で肩をすくめた。師事をしたことはあっても他人に仕えた経験のないダワには理解しがたい感覚なのだった。

 ダワの記憶にあるシャルクは、井戸を中心に民家と最低限の商店があるだけの小さな町だった。定期的に砂漠の遊牧民が集まる以外はさびれており、町を囲う塀すらなかった。しかし帝国軍の駐留により、今ではすっかり様変わりしていた。

 木材と干しレンガで築かれた塁壁の内側は、黒の鎧を着た帝国軍だけでなく、彼らを相手に商売する人間も溢れていた。もちろんモンスデラの市場や市街ほどの規模はないが、それでも道や広場には露店が所狭しと並び、店主達が客を呼び込む声があちこちでしている。


「やっぱり、軍事需要っていうのは違うね。辺境集落がここまで変わるとは」


 感心と呆れを交えて言うダワに、ルーペスは苦笑を返した。


「経済を回すのに戦争がもっとも有効で過激な方法であることは、歴史を顧みても間違いないことですからね。ダワもそれを分かって、商品を揃えて来ているんでしょう?」


 ダワの背に負われている荷にルーペスが視線をやり、ダワはいたずらっぽい笑みを返すことで肯定した。


「軍人相手に話を聞くなら、これが一番なんだ。情報が集まって、おれの懐も潤う。まさに一石二鳥ってね」

「なるほど。では、一旦ここで別行動と行きましょうか。ダワとわたしでは使える手段が違うわけですから、その方がそれぞれの視点で有用な情報をより多く集められるでしょう」


 ルーペスの提案に、ダワはちょっと考えてから同意した。


「そうだね。君の使う手段っていうのに興味はあるけど、おれはおれの得意分野に専念することにするよ」


 井戸のある広場でルーペスと別れたダワは早速、開業できそうな空き場所を見繕った。衣料品店の隣に目星を付け、簡易な売台を組み立てて商品を並べていると、早速声をかけてくる者がいた。


「あんた東の人間かい」


 準備する手を止めてダワが顔を上げれば、黒の鎧を着た東方人の男が立っていた。


「ああ、そうさ」

「熱心だな。わざわざこんなところに出向いてまで商売とは」 

「出身があっちってだけで、いつもあちこち売り歩いてるからね。一所ひとところに留まってることの方が少ないくらいだから、おれにはあまり関係ないよ」


 へえ、とダワに反応を返しながら、見るからに筋肉質な男は興味を示した様子で売台の前に身を屈める。ダワはそれを横目に見ながら開店準備を続けた。

 男が、並べている途中の商品を手に取った。首飾りのロケットの蓋を開けて眺めながら感心した様子で言う。


「よくできてんな。あんたが作ってるのか」

「まあね。なかなか評判はいいんだ」


 商品を並べ終えて、ダワは男に向き直った。


「お兄さん、サマクッカの軍人だろう。お守りに一つどう」

「そうだなぁ」

「ロケットがよければ、他にももう少しあるけど」


 ダワが在庫を見やすい場所に並べてやれば、男は一つずつ取り上げて熱心に見比べた。やがて一つを選び取り、ダワに差し出した。


「これを貰おう」

「まいど」


 鱗模様の意匠されたロケットの表面を布で磨いて、改めて男に手渡してやる。会計をしながら、ダワは自然を装って男に話の水を向けた。


「そういえば、兵隊さん達はいつまでここにいるんだい。実はおれ、よく分かってないまま来てて」


 受け取った品物をしまいながら、男は軽く唸った。


「どうだろうな。モンスデラは折衝でどうにかしようとしているようだから、長期戦にはなりそうだが」

「前線が硬直すると、なかなか帰れなくてたいへんだね」


 男は頭を傾けて首を掻いた。


「まあな。大してやることがあるわけじゃねえし、案外暇なのは確かだな」

「なるほどねぇ」


 力まず会話を続けながら、ダワは折り畳み式の椅子を開いて、売台の横に座った。


「折衝ってことは、モンスデラから使者かなんか来てるのかい」

「いんや。今は副官のカイシャン殿がモンスデラに出向いてんだ」


 ダワは足を組みながら、ちょっと目を見開いた。


「副官が使者に? サマクッカ側も、戦闘回避には案外前向きってことか」

「まあ、カイシャン殿は、外にいた方がましだと思って行ってるのかもしれねえがな」


 目線で周囲を窺う様子を見せると、男はダワの方に顔を寄せて声をひそめた。


「あんまり大きい声では言えねえんだが、総大将のドルジン殿と副官のカイシャン殿がもめててな。まだ表立って見えるほどじゃねえが、下の方でもじわじわ分裂が始まってんだ」


 ダワも相手に合わせるように身を乗り出し、低めた声で先を促した。


「なんでまたそんなことに」


 軍人は本当に暇を持て余しているのか、話したくてたまらないといった様子で口の端を小さく上げた。


「この進軍での手柄をドルジン殿が独り占めしてるのが、カイシャン殿は気に入らないらしい。まあ大将はドルジン殿だから、仕方ねえと言えば仕方ねえんだが、参謀として実際にあれこれしてんのはカイシャン殿だからな。気持ちは分からんでもない」

「ふうん。お兄さんは、どっちにつこうとか考えてるのかい」


 男は悩まし気に眉をしかめると、ちょっと口を歪めて角ばった顎を撫でた。


「おれは別にどっちでもいいんだが、カイシャン殿は皇帝の息子なのを笠に着てるのがなんともなぁ」

「でも、分裂するくらいだから、慕ってる人間もいるってことだろう」

「まあなぁ」


 顎に当てていた手を離し、男は目をすがめてダワの前に指を立てた。


「実はな、折衝についてはカイシャン殿は上手くやるだろうとおれも思ってるんだ。ハルバラドとの話し合いをしたのもカイシャン殿だしな。気位が高いのはともかく、優秀なのは確かだな。まあ、だからもめてんだが」

「へえ! もうハルバラドにまで手が届いてたのか」


 ダワはわざと身をのけぞらせ、いかにも驚いてみせた。ダワの反応に気分をよくしたのか、男がにやりとした。


「ああ、そうだ。つっても、向こうから来たんだがな」

「それはどういうことだい」

「ハルバラドはトロールを相手にし続けてるからな。他の国とまで戦ってられねぇってことなんだろう」


 そういうことか、とダワは胸の内で納得した。

 ハルバラドはサマクッカが征西を始めてすぐか、あるいはそれ以前から帝国におもねっていたのだろう。確かに、ハルバラドは面積こそ大きな国だが、まだ発展途上にある国であり、トロール討伐と戦争を同時にできるほどの国力はあるまい。むしろ、サマクッカと手を結ぶことで火薬武器を手に入れ、トロールの脅威をより簡単に退けられるようになったのだ。国としての選択肢としては間違っていないのだろう。


 その後も、男は暇を潰すようにあれこれと話し続けたが、仲間が迎えに来てようやく引き上げて行った。男の話だけでも情報としては十分にも思われたが、たとえ同じ内容でも視点が変われば新たな情報になりえる。ダワはそのまま商売を続け、客を捕まえては商品を売り、情報収集の雑談に興じた。

 日が傾き、飲食店以外はそろそろ店じまいかといった時間。ダワが商品の片付けを始めていると、別行動をしていたルーペスが店の前に立った。


「収穫はいかがですか」

「ぼちぼちってところかな。そっちはどう?」


 ダワが顔を上げながら問い返せば、ルーペスは笑みを返した。


「おそらく似たようなものです。片付けたら、まずは宿で情報交換ですね」


 ダワは了承し、ルーペスの手も借りて手早く売台を片付けた。

 近くの露店で適当に夕飯を買い込み、宿へと足を向ける。簡素なベッドと小卓があるだけの殺風景な個室で、二人は食事をとりつつ向かい合った。


「サマクッカとハルバラドの結び付きは思ったより強いみたいだね」

「ハルバラドより南に国はありませんから、かの国は火薬でトロールを退けることで開拓を進めるつもりでいるのでしょう。サマクッカが材木を買い取ってくれれば大きな財源にもなりますし」

「ハルバラドと早々に手を結んだからこそ、帝国はこんなに早く砂漠を進められたんだろうね。南路が大きな動乱もなく押さえられたのも、ハルバラドがおもねったから、間にある小国はほぼ素通りになってしまったってところかな」

「ただ、砂漠の先にはディーリアがありますから、ここまで勢いで来たサマクッカも、今はさすがに慎重になっています。モンスデラとの折衝に時間をかけているのがその証拠です。モンスデラとサマクッカが手を結べば、ディーリアに経済的に圧力をかけられる可能性もある。それを回避するために、モンスデラにはディーリアの特使も滞在しているわけですが」


 ダワは口に含んだ酒を飲み下しながら目を見張った。


「そうだったのか。ということは、帝国軍の副官もモンスデラに行っているらしいから、モンスデラには敵対する国の使者が揃ってるわけか。荒れそうだなぁ、これは」

「それはどうでしょう」


 ルーペスは長身に比例して長い脚を持て余すように組み、なぜが面白がるような笑みを見せた。


「ディーリアの特使のお二人は、うまくやるのではないかとわたしは思っています。やりようによっては、帝国の進軍を一時的にでも止めることができるかもしれない。必要な材料はおそらく揃いました。わたしが直接手を下せるわけではありませんので、賭けではありますが」


 ルーペスのたくらむような言い方に、ダワは胡乱に眉を上げた。

 ルーペスとは昨日知り合ったばかりなのもあるが、どうにもつかみどころのない人物という印象が拭えない。昼間、彼がどのようにして情報収集にあたっていたのかさえ、ダワは知らないのだ。しかし、シルキーを同族と呼んでいたことを考えれば、少女の謎めいた雰囲気と目の前の男の胡散臭さは、同じところに根があるのだろうと思えた。

 先に夕飯を食べ終えたルーペスは、指先の汚れを軽く払った。


「わたしは今から少し出かけます。すぐに戻りますので先に休んでいて下さい」

「どこに行くのかは、聞かない方がいいのかな」


 立ち上がるルーペスを上目に見上げながらダワが言えば、彼は苔色の髪を揺らして微笑を返した。


「申し上げても差し支えないんですが、ちょっと仕かけをしてきますとだけ言っておきます」

「りょーかい」


 はぐらかされるだろうことが分かっていたので、ダワは肩をすくめただけで追及はしなかった。どんなに気になっても、他人のあれこれにあえて踏み込まないのが、彼の身に着けて来た処世術でもあった。

 のんびりと杯を傾けるダワを、ルーペスは目を細めて見やった。


「わたしは明日、ニーナのもとへ向かうつもりですが、あなたも一緒にということでよかったですか」


 酒を舌の上で転がしながら、ダワは一瞬考えた。


「そうだね。君と会えたことで、おれがこっちでできることは全部済んでしまった気がするし。その方が面倒も少なそうだ」

「それでは、今晩はゆっくり休んでおいてください。距離があるので、それなりに体力が必要になるでしょうから」


 南から飛ばされて来た往路を思い出し、ダワは少々げんなりする心地で頷いた。


「少し早いけど、今日はもう休むことにするよ。いってらっしゃい」

「おやすみなさい。よい夢を」


 ルーペスが部屋から出て行く。その背を、ダワは目線だけで見送った。

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